都に住む少女
もし僕が、彼女と出会ってなかったらと考えると、死にたくなるほど寂しいと感じてしまう。それほど、彼女は魅力的で、手放したくない存在だった。これは、そんな都に住む少女と、田舎に住む平凡な学生の、恋の物語である。
ある日、僕は散歩をしていた。10月の夜、その日は満月が夜空に光っていた。よく目を凝らせば、うさぎが餅つきをしていそうな・・・そんな、満月だった。僕が向かう場所は、近くの丘の頂上。僕は秋の満月の日になると、必ずその丘に訪れる。何かを信じて行っているわけでもない。ただ、満月が綺麗に見えるから、その丘の頂上を目指す。そんな僕は、暗がりの山道を歩く。ただひたすらに、少し息を切らせながら、歩く。そうしてやがて、僕は頂上に辿り着いた。のだが、そこにはいつもと違った光景が広がっていた。
「おや?」
「あ、えっと・・・」
そこには、見たことのない少女が座っていた。近所の女の子、というわけでもない。僕の住んでいる田舎は、一つの集落のようなものだ。だから、僕も近所の人たちとは、そこそこに顔が広かったりする。だから、こんな僕が、近所の子供を知らないはずもなく、
「君、どこから来たの?」
気づけば、そんな質問をしていた。
「えっと。貴方は誰ですか?」
「?僕は、無叶大和だけど」
「えっと、貴方はこの田舎の住人ですか?」
「まぁ、はい」
僕の質問を聞いていなかったのだろうか?
「名前は、何て言うんですか?」
「・・・」
「答えたくないですか?」
その質問をすると、その少女は、困ったような顔をした。週秒間沈黙が流れた後、ようやく少女が口を開いた。
「私、名前がないんです」
「・・・え?」
名前が、ない?そんなことがあり得るのか?
「どういうこと?」
「えっと。私は、人間じゃないです」
「は?いやいや、流石に無理がある」
どう見ても見た目は人間だろう。流石に現実世界に月の都の少女などということがあり得るわけないし、どうしてそんな嘘を吐くんだろう?と、思っていると。
「えっと、じゃあ。これが答えです」
すると、少女が片方の目を見せて、更には大きく口を開いた。すると、僕は一説の話を思い出した。
「ま、まさか・・・」
それは、絵本や標本などでよく目にした構図だった。朱い目に、発達した犬歯。見た目は間違いなく、吸血鬼そのものだった。
「えぇ、そのまさかです。私は、”生き残りの吸血鬼”です。人類の敵です。殺してください」
すると、思いもしないお願いが言い渡される。
「殺してって、そんな。生きたいって思わないのか?」
「いいえ。思いません。だって、今や吸血鬼は、人類に勝てませんから。だから、はやく。貴方が犠牲になる前に、私を殺してください」
そうして、ナイフを投げてくる。本気で、殺せと言っているようだ。
昔、400年ほど前から、吸血鬼が現れたという話があった。当時は、初見なもんだったので、多数の人類が犠牲となってきた。しかし、ある日現れた、『対吸血鬼親衛隊』が、数々の吸血鬼を惨殺していった。そんな出来事に、吸血鬼側も、反抗せざるを得なく、吸血鬼VS親衛隊が始まった。100年以上続いて、結果は親衛隊が勝った。絶滅したと思われた吸血鬼が、今目の前にいる。そして、特徴も酷似していることから、流石に嘘だとは言えない。ここで、人類のためなら、殺すのが当然だろう。しかし、僕が取った行動と言うのは。
「っ!!」
「え?なにしてるの!?」
僕は、自ら自分の腕を切った。それにより、僕の切れた腕から、血が流れ出始めた。
「ほら、飢えてるんだろ?だったら、飲めばいい」
「なにしてるの!?貴方は、吸血鬼を味方に回したんだよ!?それが、どんなことか分かってる?」
「あぁ、分かっててやってる。ほら、さっさと呑め。おれの血が勿体ない」
それでも拒否をし続けるもんで、僕は無理矢理彼女に近づいた。
「呑めって言ってるだろ。もう何日も、口にしてないんだろ?だから、呑めよ」
そうしてやがて、誘惑に負けたのか。
「っ・・・。お、美味しい」
やがて、その吸血鬼は俺の溢れ出る血を飲み干した。
「本当に、よかったの?」
「よくなかったら、自ら腕を切ったりなんかしねぇよ」
「あ、ありがとう・・・。でも、わかってる?」
「なにが」
「あなたは、人類の敵である吸血鬼を助けたんだよ!?それが、どんな大罪であることかわかってるんだよね!!」
あぁ、たしかにそうだ。吸血鬼が絶滅されたと思われた今も、吸血鬼に関しての法律は残り続けている。だから、例え吸血鬼と関わっただけでも、それは大罪になり得る可能性がある。
「だったらなんで、私なんかを助けたの?」
そんなもの、答えは簡単だ。
「お前から、人を殺戮しようなんていう意思は感じられない。だったら、それが答えだ」
「え?」
「誰も殺めてないのに、無関係で殺すなんていう無差別があっていいのか?」
「・・・」
「お前は、誰も殺しちゃいないんだろ?だったら、お前を殺す意味なんてない」
「でも、今後誰かを殺してしまう可能性だって!!」
「だったら、約束をしよう」
僕は、人差し指を立てて、言った。
「もし、お前が人を食うようなことを起こしたら、お前を殺して、そして責任を追って俺も切腹する」
と。