第15話「世界は、即座に反応した」
変化は、契約書に署名された翌日から始まった。
「……増えています」
エリス=グランデルが、朝の報告書を見てそう呟いた。
声には、隠しきれない驚きがある。
「想定より、二割多いですね」
レオン=アルヴェインは、淡々と答えた。
「はい」
「物流量、人口流入、取引件数」
「すべてです」
数字は、嘘をつかなかった。
ノルディクス商業国家の商隊が、本格的に動き始めたのだ。
街道は整備され、宿と倉庫が一気に埋まる。
それに引き寄せられるように、周辺領の商人や職人が流れ込んできた。
「王国の商会も……混ざっています」
エリスが、確認するように言う。
「ええ」
レオンは頷いた。
「彼らも、損はしたくありません」
「通らなければ、不利になる道ですから」
それは、敵味方の区別を超えた“現象”だった。
(通らなければ、遅れる)
(関わらなければ、置いていかれる)
選択肢が、事実上ひとつに収束していく。
「治安指数、さらに改善」
「臨時雇用、想定の一・五倍」
報告が、次々と積み上がる。
ガルドが、窓の外を見ながら言った。
「……兵が足りなくなりそうだな」
「いえ」
レオンは、すぐに否定した。
「足りないのは、兵ではありません」
「管理です」
エリスが、即座に理解する。
「人が増えすぎて、既存の枠では追いつかない」
「はい」
「だから――」
レオンは、地図の新しい線を指した。
「区画を分けます」
「居住、交易、保管」
「それぞれ、責任者を置く」
「……もう、都市設計ですね」
「必要だから、やるだけです」
感情は、介在しない。
その日の午後。
街道沿いの簡易市場で、ひとつの揉め事が起きた。
王国系商会と、ノルディクス系商人の間での、契約条件の衝突だ。
「こちらの条件が、王国法に基づいている!」
「だが、ここはグランデル領だ!」
周囲が、ざわつく。
エリスが前に出ようとした、その時。
「失礼します」
低く、よく通る声がした。
二人の商人が、同時に振り向く。
そこに立っていたのは、レオンだった。
「ここで適用されるのは、どちらの法でもありません」
商人たちが、息を呑む。
「契約時に合意した“グランデル基準”です」
懐から、覚書の写しを取り出す。
「不服があるなら」
「契約を破棄して、別の道を選んでください」
一拍。
「ただし」
視線を巡らせる。
「この道を使わない場合」
「到着は、三日遅れます」
沈黙。
それが、どれほどの損失か。
商人たちは、即座に計算した。
「……分かった」
先に折れたのは、王国側だった。
「条件を、確認し直そう」
騒ぎは、収束した。
エリスが、低く息を吐く。
「……今の一言で」
「はい」
レオンは、頷いた。
「ここでの“基準”が、確定しました」
その夜。
執務室で、最新の集計が出揃った。
「税収、前月比二・三倍」
エリスの声が、少し震える。
「人口、四百人増」
「犯罪件数……ほぼ横ばい」
「抑えていますね」
レオンは、数字を追っていた。
「急増期に犯罪が増えないのは」
「秩序が、先に置かれている証拠です」
エリスは、静かに頷いた。
「……王国が、黙っていませんね」
「ええ」
レオンは、視線を上げた。
「次は、“取り込む”か」
「もしくは――」
言葉を切る。
「“管理する”名目で、踏み込んでくる」
その時。
扉を叩く音。
「領主様」
使者が、深く頭を下げた。
「王都より、正式な書簡が届いています」
レオンは、静かに立ち上がった。
世界は、即座に反応した。
そして、王国も――動き始める。
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