第91話「真実を売る者」
――“真実は選ばれるものではない”
その一文が、頭から離れない。
会議室は、まだざわめいていた。
だが誰も言葉を続けない。
重い。
あまりにも重い。
「……どういう意味だ」
ガルドが低く呟く。
誰も答えない。
だが全員が理解している。
これは宣戦布告だ。
レオンは紙を机に置く。
「記録院は」
静かな声。
「“真実そのもの”を握るつもりだ」
帝国使者が眉をひそめる。
「そんなことが可能なのか」
エリスが言う。
「可能です」
全員が彼女を見る。
「情報を選別し」
「流通を制御し」
「記録を改変する」
一拍。
「それを積み重ねれば」
「“それが真実になる”」
沈黙。
誰も反論できない。
外洋代表が低く笑う。
「つまり……」
「都合のいい世界を作るってことか」
教団側が呟く。
「神を偽るより、重い罪だ」
レオンは言う。
「だからやる」
その一言。
空気が変わる。
「何を?」
エリスの問い。
レオンは答える。
「対抗する」
短い言葉。
「どうやって」
今度はガルド。
レオンは言う。
「同じ土俵で」
沈黙。
エリスの目が見開かれる。
「……情報で?」
「そうだ」
「だが」
一拍。
「売る」
空気が止まる。
「……売る?」
エリスの声。
レオンは頷く。
「真実を」
意味が分からない。
「どういうことですか」
エリスの声が揺れる。
レオンは言う。
「無料の情報は、信じられない」
沈黙。
「だが」
「対価があれば」
「人は信じる」
その言葉。
重い。
「……そんな」
エリスが呟く。
「信用を……売るんですか」
レオンは首を振る。
「違う」
「“検証された情報”を売る」
一拍。
「責任付きで」
外洋代表が笑う。
「面白いね」
帝国使者は険しい顔だ。
「危険だ」
教団側は静かに言う。
「だが……現実的だ」
意見が分かれる。
エリスは混乱している。
「でも……」
言葉が出ない。
「それじゃ……」
「選べない人はどうなるんですか」
沈黙。
レオンは答えない。
それが答えだった。
「……切り捨てるんですか」
小さな声。
初めての問い。
レオンは静かに言う。
「違う」
「選ばせる」
その言葉。
だが今度は重い。
「選ばないことも、選択だ」
エリスの呼吸が止まる。
それは。
今までの理念と、少し違う。
完全な救済ではない。
「……冷たい」
思わず口に出る。
レオンは否定しない。
「そうだ」
一拍。
「だから強い」
沈黙。
その時。
会議室の外が騒がしくなる。
「何だ」
ガルドが振り向く。
扉が開く。
伝令が飛び込む。
「報告!」
息を切らしている。
「市内で混乱発生!」
エリスが立ち上がる。
「内容は!」
「市場で――」
一瞬の間。
「“真実”が売られています!」
空気が凍る。
「……何?」
レオンの目が細くなる。
「誰が」
伝令が震える声で言う。
「記録院です!」
沈黙。
「すでに?」
外洋代表が呟く。
伝令は続ける。
「航路情報」
「安全評価」
「事故記録」
「すべて“有料”で公開されています!」
エリスの顔が青ざめる。
「……先にやられた」
ガルドが舌打ちする。
「ふざけやがって」
レオンは動かない。
ただ。
「行くぞ」
短い命令。
場面が切り替わる。
グランデル市場。
人で溢れている。
叫び声。
怒号。
混乱。
「こっちだ!」
「正確な航路情報だ!」
黒い外套の者たち。
記録院。
紙を配る。
金と引き換えに。
「……本物だ」
「ちゃんと当たってる!」
商人たちが群がる。
エリスはその光景を見て、息を呑む。
「……信じてる」
当然だ。
当たる情報。
それが真実になる。
レオンは前に出る。
「止めろ」
記録院の男が振り向く。
あの男だ。
塔で会った。
「遅かったな」
微笑む。
「市場はすでに動いている」
一拍。
「真実は、売れる」
その言葉。
レオンは静かに言う。
「なら」
一歩前に出る。
「こちらも売る」
エリスが振り向く。
「……え?」
レオンの目は変わらない。
「負けない形でな」
市場の中心。
二つの真実が並ぶ。
その構図。
そして。
戦いは次の段階へ。
「価値」の戦争へ。
ついに「真実を売る」という段階に入りました。
ここからは完全に“価値の戦争”になります。
どちらの真実が選ばれるのか。
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次話、直接対決です。




