せとうち居酒屋にて
僕は居酒屋で挙動不審だった。
「あのー、僕、雑誌の連載やってまして『働く女の夜ご飯』っていうタイトルなんですけど
取材にご協力いただきたくて、ナンパじゃないんです。
お金もなくて酎ハイぐらいしかごちそう出来ないんですがよろしいですか?」
日は落ちたけど七時にもなっていないので、みんなの酔いが足りない。
足りないので誰も僕にからんでくれない。
いつもだと女性に声掛けすると隣のおじさんが一緒になって盛り上がってくれたり、
みんなのグチを延々と聞きながら……僕はただ、居酒屋で注文してるメニューが知りたい。
ただ、それだけなのにナゼにこんなに苦労すんのかな~。
今の時代にアナクロなやり方じゃなくってもいいんじゃないか。
どうせ、君の学びになるだろうからって言うんだろうけどね。
だったら取材費用ぐらい都度精算させて欲しいんだよね。
売れない作家を記者にしてどうすんのよ。
僕はそんなことを思いながらカウンターに座ってみた。
チラッと板場の子が僕の方を見ながら、にやけていたのに気づいた。
「僕のこと皿洗いでもいいから雇ってくんない?
一応、岡山の血が流れるから魚は三枚におろせるし、キスとか鯛の湯引きもできるよ
包丁研いだげようか?」
「カイさん、今日はハズレの日だね。
切り落としで、あら汁作ってあげようか?」
「いいね、柚子皮は?」
「へたのところならOKだよ」
「それならいただきます、三百円で!
あと、レモンソーダお願いします」
僕は料理がでてくるまで、書きためた原稿の見直しをしたり、編集からのリクエストをまとめたりしていた。
考えるとあまり周囲の声とか音が聞こえなくなる体質なんだよね。
編集からのリクエストは……もっとオチをクリアにして、話の山と谷をもうちょっと大きめにして。
あれこれ、いろいろ、うんぬんかんぬんっていうのを表現していって。
結局、最後は『っでなに?』って言われるんだよなー毎度毎度。
多分、僕はつまらない人間なんだと思う。
みんなと同じように普通に働く道を一生懸命、頑張った方が良かったのかな?
なんでこんな仕事選んじゃったんだろう。
今となってはどうして作家を始めちゃったのかもわからない。
きっかけはアルバイトで始めたような気がする。
当時はよく褒められて励まされて、あの頃はフレッシュだったなーいろんな意味で。
「カイさん、カイさーん!
ほら出来上がったよ、カイだけに自分の殻に閉じこもってないで」
「ありがとうございますって、二つもいらないよ
なんか、切り身も入ってるしどうしたの?」
「カイさんってさぁ、ほんと視野狭いね、鈍いね、とろいね」
「はい、後に続くのは『田舎者だね』って何そのノリ!」
「右の方も同じもの食べたいっていうから作ってあげたの」
こっちのおじさん?
僕は小さく右のおじさんを指さしてみた。
静かに首を横に振りながら。
「ゴメン、私の右だった
左にいらっしゃるマドンナだよ」
「マド?」
僕は少し安心して、隣の女性に器を差し出した。
「えっと、ごめんなさい。
はい、どうぞ」
その女性は笑顔を見せ、少し会釈して受け取った。
* * * * * *
「ご出身は岡山なんですか?」
その女性は……気さくな人で良かった~。
今日のヒアリング第一号ゲット!
「母の実家です。
僕の生まれは東北で、父が転勤族だったので転々と」
「へー、東北って?」
ちょっと待て、おしゃべり相手がいなくて困ってて、
ずーっと聞いてなきゃいけない事故物件かもしれない。
地雷踏んだかも……しれない。
「山形の山奥です。
そこから千葉、広島、福岡、静岡、宮崎、熊本、神奈川、東京……ええっと
すみません、もう思い出せない」
「いいなぁ、旅行できて。私はずっとここら辺です」
「いつもこのお店に来てるんですか?
どうしてこんなこと聞くかというと」
「雑誌の連載なんでしょ?
この前、おじさんとお姉さんにすっごいからまれてたから覚えてる」
「そうなんです、雑誌差し上げます」
「ありがとうございます。
私は、せとうちが好きで」
温泉女子、せとうち女子、そのうちオリーブ女子とか出没しそう。
「カイさんは、せとうちのオススメありますか?」
「えーっと、最近は海外から来る人も増えたし、
昔みたいにイシガニとかシャコって、
ざる山盛りで食べれなくなったしなー
温暖化で果物も高くなっちゃって、
母の実家は桃とかブドウを作ってたんだけど」
「えースゴい、食べ放題じゃない?」
「ほんとだ、今思えば贅沢だね
スイカも赤ちゃんが収まるぐらいの大きさだったり」
「スイカってそんなに大きくなるの?」
「流通しないだけでほっとくと大きくなるみたいよ。
せとうちの食べ物はどこも美味しい
ていうか日本だったらどこでも、うまいよね」
「じゃあ、せとうちならではっていうのは?」
「それは…」
「それは?」
僕は、真っ赤に燃える炎。
土が金色に熱せられた備前焼の窯の中。
それを見せてもらった子供の頃を思い出していた。
釉薬を使わない、素朴な味わいの備前焼からは程遠い。
力強さや逞しさがそこにはあった。
ろくろにも挑戦したことがある。
粘土から器の形にするにも熱との戦いがある。
水を含んだ粘土をこねるだけと思ったら大間違い。
ゆっくりと回転するろくろの上の粘土、
その摩擦熱は熱い湯のみを持たされてるようだ。
子供の頃の僕は手の皮が薄いからどうしても、
水をかけては粘土に触るようになってしまう。
だから出来上がって十分も経たないうちに形が崩れていってしまうんだ。
それは直接見た人、触れた人じゃないと感じることが出来ない体験だ。
薪を使って高温を維持するには、寝ずの番が必要で、今はそんなところは少ないんじゃないかな?
こんなマニアな話をしようものなら一晩中、からまれそうだったし、
言葉で簡単には表現できなかったから、僕は同じようなイメージを探してみた。
七輪で燃える炭の色、田んぼの畦を焼く色、それらの熱風……ちょっと違うかな。
「それは……夕日」
「そんなポエムなこと、真顔で言う人初めて」
「ええっ!そうなるの?」
「じゃあ、おすすめスポットは?」
「それはネットで調べて」
「えー、盛り上がらない」
「せとうちなら、どこでもいいんじゃない?」
「郷土愛なさすぎ」
「そこはSNSとかで、性能の良いカメラで撮ってくれたやつで充分満足できるよ。
行った気になれるじゃん」
「ふーん、良いアイデアだね」
「良いって、旅行なんて今はお金と時間がある人の道楽だよ」
「ごめんなさい、今日予定があって行かなくちゃ。
あら汁、美味しかったです。それじゃ!」
彼女が座っていた、空になった器や箸をなぜかじっと見ていた。
「カイさん、ほんと不器用だね。
何で名前とか聞かないの?
しかも未練たらしく、名残惜しそうに見つめちゃって」
「そんなんじゃないですよ!
あの人、何が好きなのかなって思っただけです」
「あのね、それを恋の始まりって言うの」
「ないない、貧乏作家にそれはない。
あったらそれは恋愛ドラマの見すぎ」
「ところで、レモンソーダ来てないんだけど。
自分でやっても良い?
っていうかやっぱりバイトしたげようか?」
どうして思い付かなかったんだろう。
ホールでバイトすればいちいち客にならなくても、
情報とれるじゃん。
僕は後日、居酒屋『せとうち』で働くようになった。
広島のカキは大ぶりで食べごたえがある。
岡山のカキは小ぶりだけど味が濃い。
渡り蟹よりイシガニの方がうまい。
叔父さんが昔、言ってたっけ。
そんな僕の岡山ネタは意外にウケて、店の仕入れ先を岡山に変える程だった。
一緒にあら汁を食べた女性は店に来てくれた。
その度に鯛の昆布締めとか塩蒸し料理を作ってあげた。
「私はナギって言います」
それが彼女の名前、せとうち日記の持ち主だよ。




