第7話「王国は、数字を疑う」
王国の使者が到着したのは、昼過ぎだった。
領都の門前に現れた一団は、よく訓練された兵と、過不足のない装備に身を包んでいる。
威圧でもなく、友好でもない。
あくまで――公式。
「王国監査官、マルクス=ヘルツと申す」
馬から降りた男は、形式通りの一礼をした。
年は四十前後。
整えられた口髭と、曇りのない視線。
(数字は読めるが、現場は見ないタイプだな)
レオン=アルヴェインは、第一印象でそう判断した。
「長旅、ご苦労さまです」
淡々と応じる。
感情を乗せる理由は、ない。
「辺境グランデル領の統治状況について、王国より確認命令が出ています」
「主に、税務・治安・兵制について」
監査官の言葉は、あくまで事務的だった。
だが、同行している書記官の数が多い。
“書く気”で来ている。
「承知しました」
「必要な資料は、すでに準備しています」
レオンがそう告げると、監査官はわずかに眉を動かした。
「……ほう」
案内された執務室。
そこには、整然と並んだ帳簿と、簡潔な要約書が用意されていた。
「こちらが、直近一か月の状況です」
説明役に立ったのは、一人の女性だった。
「エリス=グランデルと申します」
「領内実務の取りまとめを担当しています」
落ち着いた声。
無駄のない所作。
監査官は、彼女を一瞥し、帳簿に視線を落とした。
「……税収が減っている」
早速、そこを突いてきた。
「徴税率を下げたのですか?」
「いいえ」
エリスが即答する。
「徴税率は、据え置きです」
「未納率が下がりました」
監査官が、書類をめくる。
「……確かに、数字上はそうなっている」
「だが、税を取らない施策を行ったと聞いているが?」
「一時的に、臨時徴税を停止しました」
エリスは、事実だけを述べた。
「数字上、不要だったためです」
「不要?」
監査官の声に、疑念が混じる。
「王国は常に、余裕を持った徴税を推奨している」
「それが前例だ」
「前例は、承知しています」
ここで、レオンが口を開いた。
「ですが、前例は“常時不足する状況”を前提にしたものです」
「現在のグランデル領は、該当しません」
監査官は、レオンを見た。
「それを、誰が判断した?」
「私です」
一切の躊躇もなく。
室内の空気が、わずかに張り詰める。
「領主裁量の範囲内だと?」
「はい」
レオンは、机の上の書類を指した。
「王国法第七章、辺境特例条項」
「治安不安定地域における一時的裁量権について」
監査官の動きが、止まる。
「……その条文は、非常時に限るはずだ」
「治安指数をご覧ください」
エリスが、別の書類を差し出す。
「改革前と後です」
監査官は、黙って目を通した。
犯罪件数。
未解決率。
暴動発生率。
すべてが、改善している。
「……数字は、確かに良くなっている」
「ええ」
レオンは、頷いた。
「だから、非常時は“解消された”」
「結果として、裁量は正しく使われた」
監査官は、口を閉ざした。
否定できない。
だが、納得もできない。
そんな顔だった。
「兵が、農作業に従事している件については?」
「違法ではありません」
今度は、ガルドが答えた。
「兵籍は維持しています」
「訓練時間も、規定を下回っていない」
監査官は、ため息をついた。
「……前例がない」
「前例がないのは」
レオンは、静かに言った。
「失敗していないからです」
その言葉に、室内が静まり返る。
監査官は、しばらく考え込んだ末、言った。
「……調査を続行する」
「結論は、王都に持ち帰ってからだ」
「どうぞ」
レオンは、淡々と答えた。
「隠すものは、何もありません」
監査官一行が去った後。
「……大丈夫でしょうか」
エリスが、小さく息を吐いた。
「問題ありません」
レオンは、数字を“見て”いた。
監査官の報告書。
王都での反応。
反発と、警戒。
(否定はできない)
(だから、次は“距離を取ろう”とする)
それでいい。
「王国は、まだ疑っています」
エリスが言う。
「はい」
レオンは、窓の外を見た。
「でも、疑っている間に――」
「こちらは、前に進みます」
辺境グランデル領は、
すでに“実験段階”を終えていた。
次は、
王国がどう動くかを見る段階だ。




