第18話「王国は、交渉の席につく」
王国からの正式な使節団は、三十騎で到着した。
旗は、王家の紋章。
形式は、完全な“公式”。
だが――。
それは、命令でも査察でもなかった。
「王国代表として参上した」
応接室に現れたのは、王太子ユリウス自身だった。
エリスが、息を呑む。
(……王太子自ら?)
それは、明確な意思表示だった。
監督でも、圧力でもない。
“交渉”だ。
「久しいな、レオン」
ユリウスは、形式的な挨拶をした。
かつて婚約を破棄した相手に向ける視線は、
どこか複雑だった。
「お久しぶりです、殿下」
レオン=アルヴェインは、感情を交えずに応じる。
応接室には、王国側の文官と軍務官。
グランデル側は、レオンとエリス、ガルド。
席に着く。
「率直に言う」
ユリウスは、回りくどい言葉を使わなかった。
「グランデル方式を、王国の公式辺境政策として採用することを検討している」
エリスの指が、わずかに止まる。
それは――勝利宣言に等しかった。
「ただし」
ユリウスは続ける。
「王国との連携を、より明確にする必要がある」
「具体的には?」
レオンが、静かに促す。
「制度策定に、王都からも人員を出す」
「グランデルは、試験運用の中枢となる」
試験運用。
だが、それは実質的な“共同設計”だった。
レオンは、一瞬だけ沈黙する。
(ここで拒否すれば、孤立)
(受け入れれば、王国が巻き込まれる)
選択は、明白だった。
「条件があります」
室内が、引き締まる。
「どうぞ」
ユリウスが、応じる。
「制度策定は、公開記録とする」
「成果も失敗も、隠さない」
軍務官が、眉をひそめる。
「王国の弱点が、露呈するぞ」
「隠しても、いずれ崩れます」
レオンは、淡々と返した。
「制度は、信用で回る」
「信用は、透明性で支えられる」
沈黙。
やがて、ユリウスが言った。
「……変わったな」
「いえ」
レオンは、首を振る。
「変わっていません」
「立場が変わっただけです」
その言葉は、静かだったが重かった。
かつては、王太子妃候補。
今は――制度設計者。
「……分かった」
ユリウスは、頷いた。
「公開前提で、共同策定とする」
それは、対等の合意だった。
命令でもなく、従属でもない。
エリスは、確信する。
(今、立場が並んだ)
会談が終わり、王太子一行が去った後。
高台から街を見下ろしながら、エリスが言った。
「……ついに、ですね」
「ええ」
レオンは、頷いた。
「王国は、敵ではありません」
「ですが、上でもありません」
「では」
エリスは、問いかける。
「何なのですか、私たちは」
レオンは、少しだけ考えた。
遠くに見える街道。
行き交う商隊。
広がる灯り。
「境界線です」
「境界線?」
「内でもなく、外でもない」
「支配でもなく、反逆でもない」
一拍。
「国家と国家の間を、設計する存在です」
風が、街を渡る。
追放された男は、
王国の制度を更新する立場へと至った。
辺境グランデル領は、
もはや“端”ではない。
――**境界を動かす中心**だった。
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