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4話



 住んでいるアパートに着くと人間の姿に戻り、2階の奥の部屋へと入った。

 このマンションは妖性の人しか住めないアパートで、政府の支援で建てられいる。

 その為、支援だけあって家賃が掛からず、各々の生活費だけで済むような経済的に優しいアパートだった。

 麗央が前にいた孤児院もそうで。政府からの支援金と善良者からの贈り物で建ち営んでいて、高校生になるとこの部屋のような妖性専用のアパートを紹介されるのだ。

 しかも、部屋はもともと家電付きで、一人暮らしをするために必要なものまで既に揃えてられている状態だった。

 支援はアパートの他にも数は少ないが麗央が通う高校や系列大学の学費も一部免除されたりと、融通が利く制度が法律や規律で決められていたりする。

 お陰で天涯孤独ながらになに不自由なく暮らして来れている。

 そもそも麗央が孤児院に入ったのは両親がいないからだ。三歳の頃に起こった事故に巻き込まれて両親は亡くなっている。

 新月の夜に偶然遭遇した“妖堕ち”。両親は麗央を守る為に犠牲になった。

 “妖堕ち”とは、妖性の人間が極度のストレスに襲われて大妖の血を暴走させてしまい理性を失った妖性の人間のことを示す。

 一度堕ちると理性を取り戻すことは不可能に等しい。その為、一般人に害をなす前に処分する必要があるのだが、退治する人──陰陽性の人間が到着するのが遅れて麗央と両親の前に現れたのだった。

 妖堕ちは妖に等しく、同類を狙う習性がある。どんな世界でも弱肉強食の摂理はあるもので、親子と遭遇した妖堕ちは真っ先に子供を狙った。

 そして、子供を守る為に交戦した両親は目の前で血煙を散らしながら亡くなったのだ。当時のことはショックが大きかったが、幼い頃の話し故に当時のことは曖昧でしかもう覚えてなかった。

 ただ朧気に思い出せる景色は二つあって。両親の倒れる瞬間と、胸に五芒星の刻印を刻んだ男が手を差し伸べて来る瞬間の映像だけが記憶に深く刻まれていて忘れられずにいた。

 その後、手元に残ったのは母がつけていたネックレスと指輪。父がつけていた指輪と持ち歩いていたらしい御守りだった。

 忘れ形見である四つの遺品は箱に入れて大事に管理し、仏壇の所に置いている。

 麗央は帰って来て早々、仏壇の前に座ると「ただいま」と手を合わせた。

 両親の命日に起きた当時のことを詳しく知ろうとした事は一度もない。いない人はもう現れることはないし、自分のせいで犠牲になったことが悔しくて、詳しく知ってしまったら償える気がしないからだ。

 このまま生きていくことで償いになるとは到底思えないし、両親が助けてくれた命なのに自殺するのは親不孝とも思えてそれもまた償いにはならい。

 現状でこう(・・)なのだから、詳しく知ることでこれ以上どうすることも出来ない行き場のない感情に苦しみたくはなかった。

 それに、麗央が原因で起こった事件は両親の件だけではなかった。幸いもう一つの件は亡くなった人はいないものの、惨状は酷く、相手の重症は免れなかった。

 ──麗央自身は無傷で無事なのに。


「……まずは食事かな」


 呟いて立ち上がると、カリカリと窓を引っ掻く音が聴こえてベランダの窓を振り返った。その音は毎日響く音で別段驚くようなことではない。

 良く聴く音にベランダの方を振り向くと、小さな来客が今日も来ていた。


「またやって来たのか」


 窓を開けて来客を中に入れる。

 入って来たのは灰色の猫だ。毎日と言っていい頻度でこうしてこの部屋にやって来るこの野良猫は我が物顔で自室の真ん中に腰を下ろして毛繕いを始めた。

 麗央のいる部屋はアパートの2階の奥。そこは庭に植えられた桜の木が枝を伸ばしベランダの柵を掴んでいる部屋でもあり、こうして木登りが上手で、魑魅魍魎のアパートを恐れない度胸のある動物が我が家にやって来ている。

 何年も前からの常連客のお陰で、窓ガラスには掻き傷がびっしりあって、窓の下部の方は白く薄汚れていた。

 引っ越し当初は新しい窓ガラスに変えてもらいたいと思っていたが、何度もやって来る動物たちは好奇心旺盛で人懐こく、最近はもう引っ掻き傷も桜の枝も気にならなくなっている。

 灰色の猫が伸びをする姿を見て麗央は呆れた様子でキッチンへと向かった。

 後ろにいた猫は首周りを後ろ脚で掻くと、ふと白い何が体毛から飛び出した。それは開け放たれていた窓から外へと出て行き微風に乗って舞いながら部屋から出ていく。

 その様子を猫はしっかり捉えていたものの、家の主である麗央は背後の様子に気づいておらず、猫は飛び立って行った白い何かを気にすることもなく再度、毛繕いを始めた。

 キッチンにいた麗央は食器棚の隣りに置いてあるキャットフードと水の入ったペットボトルを持ってベランダにある餌皿にそれぞれ入れた。

 猫はその音を察知して餌皿に近寄ると、もの凄い勢いでご飯を食べ始めた。

 来客用のご飯を先に与えると、キッチンへ戻って冷蔵庫から冷凍食品のチキンライスを取り出して皿に分ける。

 電子レンジで温めている間にフライパンで卵を薄く敷いて焼き、温まったライスの上にそれを乗せた。最後にケチャップをかけて簡易オムライスを作り上げると、ダイニングのテーブルで食べ始める。

 市販の冷凍食品だけあって安定の美味しさだ。

 バイト帰りの日はいつも簡易な調理法で夕食作りを楽しんでいた。

 食事が終わると早々にお風呂に入って寝る支度をする。それから眠るために自室へやって来ると、一匹だけだった猫は5匹に増えていて各々の場所でのんびりとだらけていた。

 いつもながら警戒心のない猫たちの様子には呆れと愛しさがない混ぜになって溢れる。

 部屋の隅にあるベットに寝転ぶと、猫たちは待ってましたとばかりに一斉に周りへ群がって来て、それぞれの態勢で寛いでいた。

 それに倣って麗央も瞼を落とすと寝息を立てた──。




✧     ✦     ✧




 翌日、朝日を浴びて目が覚めると、重りになっていた猫たちを問答無用で布団を捲り上げてたたき起こした。

 急に剥がされてびっくりした猫たちは不機嫌そうに起き上がり、文句を言っているのか一斉に鳴き始める。けれどキッチンから餌と水を持ってくると直ぐに機嫌を直し、足に絡みついて来ては餌の催促をしてきた。

 外にある数皿にキャットフードをやり、残りの皿に水を入れてやると猫たちは頭突きで相手を邪魔しながら奪い合っては美味しそうに食べていた。

 その様子を朝陽を浴びながら見守ってほっこりしていると、半数が食べ終わって顔を洗う姿がちらほら見え始めたいつもそれを目安に立ち上がって朝食の支度をする。

 食パンをトースターに入れて、冷蔵庫の中から卵とソーセージを取り出すと焼いていく。

 朝食を食べると皿洗いをちゃちゃっと片付けて、毎朝のルーティンを熟していくと制服へと着替えて支度を終わらせた。

 部屋から出る前に猫たちを強制的に追い出して戸締まりをすると学校へ向かい歩き出す。


 「イテテ……」


 強制的に追い出そうと灰色の猫を捕まえた時に受けた引っ掻き傷が沁みるように傷んだ手の甲の傷跡を見ながら、通い慣れた登校道を暢気に歩いていた。

 しばらく歩いていると不思議と違和感を感じた。

 まるで周囲だけ隔離されたような静まり返った街中を麗央は一歩ずつ慎重に踏み出して行く。


 (なんだ……?)


 訳の分からない不安に苛まれて周囲を警戒する。

 何かが変なのに、それが何かが分からなかった。

 何かを忘れているような違和感ではなく、いつも通ってる道じゃないような周囲に対しての大きな違和感。

 ──とは言え、道を間違えていることはないだろう。いつものアパートの前の道を真っ直ぐ歩いて来ているのだ。

 建物の色が変わってる訳じゃなさそうだし、建物がなくなってる訳でもない。


 「…………」


 ふとこの前の泣き面鬼の呪いを思い出して体内の妖力の巡りを確かめる。呪いの作用で身体が可笑しくなったかと考えたが異常はないようだ。

 手足も動くし、視界も良好でちゃんと見えている。それに、何かあれば大虎の父からもらったお守りが見を守ってくれるのだから身体の健康状態は安心だろう。

 大虎の父は陰陽師性専門の学校で優秀な生徒だったらしく、妖性に優しい人で麗央のことを可愛がってくれている。息子と同等に身を安全を案じてくれて、強力な護符を持たせてくれたのだ。

 その護符は生命に関わる呪術を身代わりに受けてくれるもので、持ち歩くだけでも気持ちの余裕を与えてくれる代物だった。

 だから一度油断する程度なら大丈夫なのだが、あまり使いたくない護衛手段でもある。出来るだけ一人で出来ることはしておきたい。


 「……違う道を使ってみるか」


 この道だけか、周囲に違和感があるのかを確かめようと、麗央が小道へそれようとすると空気が震えた気がした。

 思わず立ち止まり周囲を見渡す。


 「…………」


 なんとなく違和感の元凶のヒントが掴めた気がする。

 麗央はもう一歩、足を踏み出した。小道へ向かう進路へ近づいてみると、やっぱり空気の震えが肌を掠めていった。

 

「結界か……」


 推測でしかないが、人を閉じ込める結界か、方向感覚を狂わせるような結界が遠距離に張られているようだ。

 結界を破くには、結界術を発動する為に媒介とする物が所々に置かれていることが多く、それを一つでも壊せばたいていの結界は解ける。

 ──が。遠距離に張られている場合、媒介を見つけるのは難しい。そうなると、張った本人と交渉するしかないだろう。

 何が目的か知らないが、逃して貰えるように頼み込んでみるかと思い、姿を隠した相手に大声で尋ねた。


「誰だ!?」


 麗央の声が静寂を切り裂くと、後ろから足場が崩れたような瓦礫が転がっていく音が聴こえて振り返った。

 そこにいた人間を見た麗央の胸中に憤りの感情が湧き上がった。



 

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