第13話「王国より先に、他国が来た」
最初に違和感を覚えたのは、街道の動きだった。
「……増えていますね」
エリス=グランデルが、望楼から街道を見下ろしながら言った。
「ええ」
レオン=アルヴェインは、地図から視線を上げずに答える。
「商人の数が、想定より一割多い」
「しかも――」
地図の一点を指でなぞる。
「王国の商会ではありません」
旗。
馬車の意匠。
積荷の梱包方法。
どれも、王国式ではなかった。
「隣国……ノルディクス方面ですね」
エリスの声に、確信が混じる。
「はい」
レオンは、短く肯定した。
(来るのが早いな)
想定はしていた。
だが、これほど早く“外”が反応するとは思っていなかった。
その日の午後。
領都の応接室に、一人の女性が通された。
「ノルディクス商業国家より参りました」
「外交交渉官、セシリア=ノルディクスです」
年は二十代後半。
無駄のない黒衣に、簡素な装飾。
だが、姿勢と視線に一切の隙がない。
(……判断が速い)
それが、レオンの第一印象だった。
「辺境グランデル領主、レオン=アルヴェインです」
形式的な挨拶を交わし、向かい合って座る。
「単刀直入に申し上げます」
セシリアは、前置きをしなかった。
「我が国は、グランデル領との“通商および中継契約”を希望します」
エリスの眉が、わずかに動く。
「……軍事同盟では、ないのですね」
「ええ」
セシリアは即答した。
「我々は、戦争を望みません」
「ですが、“通れない場所”を作ることは、最も嫌います」
レオンは、彼女を見た。
感情ではなく、計算で来ている。
それも――国家規模の。
「理由を、お聞きしても?」
「はい」
セシリアは、懐から一枚の書類を取り出した。
「ここ半年で、グランデル領を通過する物流は増加しています」
「治安、税制、契約履行率――すべてが、周辺地域より安定している」
エリスが、思わず口を挟む。
「それは……王国の統計では、まだ……」
「王国の統計は、遅い」
セシリアは、淡々と言った。
「我々は、“現場の数字”を見ます」
その言葉に、レオンの視線が僅かに鋭くなる。
(……同じだ)
「提案の内容は?」
「単純です」
セシリアは、指を立てた。
「グランデル領を、我が国の主要交易路の一つとして扱う」
「代わりに――」
一拍。
「貴領の物流・食糧・金融の一部を、我々が下支えします」
室内が、静まり返る。
それは、援助ではない。
対等な取引だ。
「条件は?」
レオンが尋ねる。
「王国の許可を、必要としないこと」
エリスが、息を呑んだ。
「……それは」
「違法ではありません」
セシリアは、すぐに補足する。
「貴領は、王国の一領地」
「しかし、通商契約において、王国の事前承認義務は存在しない」
レオンは、法の条文を思い浮かべていた。
(……正しい)
「ただし」
セシリアは、レオンを見据えた。
「これは、賭けでもあります」
「貴領が不安定になれば、我々も損をする」
「つまり」
レオンは、静かに言った。
「我々が失敗すれば、あなた方も巻き込まれる」
「ええ」
セシリアは、微かに笑った。
「だからこそ、来ました」
「あなたが、“計算できる人間”だと分かっているから」
その瞬間。
レオンは、理解した。
王国より先に。
感情より先に。
世界は、“結果”だけを見て動く。
「……話を続けましょう」
レオンは、椅子に深く腰掛けた。
「ただし」
「条件はこちらも提示します」
セシリアの目が、細くなる。
「対等、ですね」
「はい」
レオンは、肯定した。
この日。
辺境グランデル領は、
初めて“国家として扱われた”。
王国ではなく、
世界によって。




