まぁ、どっちでもいいかぁ
短編です
「返さなくていいよ」
その声が聞こえた瞬間、私の手を、色白で綺麗な手が掴んだ。
目の前の元カレも、驚いた表情を浮かべている。私だって、起きたことが理解できていない。
「返さなくていい」
私の手を掴んだ主は、今度は断定的に、そう言った。私は手を伝って、その人を見た。声の感じからして女性だろうと思っていたけど、案の定、綺麗な顔立ちの女性だった。
「え・・・」
「なんだよお前」
元カレがドスの利いた声を出した。でも彼女は怯んだ様子もなく、元カレをギロリと睨んだ。
「アタシが何でもいいでしょう?返す必要のないモノは、返さなくていい。そう言ってるだけ」
彼女の言葉ははっきりしている。元カレが苛立っているのが解る。私の手に握られていた数枚の一万円札に私の手汗が沁みていく。私の心臓が早鐘を打っていた。
「あのさ、もうこの子アンタの彼女じゃないわけでしょ?アンタの浮気が原因で別れるんだから」
「お前に関係ないだろうが!」
「アタシに関係あるかどうかなんて小さなことはどうでもいいの。事実確認してるんだから、はいかいいえで簡潔に応えな!」
彼女と元カレの言い合いが続く。私はただ震えているだけ。この状況、私はどうするべきなんだろう。
「アンタの浮気とアンタのその態度が原因で別れるんだから、今までのデート代なんて返す必要ない。こんなクズ、別れて正解」
言い合っていたけど埒が明かなくなったのか、彼女が私にそう言った。確かにそう言われると、そんな気もしてくる。
「このアマぁ、黙って聞いてりゃぁ・・・」
「あ″ぁ”~ん?」
「あ」に濁音が付くタイプのドスの利いた声が聞こえて、私は一瞬目を疑った。彼女の喉に、ノドぼとけが有った。
彼女?が元カレの胸ぐらをつかんで立たせた。よく見ると、彼女?は身長が高い。
「小せぇ男だなぁテメェはぁ!!別れた女から金せびるようなダサい生き方しかできないクズ男のくせに粋がってんじゃねぇぞ!」
どう聞いても男の人の声だった。元カレもその声に驚いたようで、目を白黒させている。彼女?の腕の筋肉がはっきりと盛り上がっている様に見えた。その様子はどう見ても、女性には見えなかった。
言い終わって元カレを座席に突き放した彼女?は私の腕を引いて、伝票を持った。
「ココはアタシが払っといてやるよ。ありがたく思いな!」
そう言って、彼女・・・いや、彼は、私を連れてレジに歩き出してしまった。
驚いたままの顔をして、動かない元カレを見ると、なんでこんなのと付き合ってたんだろうなんてことを考えてしまう。
「急にごめんね、腕痛くなかった?」
会計を済ませて優しい声色に戻った彼女?が、両手を合わせて謝罪のポーズをとった。
「いえ、こちらこそ、ごめんなさい、助けていただいてありがとうございます」
「アタシの元カレもさ、あーゆー奴だったの。アタシも昔は金渡してたんだけど、それじゃだめだって気づいてさ、ついお節介しちゃった」
彼女?に、カフェの代金を渡そうと財布を探していたら、“別れられた記念”と称して奢ると言ってくれた。名前を聞こうとしたけど、「そんなん良いよ」と言って、手を振りながら颯爽と去って行ってしまった。何とも格好良い人だった。
翌日会社に行くと、中途採用の人たちが集められていた。そう言えば今日は研修があると聞いていたっけ。メンバーを見ているとその中に、彼女?に似た顔立ちの男性がいた。
——あれ、やっぱり・・・?——
ここから始まるのは、どんな物語だろう?




