道後温泉にて
宿へチェックインしたら僕はすぐ湯につかった。
大きな風呂は海を眺めるのとは違った解放感がある。
ヒラノさんは何度も県道に入っては出ての繰り返しだったからね。
「あの人、方向音痴だな」
有名な温泉の街は文豪と呼ばれる人達とセットで語られることがある。
散歩して、仲間を誘ったり見知らぬ人と会話したり、風呂入ったり。
創作しやすい環境なのだろう。
道後温泉の場合は幾人か、いらっしゃるのだけど猫が大好きな夏目漱石。
少し興味があったからAIに『坊ちゃん』を食わせてみた。
ラノベ風にしてってお願いしてみたら、
ヒーローの成長物語になっていて、意外に面白かった。
向こう見ずな主人公は映画バックトゥザフューチャーのマーティそのものだ。
破天荒な生き方は文化に依存しない魅力があるのだろう。
成長してゆく主人公に対して、最大の理解者は衰えてゆく。
その対比構造があることによって読者は引き込まれてゆくのだと思った。
風呂から上がるとヒラノさんの『なぜなに攻撃』が待っていた。
バイクに乗せてもらったから、ちゃんと彼女を受け止めてあげようと思う。
「どうしてさー、普通とコーヒーとフルーツなんだろうね。
カイさんは、どれ派閥なの?」
「僕はフルーツですね。
それを飲んだあとで余裕があったらコーヒーいきます。
普通の牛乳はまず飲まないですね。
売り切れてる時かな」
「カイさんって意外にドライなんだね」
「ヒラノさん、もうお酒飲んじゃってます?」
「ほら三種類ぐらいあったら性格診断につかえるじゃない?
温泉牛乳で性格診断!」
「フルーツ牛乳はどんな性格なんですか?」
「どっちつかずな性格、日和見主義、事なかれ主義」
「へー、ならコーヒーは?」
「私みたいに初志貫徹な人」
「念のため最後に聞きますけど、普通の牛乳は?」
「質実剛健」
「もしかして海外のセレブみたく、腕に四文字熟語タトゥーにしたりしてます?」
「カイさんって……私の裸みたいだなんて」
しまった。
ヒラノさん、無駄にからんできてる。
離脱せねば、しくじると残りの人生はこの人のお世話で終わってしまう。
ヒラノさんは立ち上がってポーズを決めた。
「なんでボディービルのポージングなんですか。
もう一回、お風呂行ってきます」
「こらっ、女子とのおしゃべり付き合わんかい!」
* * * * * *
「カイさん、どうする? もうお別れだよ」
「じゃあ最後に何か食べに行きましょう。
クレープはどうですか?」
「カイさん、女の子みたい」
「行きますか」
僕たちは、松山の中心でクレープを食べた。
トッピングはいつもイチゴだ。
なぜか、お互い『頑張ってね』とは言わなかった。
もう十分、頑張ったし、それ以上の何かを見つけられなかったからだ。
心の底をさらっても、新しいものを取り込んでも芽は出てこなかった。
ヒラノさんは自分のクレープを僕に押し付けてバイクに乗った。
なんだか学生の頃、帰宅するような雰囲気に近かった。
僕は明日もこの人に会うことを疑わないし、ヒラノさんもだ。
それぐらい軽い雰囲気で、いつもの挨拶ぐらいの言葉だった。
「それじゃ」
バイクの音が聞こえなくなっても僕は明日も会えるような、
そんな気がしていた。
小さく僕はつぶやいた。
「それじゃ……クレープ二人前はさすがにきついよ」




