第4話「正しい改革は、必ず誰かの不利益になる」
変化は、歓迎だけを伴うものではなかった。
グランデル領の空気が動き始めてから、五日目。
最初に表れたのは、数字ではなく――不満だった。
「領主様、少しよろしいでしょうか」
執務室に現れたのは、町の商人組合を束ねる男だった。
年嵩で、腹も出ている。
この領地では、古株にあたる人物だ。
「どうぞ」
レオン=アルヴェインは、帳簿から視線を上げただけで席を勧めた。
商人は、遠慮なく言った。
「最近の施策について、いくつか……困っておりましてな」
「具体的には?」
「兵が畑に出ているでしょう?」
「それで人手が足りない。運送の護衛が減った」
「おかげで、我々の商いが滞っている」
レオンは、即座に答えなかった。
視線は、商人の背後――彼の持つ取引網と倉庫の位置関係を“見て”いた。
(この男の商圏は、旧街道沿い)
(今、整備しているのは新道だ)
(つまり……)
「護衛が減ったのは事実です」
静かに認める。
商人は、勝ち誇ったように頷いた。
「でしょう?」
「このままでは、我々も黙ってはいられませんぞ」
「ですが」
レオンは、淡々と続ける。
「あなた方の倉庫には、まだ余剰在庫があります」
「三週間は、動かなくても困らない」
商人の顔色が変わった。
「なぜ、それを……」
「帳簿に、出ています」
事実だ。
彼らは、危機を装っているだけだった。
「護衛が減ったことで、利益率が下がる」
「それが、不満の正体ですね」
商人は、言葉を失った。
「現状では、全体の安定を優先します」
「新道が完成すれば、あなた方の利益も回復する」
一拍。
「それまで、我慢してください」
商人は、唇を噛みしめた。
「……若いな」
捨て台詞を残して、部屋を出ていく。
ガルドが、腕を組んだ。
「敵を作ったな」
「はい」
レオンは、否定しない。
「ですが、作らなければ進めません」
正しい改革は、必ず誰かの椅子を揺らす。
その日の夜。
街の一角で、小さな騒ぎが起きた。
酒場での乱闘。
原因は、仕事を失った元用心棒たちだ。
「……来ましたか」
報告を聞き、レオンは立ち上がった。
現場に着くと、荒れた空気が広がっていた。
怒号、割れた杯。
人々の視線が、領主へと向く。
「仕事を奪われたんだ!」
「新しいやり方なんて、知るか!」
男たちの叫びは、切実だった。
(理解はできる)
だが――。
「仕事を奪った覚えはありません」
レオンは、よく通る声で言った。
「役割を、変えただけです」
騒ぎが、少し静まる。
「あなた方には、警備の仕事があります」
「新道の見張り、物資の管理」
「明日からでも、始められる」
男たちは、顔を見合わせた。
「……本当か?」
「ええ」
「ただし、条件があります」
全員が息を呑む。
「規律を守ること」
「剣ではなく、責任で評価します」
しばしの沈黙の後――。
「……分かった」
一人が、そう言った。
やがて、他も頷く。
完全な納得ではない。
だが、爆発は防げた。
その夜、ガルドがぽつりと呟いた。
「楽じゃないな」
「楽な改革は、存在しません」
レオンは、帳簿を開いた。
数字は、正直だった。
短期的には、反発。
一時的な混乱。
だが。
(犯罪件数、減少)
(食糧備蓄、回復)
(流通、徐々に改善)
痛みはある。
だが、方向は間違っていない。
「……この領地は、変わります」
誰に聞かせるでもなく、そう言った。
そしてその頃。
王都では、まだ誰も知らなかった。
辺境で始まった改革が、
いずれ王国そのものを揺らすことを。




