第5話「数字は嘘をつかない」
改革から、二週間が経った。
グランデル領の朝は、以前よりも早く始まるようになっていた。
畑に向かう兵。
道を整備する農民。
見張りに立つ元用心棒たち。
誰もが忙しく、誰もが疲れている。
だが――立ち止まってはいなかった。
「……増えているな」
レオン=アルヴェインは、帳簿をめくりながら静かに呟いた。
執務室の机には、簡素な朝食と、最新の報告書。
どれも派手さはないが、必要十分だ。
「何がです?」
隣に立つ代官が、恐る恐る尋ねる。
「すべてです」
レオンは、淡々と数字を示した。
「食糧備蓄、先週比で一三%増」
「犯罪件数、三割減」
「徴税率、変えていないのに税収は増加」
代官は、思わず椅子に座り込んだ。
「……そんな、馬鹿な」
「馬鹿ではありません」
レオンは言う。
「働けば、生産が増える」
「生産が増えれば、奪う理由が減る」
「奪う理由が減れば、治安は改善する」
当たり前の理屈だ。
だが、それを“順番通り”にやった者はいなかった。
ガルドが、腕を組んで頷く。
「兵の顔つきも変わった」
「剣を振るうより、誇りを持っている」
レオンは、その言葉を否定しなかった。
数字だけでなく、人の変化も確かに感じていた。
「……だが」
代官が、慎重に言葉を選ぶ。
「問題が、なくなったわけではありません」
「反発も、まだ……」
「ええ」
レオンは、帳簿を閉じた。
「だから、次に進みます」
代官が、息を呑む。
「次、とは……?」
「“見える成果”を、領民全体に示します」
その日の午後。
領都の中央広場に、人が集められた。
農民、商人、兵、子ども。
半信半疑の視線が、簡素な演台に向けられる。
レオンは、飾り気のない服装で立った。
「皆さんに、報告があります」
ざわめきが、静まる。
「この二週間で、グランデル領の食糧備蓄は回復しました」
「犯罪は減り、税収も増えています」
人々が、顔を見合わせる。
「それは、皆さんが働いた結果です」
ここで、レオンは一拍置いた。
「だから――」
指を上げる。
「今月分の臨時徴税は、行いません」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、どよめきが広がった。
「本当か!?」
「冗談じゃないだろうな!」
レオンは、頷いた。
「数字上、不要です」
「無理に取る理由がありません」
ざわめきは、歓声に変わった。
だが、レオンは手を上げて制した。
「ただし」
空気が、引き締まる。
「これは、未来への投資です」
「来月、再来月も同じ結果を出せなければ、元に戻ります」
一時の施しではない。
条件付きの信頼。
それが、彼のやり方だった。
人々は、理解した。
少なくとも――今までの領主とは違う、と。
その夜。
代官が、酒を片手に言った。
「……正直に言います」
「ここまで変わるとは、思っていませんでした」
「まだ、始まったばかりです」
レオンは、窓の外を見た。
暗闇の中でも、動き続ける灯り。
人が、動いている証だ。
(この領地は、立て直せる)
だが――。
彼の視界の端で、別の数字が、静かに警告を発していた。
(王都からの視線……増加)
「……来ますね」
ガルドが、低く言う。
「はい」
レオンは、肯定した。
「次は、内側ではありません」
「外からの圧力です」
王国は、まだ気づいていない。
だが、数字はすでに告げていた。
この辺境が、
“無視できない存在”になり始めていることを。




