09.不意打ちの告白
王宮勤めの者たちが使う食堂は、昼になるといつも騒がしい。
皿の触れ合う音と、椅子を引く音と、あちこちで交わされる低い話し声が重なっている。
私はいつものように、壁際の長机の端に盆を置いた。今日の昼食は、焼いた肉と豆の煮込み、それにパン。
法務局の机で紙と睨み合っているときには忘れているが、こうして匂いをかぐと、自分でもお腹を空かせていたのだと分かる。
向かいに腰を下ろしたフォレスト様は、席に着くなりナイフを取った。いつも通り、無駄のない動きだ。
私はパンをちぎりながら、しばらく口を開かなかった。
この人とは、昼食の時間まで言葉で埋めなくても困らない。
だからこそ、不意に投げられた言葉に、手がぴたりと止まった。
「最近、元婚約者の噂を聞いても、前ほど顔に出なくなったな」
フォレスト様は、何でもない顔で肉を口に運びながら言う。
「普通、聞きますか? そういうこと」
「ああ、俺は聞く」
あまりにも平然としているので、腹が立つより先に呆れてしまう。
「デリカシーがなさすぎません?」
「そうかもしれない」
「ゴシップには興味がないって、前におっしゃいませんでした?」
「言ったな」
「嘘でしたか」
「嘘じゃない」
そこでフォレスト様はようやくこちらを見た。
「興味があるのは噂じゃない。シーラのほうだ。元婚約者のところへ戻る気がないなら、それでいい」
喉に入れかけた豆のかけらが変なところに落ちた。
「っ、ごほっ」
「大丈夫か?」
「……誰のせいだと、お思いですか?」
「すまん」
咳き込みながら睨むと、フォレスト様は珍しく少しだけ困ったような顔をした。
「なぜ、いきなり……」
「遠回しにしたほうが良かったか?」
「……」
「俺は回り道があまり得意じゃないし、好きじゃない」
知っている。知っているが、だからといって『非効率が嫌いだから』という理由で許されるとは思わないでほしい。
水を飲み、呼吸を整える。
食堂のざわめきは相変わらず続いていて、近くの卓では『一番美味いのは魚料理か、肉料理か』を巡ってくだらない言い合いをして笑っている。
あの輪に混ざって『食堂で魚メニューを増やすべき理由』でも並べ立てられたなら、どれほど気が楽だろうと考えたが、首を振って口を開く。
「……それで?」
「『それで』、とは」
首を傾げるフォレスト様に、頬が膨らんでしまう。
「その先ですよ、続けてください」
フォレスト様はナイフを置いた。
「本来なら、もう少し順に進めるつもりだった」
「はい?」
間の抜けた返事しか出なかった。
「だが、元婚約者が細君と離縁しそうだという話が耳に入った。それだけじゃない。シーラのところには縁談話が来ているんだろう? 先に誰かに持っていかれたら面白くない。だから、ここで聞いておくことにした」
持っていかれたら……?
どういう意味だろう?
まさか……と思ったが、すぐに打ち消す。
「面白いかどうかで言わないでください」
「正確に言うなら、困る」
「……『困る』?」
この人は本当に、肝心なところで言葉が足りない。
仕事では「主語が抜けている」だの、「客観性がない文章は書くな」だの、細かく指摘してくるくせに。
「そうだ。だから、確認しておきたいと思った」
「何をです?」
「シーラの中で、あの男とのことがもう終わっているのかどうか。そこが残ったままなら、俺が口を出す筋ではないからな」
皿の上の肉は少し冷め始めている。周囲の喧騒はそのままだ。
返事一つで何かが変わる気がして、指先がこわばった。
終わっているのか、と問われれば、あの日の執務室も、「すまない」という声も、完全に消えたわけではない。
だが、もうあの人に人生を預けたいとは思っていない。
隣を歩きたいとも、戻りたいとも、思わない。これっぽっちも。
「……終わってる、と思います」
「『思います』?」
「何も感じないということはありませんが、ラフェド様に対して、今、そういう類の気持ちはありません」
フォレスト様は短く息を吐いた。
安堵したのか、それとも覚悟を決めたのか、そのどちらともつかない顔だった。
「なら、俺に機会をくれないか?」
「……『機会』?」
「シーラと付き合いたい」
話が急に飛びすぎて、頭が追いつかなかった。
冗談だと思いたかったが、冗談を言うときの顔ではない。
法務局で判例を読むときと同じ目で、とんでもないことを言っている。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「分かった、待つ」
「あ、そ、そういう意味ではなく……あの、フォレスト様は、私のこと……?」
「好きだ。結婚したいくらいには」
……け、結婚!??
あっさり言われて、今度こそ言葉に詰まった。
頭が少し痛い。驚きすぎたせいだろうか。額を押さえる。
「返事は今すぐでなくてもいい。たとえ、返事が俺にとって悪いものでも、職場での態度は変えない」
こんなふうに告げられるなんて思っていなかった。
もっと何か、こう……段階というものがあるのではないのか?
……でも、この人に『普通の回り道』を期待するほうが間違っている気もする。それに、私も回り道が好きなわけではない。
「……こういう話を食堂でする人がいるなんて」
期待するほうが間違っている気はしても、これだけは言っておきたかった。
「おかしいか?」
「……豆を喉に詰まらせそうな場所でないほうがいいかと思います」
フォレスト様は小さく頷いた。
「それは悪かった。次は気をつける」
次?
悪かったと言いながら、少しも悪びれていない。
唇を噛み、小さく息を吐く。
「……あまりにも、急で……その……」
「だろうな」
あ、と思った。
フォレスト様が、傷ついたように見えた。
「……」
断るなら、ここで黙っていればいい。
そう思ったのに、黙って終わらせるのは違う気がした。
急すぎる。頭が追いつかない。
それでも、この話自体をなかったことにしたくはなかった。
「…………で、も」
彼が目を上げる。
「『でも』?」
「……断るつもりは、今のところは……ありません」
口にしてから、自分でも驚いた。
驚いているのに、嫌ではなかった。
ああ、私はこの求婚が嬉しかったのだと、そのときようやく分かった。
「ならいい」
彼は目を細めた。
「というか、どうしてそんなに落ち着いていられるんですか?」
まるで私が告白したみたいではないか。
「そう見えるか?」
「質問に質問で答えないでください」
フォレスト様は肩をすくめた。
「すまん」
ここでそんな風に笑うのは卑怯だと思い、私は口を尖らせた。
……怒っているふりくらいはしておかないと、こちらだけが負けた気がする。
窓の外では春の光が白く差していた。
食堂の喧騒は変わらず続き、周囲の声に紛れて、こちらの卓の会話まで気に留める者はいないようだった。




