第89話「迷わないための規則」
「次はそれだ」
レオンの言葉が、頭の中で反響していた。
船は霧を抜け、グランデルへ戻る。
海は穏やかだ。
だが、誰一人として気を抜いていない。
エリスは手すりを握ったまま動かない。
「……仕組み」
自分の声が、やけに遠く感じる。
さっきは出来た。
人を導いた。
だが――
「全員には、無理」
小さく呟く。
レオンが横に立つ。
「無理だな」
否定しない。
事実として。
「だから必要だ」
「……はい」
エリスは顔を上げる。
「作ります」
決意。
だが、次の瞬間。
眉が寄る。
「でも……どうやって」
沈黙。
そこが問題だった。
感情は使えない。
個人に依存できない。
なら。
「……基準」
エリスが呟く。
「迷ったときに、選ぶための」
カイナが笑う。
「簡単に言うけどさ」
「それが難しいんだよ」
ガルドが腕を組む。
「敵は頭の中に声を入れてくるんだぞ」
「それをどうやって防ぐ」
エリスは答えられない。
沈黙。
レオンが言う。
「防がない」
全員が彼を見る。
「え?」
「防げない」
静かな声。
「だから前提にする」
エリスの目が大きくなる。
「……前提」
「そうだ」
レオンは続ける。
「迷うのが前提」
「間違うのが前提」
一拍。
「それでも戻れる仕組みを作る」
その言葉で。
何かが繋がる。
「……戻る」
エリスが繰り返す。
「はい」
「完全な正解じゃない」
「でも」
目が強くなる。
「外れたときに、戻れる」
カイナが頷く。
「それなら現実的だ」
ガルドも低く言う。
「確かに」
エリスは一気に紙を広げる。
手が動く。
「航路は複数用意」
「一定時間で再確認」
「現実の指標を組み込む」
「灯台、風、潮流……」
止まらない。
思考が回り始める。
「通信が乱れても」
「現実で補正できる」
「さらに」
顔を上げる。
「誰でも使える形に」
レオンが頷く。
「いい」
だがその時。
伝令が飛び込んでくる。
「報告!」
空気が切り替わる。
「帝国航路、異常発生!」
エリスの手が止まる。
「帝国……?」
レオンの目が細くなる。
「内容は?」
「同様の現象です!」
沈黙。
「通信混乱!」
「航路逸脱!」
「一部船団が行方不明!」
エリスの顔から血の気が引く。
「……広がってる」
ガルドが低く言う。
「黒海だけじゃないのか」
カイナが呟く。
「いや」
「これは黒海じゃない」
全員が彼女を見る。
「もっと上だ」
その言葉。
レオンが静かに言う。
「記録院か」
「たぶんね」
エリスが震える声で言う。
「……世界中に?」
誰も否定できない。
今の仕組みは。
グランデルだけじゃない。
帝国も。
外洋も。
教団も。
すべて繋がっている。
だから。
「全部が対象」
エリスの声。
小さく。
だが重い。
レオンは決断する。
「会議を開く」
一言。
「全勢力を呼べ」
空気が張り詰める。
「世界基準会議……」
エリスが呟く。
「再びだ」
レオンは言う。
「今度は戦争じゃない」
一拍。
「生き残るためだ」
船が港に入る。
だが。
それは帰還ではない。
次の戦場への入口だった。
エリスは紙を握る。
未完成の仕組み。
「……間に合う?」
誰にも聞こえない声。
だがその問いは、
世界全体に向けられていた。
「個人」から「世界」へ。
ここから一気にスケールが跳ね上がります。
そして、まだ仕組みは未完成。
間に合うのか――それが次の焦点です。
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次話、世界規模の対立へ。




