第11話「あなたの計算は、冷たい。でも正しい」
夜の執務室は、静かだった。
灯りは最低限。
机の上には、整理された書類と地図だけが置かれている。
レオン=アルヴェインは、数字を追っていた。
人口流入。
食糧備蓄。
治安指数。
すべては、想定の範囲内で推移している。
「……順調、ですね」
控えめな声がした。
エリス=グランデルは、扉のそばに立っていた。
手には、新たにまとめた報告書。
「ええ」
レオンは視線を上げずに答える。
「このまま行けば、冬は越せます」
「問題は、その先です」
エリスは一歩近づき、机の向かいに立った。
「……聞いても、よろしいですか」
「どうぞ」
「あなたは」
一瞬、言葉を選ぶ間。
「この領地を、どこまで導くつもりですか?」
レオンは、手を止めた。
窓の外では、夜の街に灯りが点在している。
以前より、確実に増えた光。
「導く、という意識はありません」
やがて、静かに答える。
「最適解を選び続けるだけです」
「それは……」
エリスは、わずかに眉を寄せた。
「冷たい、やり方です」
否定ではない。
事実確認に近い。
「はい」
レオンは、即座に認めた。
「感情で決断すれば、必ず歪みます」
「私は、それを避けているだけです」
しばらく、沈黙。
やがて、エリスが小さく息を吐いた。
「……でも」
視線を上げる。
「あなたの計算は、冷たい」
「けれど――」
一歩、踏み出す。
「結果として、人を守っています」
レオンは、初めて彼女を見た。
「私は、ここで多くの領主を見てきました」
「善人も、熱血も、理想家も」
エリスは続ける。
「皆、失敗しました」
「あなたは、違う」
言葉に、揺らぎはなかった。
「だから」
彼女は、静かに頭を下げた。
「私は、あなたのやり方を支持します」
「最後まで」
その言葉に、レオンは何も返さなかった。
だが――。
「ありがとうございます」
それだけを、確かに告げた。
その瞬間。
エリスは理解した。
この人は、感情を否定しているのではない。
感情に、責任を持とうとしているのだと。
夜は、静かに更けていった。




