3.思い出した約束
ガタ、ゴト、電車は心地よい音と振動を与える。
暫くしてリズムが変わった。私は眠りから覚めた。
「あれ?私は寝ていたのだろうか?」
電車が止まり、私は慌てて列車から飛び降りた。気持ちに反して、体はのそのそとしか動かない。かろうじて扉が閉まるまでに体をホームに移動させた。
「あれ、ここはどこだ?」
「私はD駅に降りて、家に帰るはずではなかったのか?」
その駅は明らかにみすぼらしい各駅停車駅のD駅と違った。暫く観察するとH駅であることが分かった。
「私はなぜH駅に来たのだろう?」
私は小声で呟きながら自問した。私は独身生活が長くなり寂しいので、実際に呟くのだ。自分だけが聞こえる音量で声を発する。そうすると2人で行動している気になるのだ。亡くなった姉が言っていた。
「主人が死んでから、よく独り言を言うようになった」
それを聞いてからだ。私も独り言を言うようになった。
私はH駅に来た目的を思い出さなくてはならない。私はボケてはいない。思い出すのだ。人生の尊厳を掛けて思い出すのだ。
突然ある光景がスパークした。思い出した。
「又、来ます」
私は約束したのだ。昨日の事のように思い出した。それは大きな寿司店で大将に言った言葉であった。いとことは年賀状の交流があった。当時、私は会社からの年賀状を出していた。ある年の年賀状は寿司店から来た。よく見ると代表者がいとこの健ちゃんだった。その年に私は寿司を食べに行った。そして「また、来ます」と言ったのだ。しかし、寿司店からの年賀状は、その年だけで、その後は自宅の住所で来た。私も寿司店に行ったのはその時だけであった。30年以上も前の話である。今までその約束は果たされていない。
「確か、寿司店はこの駅の近くだった」
私は、きっとその約束を実行しようとして、H駅に来たのだ。そうに違いない。それしか考えられない。私は自信に満ちて、ICOCAを使い、駅を出た。
H駅には仕事で何度か来ている。駅周辺を懐かしく見渡した。しかし、寿司店の場所が思い出せない。確か、大きな店舗が並んでいて、その内の1つだった。見つけられないはずはない。私はそれらしき所を歩き回った。疲れ切り、途方に暮れた。寿司を食べるつもりであったが、昼も過ぎてしまい、ラーメン店に入った。腹が大きくなって落ち着くと、再びスパークした。
「そうだ。K駅と間違えていたのだ。少し耄碌しているなぁ」
少し自嘲気味ではあったが、記憶を訂正して自信を取り戻した。疲れた体でK駅に向かった。




