第14話「対等とは、譲歩ではなく条件だ」
交渉は、静かに始まった。
机の上には、白紙の契約書。
すでに条文が書かれているわけではない。
これは――条件を“詰める”場だ。
「まず確認します」
レオン=アルヴェインが口を開いた。
「今回の契約は、通商と中継に限定される」
「軍事・治安への直接介入は、含まれない」
「ええ」
セシリア=ノルディクスは即答した。
「我々は、兵を置きません」
「治安維持は、貴領の責任です」
「では、金融支援とは?」
「貸与ではありません」
セシリアは、言葉を選ばなかった。
「信用供与です」
「必要な時に、必要なだけ、回せる仕組みを用意する」
エリスが、思わず眉を寄せる。
「それは……依存を生む」
「ええ」
セシリアは、否定しない。
「ですが、一方的ではありません」
レオンが、続きを促す。
「こちらも、依存させる」
セシリアは、微かに笑った。
「貴領を通らなければ、我々の物流は非効率になる」
「互いに、切れない関係です」
それは、同盟ではない。
だが、断絶もできない。
(……国家規模の“相互拘束”か)
レオンは、地図を机に広げた。
「中継地は、ここに限定します」
「居住区と、行政区からは切り離す」
セシリアの視線が、地図を追う。
「治安リスクの分離、ですね」
「はい」
「問題が起きた場合、波及を防ぐためです」
一拍。
「その代わり」
レオンは、指を止めた。
「貴国は、グランデル基準の契約様式を採用する」
「我々の法と帳簿方式に従ってもらう」
エリスが、息を呑む。
(……強気)
セシリアは、すぐには答えなかった。
だが、拒否もしない。
「……合理的です」
やがて、そう言った。
「基準が統一されていなければ、摩擦が増える」
「それは、我々にとっても不利」
「つまり」
レオンは、静かに確認する。
「貴国は、“こちらに合わせる”」
「はい」
セシリアは、はっきりと答えた。
「ただし」
視線が、鋭くなる。
「条件があります」
「どうぞ」
「グランデル領が、王国から圧力を受けた場合」
「我々は、表立って介入しません」
エリスの表情が、強張る。
「ですが」
セシリアは続けた。
「取引を止めることもしない」
「経済的には、支え続ける」
それは、明確なメッセージだった。
――潰せば、損をする。
王国に向けた、静かな牽制。
レオンは、少し考えた後、頷いた。
「受け入れます」
「即答、ですね」
「条件が、対等だからです」
セシリアは、初めてはっきりと笑った。
「……あなたは、交渉が早い」
「そして、怖い」
「褒め言葉として、受け取ります」
「ええ」
セシリアは、書類を取り出した。
「では、覚書を」
「正式契約は、後日」
ペンが走る。
条文が、一つずつ形になっていく。
エリスは、その様子を見ながら、理解していた。
(これは、取引じゃない)
(構造だ)
契約が終わった後。
「これで」
セシリアは、立ち上がった。
「グランデル領は、王国の“内側”にありながら」
「我々にとっては、“外側の要”になります」
「ええ」
レオンは、淡々と答えた。
「それが、最適です」
セシリアは、最後に一言だけ残した。
「次に会う時は」
「あなたは、もう“辺境領主”ではないでしょうね」
扉が閉まる。
静寂。
エリスが、ゆっくりと息を吐いた。
「……後戻りできませんね」
「はい」
レオンは、肯定した。
「ですが」
「最初から、そのつもりでした」
この日。
グランデル領は、
“選ばれる場所”から、
“選ぶ側”へと変わった。




