第1話「祝賀の席で、王太子は私を見なかった」
本作は、
「婚約破棄から始まる内政無双」
ですが、
戦争や魔法バトルよりも
“制度で国家を動かす”物語です。
主人公は派手に怒りません。
ですが、確実に世界を変えていきます。
静かなざまぁが好きな方、
合理主義主人公が好きな方におすすめです。
ゆっくり、しかし確実にスケールが上がっていきます。
王城の大広間は、祝賀の空気に満ちていた。
金糸の垂れ幕、磨き上げられた白石の床、楽団の奏でる華やかな音色。
王国が勝利した夜にふさわしい、完璧な舞台装置だった。
――少なくとも、表面上は。
「……人が多いな」
レオン=アルヴェインは、壁際に立ったまま静かに周囲を見渡していた。
視線の先では、貴族たちが酒杯を掲げ、笑顔で言葉を交わしている。
誰もが誇らしげで、誰もが自信に満ちていた。
ただ一人、こちらを見ようとしない人物を除いて。
「……ユリウス殿下」
王太子ユリウスは、中央の壇上で国王の隣に立ち、拍手と歓声を一身に受けていた。
若く、華があり、戦場での武勲もある。
今日の主役は間違いなく彼だ。
だが。
(視線を一度もこちらに向けない、か)
レオンは心の中でそう結論づけた。
不思議と、驚きはなかった。
むしろ――今さらか、という感覚に近い。
彼の意識は、無意識のうちに別のものを捉えていた。
この場に集まっている貴族の数、発言の頻度、酒の減り具合。
それらが示す王国の財政状態。
兵站担当の顔色から読み取れる、次の遠征計画の無理。
(今夜の祝宴費用……銀貨換算で三千。予算超過だな)
誰にも聞こえない思考が、淡々と積み上がっていく。
「……レオン様?」
隣から小さな声がした。
振り向くと、侍女が気まずそうに目を伏せている。
「何か?」
「いえ……その……殿下が、そろそろ……」
歯切れが悪い。
言葉を濁す理由は、聞かなくても分かった。
「分かった。ここにいる」
それだけ答えると、侍女は安堵したように一礼して下がっていった。
誰も、彼に積極的に話しかけてはこない。
それが、この場での彼の立ち位置だった。
やがて、楽団の演奏が止む。
ざわめきが静まり、国王が一歩前に出た。
「本日は、我が王国の勝利を祝う宴である」
形式的な挨拶。
何度も聞いた言葉だ。
だが、その途中で、王太子ユリウスが一歩踏み出した。
「父上。皆様。本日はもう一つ、重要な発表があります」
空気が変わった。
貴族たちが息を呑むのが分かる。
(……なるほど)
レオンは、ようやく腑に落ちた。
なぜ今日なのか。
なぜこの場なのか。
王太子の視線が、初めてこちらに向いた。
だがそれは、個人を見る目ではない。
――処理すべき案件を見る目だった。
「この場をもって、私は――」
一拍の沈黙。
「レオン=アルヴェインとの婚約を、正式に破棄する」
一瞬、何も聞こえなくなった。
次の瞬間、ざわめきが爆発する。
囁き声、驚愕、好奇の視線。
すべてが一斉にレオンへと向けられた。
(やはり、か)
胸の内に湧いたのは、怒りでも悲しみでもなかった。
ただ、確認。
王太子は続ける。
「彼は優秀な補佐役ではありました。しかし――王太子妃として、私を支える感情を持ち合わせていない」
どこかで、誰かが笑った。
「国家の数字ばかりを見て、人の心を見ない。そういう人物だ」
貴族たちが頷く。
まるで、ずっとそう思っていたかのように。
レオンは、何も言わなかった。
言葉なら、ある。
反論も、説明も、証明も。
だが、それを受け取る意思が、この場に存在しないことは明白だった。
(この国の歳入は三年連続で減少。軍の補給計画は破綻寸前。
それを“感情がない”で切り捨てるか)
皮肉にもならない思考が浮かぶ。
王太子の隣で、リリアーナが一歩前に出た。
元婚約者。
彼女は、まっすぐこちらを見て言った。
「あなたは、国しか見ていなかった。……私は、ずっと一人だったわ」
その言葉に、貴族たちが同情の息を漏らす。
(違う)
レオンは、心の中で否定した。
(私は、国を見ることで、彼女を守ろうとしていた)
だが、その答えを口にすることはなかった。
やがて、国王が短く告げる。
「婚約破棄を承認する。なお――」
言葉が続く。
「功績を鑑み、レオン=アルヴェインには辺境グランデル領を与える。追放ではない。温情である」
その瞬間、レオンの意識は王城を離れた。
荒れた土地。
放棄された農地。
人口は少なく、治安は悪い。
だが――。
(……生きている)
数字が、見えた。
「承知しました」
レオンは一礼した。
それ以上、何も言わずに踵を返す。
誰も、その背中を止めなかった。
こうして王国は、
唯一“計算できる人間”を切り捨てた。
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