第6話「王都では、まだ何も始まっていなかった」
王都は、相変わらず華やかだった。
白石の通りには人が溢れ、商人の呼び声と笑い声が絶えない。
戦勝の余韻はまだ残り、酒場も市場も活気に満ちている。
だが。
「……数字が合わない」
王太子ユリウスは、執務机の前で眉をひそめていた。
机上には、各地から集められた報告書。
財務官がまとめた最新の収支一覧だ。
「先月より、税収が落ちている」
「戦後処理で支出は増えているのに、だ」
財務官が、慎重に言葉を選ぶ。
「戦勝祝いの影響かと……」
「一時的なものかと存じます」
「“一時的”が続いているから聞いている」
ユリウスの声には、苛立ちが滲んでいた。
以前なら、ここで誰かが助言していた。
数字を整理し、原因を分解し、次の一手を示す存在が。
だが、その席は今、空いている。
「……まあいい」
ユリウスは、報告書を机に放った。
「細かい数字は、後回しだ」
「今は、目に見える成果が重要だろう」
財務官は、反論しなかった。
反論できなかった、と言うべきかもしれない。
その場を辞した後。
「……ユリウス様」
声をかけたのは、リリアーナだった。
豪奢な衣装に身を包み、周囲からの視線を集めている。
だが、その表情はどこか晴れない。
「どうした?」
「最近……王都が、少し騒がしくありませんか?」
「騒がしい?」
「噂です」
「辺境の……グランデル領の」
ユリウスは、一瞬だけ動きを止めた。
「まだ、あそこか」
「商人の間で、話題になっています」
「治安が良くなった、と」
「税の取り立てが減った、と」
ユリウスは、鼻で笑った。
「辺境の一時的な話だろう」
「たまたま運が良かっただけだ」
リリアーナは、言葉を続けた。
「……レオンが、領主として入ったと聞きました」
空気が、わずかに重くなる。
「だから何だ」
「いえ……」
リリアーナは、視線を落とした。
「彼は、数字を見る人でした」
「もし……もし、あの噂が本当なら……」
「――やめろ」
ユリウスの声が、強くなる。
「彼は、人の心を理解できなかった」
「国家を、感情で支えられない人間だ」
それは、彼自身に言い聞かせるような口調だった。
リリアーナは、何も言わなかった。
だが、胸の奥に小さな違和感が残る。
(本当に……そうだったの?)
その夜。
王城の別室で、貴族たちが集まっていた。
「最近、辺境の数字が妙だ」
「人が集まり始めているらしい」
「放っておけばいい」
「どうせ、長くは続かん」
「だが……」
一人の貴族が、声を潜める。
「もし、あれが“偶然”でなかったら?」
沈黙。
誰も、その先を口にしなかった。
その問いに、答えを出すのが怖かったからだ。
王都では、まだ誰も理解していない。
辺境で起きていることが、
「改革」ではなく、
「設計」だということを。
そして。
王国が切り捨てた男が、
いずれ“無視できない存在”になるという事実を。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




