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3話


 金糸が身体に纏わり付くように存在していることに気がつくと、その時になってこの金糸が何なのかを知った。


「まさか……」


 ゆったりと泳いでいる糸の先を辿ると、金糸は背後へと紡がれている。後ろを振り返ると金色の粒子は斜め上へと舞っていて、数メートル先の民家の屋根に集まっていた。

 そして、収束して出来た金色の糸は麗央と似たように男性を拘束するように輝いていて。そこに立つ人間を照している。

 向こうも麗央を見ていたようで、見上げた時に相手と目が合ってしまった。

 一軒家の屋根の上。立っている男性は静かに、けれど麗央に会えたことを嬉しそうにして微笑んでいる。

 月明かりを帯びた明るめの茶髪の長さは不揃いで、肩まで伸びた髪の上半分を後ろで一つに結っていた。

 着ている着物は着崩れしていて胸元がはだけて見え、鍛え抜かれた逞しい胸筋が妖艶な雰囲気を醸し出している。

 彼の草原を写し込んでいるようなエメラルドグリーンの瞳と目が合うと麗央は口を開けて驚愕していた。

 目を大きく見張り、頭にはガツンと衝撃が走る。


 (なんでコイツがこんな所にいるんだ……)


 そんな疑問が脳内を占めて、動転して全身から力が抜けていた。

 ──黄金の糸。これを麗央は十年以上前にも見ている。

 幼い頃の記憶は朧気だが、初めて彼と出会い、金色の糸を見た時の衝撃的が、あの日の出来事をいつまでも忘れさせてはくれなかった。

 まさかもう一度、彼と出会うことになるとは思ってもみなかったが。

 それよりもこの金糸がどんな意味を指すのかを理解している今では、この縁を“最悪”と呼ぶ以外に当て嵌る言葉などないだろう。

 もし可能ならば、糸を切り刻んで燃やして、粒子のひと粒も残さずに塵にして消してしまいたい。


「やぁ。俺のこと覚えてるかな?」


 まさしく、彼との再会は“運命”的だった──。


「ッ……!」


 麗央は無意識に足が一歩後退していた。 

 〈妖性〉と〈陰陽性〉の間にだけ生じる絆を人は“番”と云う。唯一無二の生涯のパートナーとして、互いが認めた相手とのみ結ばれる強い絆だ。

 その中でも“運命の番”と呼ばれる強い繋がりで結ばれた絆がある。

 この世に生を授かった時から互いが結ばれているらしいそれは、生涯で出会えるかどうか分からないほど稀に巡り合えると孤児院で学んでいた。

 そして、“運命の番”を結んでいるのが“金色の糸”らしい。

 教わっていた通り、運命の番で結ばれた二人が近づくと金色の粒子が糸のように連なり、二人の眼に映るみたいだ。

 傍からその光景を聞く程度ならばとても幻想的で、ロマンチックな情景が浮かぶだろうが、麗央と彼の出逢い方は歪過ぎた。


「──し……、知るかッ!」


 麗央が叫ぶと彼はニコリと笑った。それはとても朗らかだが、瞳の奥は面白くなさそうだった。

 彼は袖から扇を取り出してバッと開くと口元を隠して双眸を細める。夜闇でも目立つ彼の瞳は宝石のようで、緑の瞳が麗央を捉えて離さなかった。

 扇の紺地に描かれた雲が着物の花の絵と良く似合ていた。


「嘘は良くないよ」


 低い声音が静寂に通って麗央の耳を犯す。

 妙な寒気に身の毛がよだち、ゾクゾクと背中を何かが這っている感覚がした。


「やっと見つけたよ。俺の番」

「はぁあ? 誰と誰が番だって?」

「こうして結ばれてるのに認めないの?」


 何も持ってない左手で糸を撫でると、まるで身体を触られているようで鳥肌が立つ。


「どんな糸で結ばれていようが、俺はお前と番うつもりなんてないんだよ!」


 麗央は相手の存在を気に掛けながら向かっていた方へと走り出した。彼が追ってくるかと思っていた麗央だったが、その場から動こうとしない彼の様子を訝る。

 よく見ると糸に触れていた手は既に手刀印を結んでいて何かを唱えながら胸の前へと動かしていた。

 直感で走り続けはいけないと危険を感じた麗央は地面を蹴って跳躍した。すると蹴った足場が突然光り、円状に文字が浮かび上がってくる。

 まるで何かの陣のような模様を見て、麗央は彼が仕掛けて来た術から紙一重で逃れられたことを知る。

 彼を見ると口角を上げて面白そうに屋根に飛び乗った麗央を見ていた。


「へぇ。発現持ちか……」


 術が使われた気配がしなかったことも踏まえると、陰陽性の中でも彼は手練れているのだろう。

 〈陰陽性〉は何をするにも秀でた能力を発揮するが、特に優れているのが陰陽師としての呪術だった。

 つまり、先程のように不可思議な術を使うのだ。

 咄嗟に飛び乗った屋根は彼のいるほうで、警戒心から睨みつけると対峙することになった。

 麗央は全身を巡る不思議な力を指先に集中させると尖っていた爪が伸びる。

 妖性には妖の姿へと変幻自在に変化する者や、身体能力を活かせる者がいる。それは身体に秘めた妖力の高さによって何が出来るかが違って来るが、麗央はその妖力が並よりも高かった。

 孤児院の頃にそのことを知ってからは、絡んでくる人間や、襲ってくる野生の妖と戦うことで鍛え上げ、“発現”を自在に操作することで平凡な暮らしを守り抜いて来たのだ。

 お陰で一軒家の屋根に飛び乗ることくらい麗央にとっては造作もなく、瞬発力で向かい来る敵を薙ぎ払う事が出来る。──が、目の前の彼は易易と倒れてはくれないのだろう。


「怪我をしてまで俺と番になりたいか?」


 見せつけるように爪の伸びた手を翳して脅してみるが、彼が怯えることはなく愉悦にまみれた笑みを浮かべて頷いた。


「もちろん。もとからそのつもりだよ」

「あっそうかよ。それで、これからどうするんだ?」

「うーん、どうしようか?」


 首を傾げた彼がいきなり扇を閉じた。すると、隠して左手に三枚の呪符が指の間に挟まれていて、それを麗央に向けて飛ばしてくる。

 向かって来る符を麗央を避けることなく全て切り裂くと、休む間もなくもう三枚の符を彼は飛ばして来た。

 今度の呪符には爆発する術が書かれていたらしい。切り裂いた瞬間、札が赤く光りドンッと言う爆発音と共に爆ぜた。

 麗央は赤光りを視界に捉えた瞬間に後ろに跳ねていた為、どうにか火傷せずに済んだが、周囲を覆う煙幕に麗央は目を細める。

 次に相手が何を仕掛けて来るのか分からない状況に胸の内に焦りが滲む。

 頼りたかった金糸は先程の爆発と共に粒子になって散ったようで、煙に混ざってキラキラと瞬いていた。

  視界からでは何も情報をつかめないことに、麗央は瞼を閉じて聴こえて来る音を拾うことに集中した。

 パチパチと煙に含まれた火種が火花を立てる音に邪魔をされて聴こえ辛いが、微かに走り寄って来る音が聴こえてくる。

 背後から聴こえるその足音のリズムに合わせてタイミングを見計らい宙に飛び跳ねた。

 同時に煙幕から突然現れた彼の肩に手を置いて、逆立ちの格好をしながら行動を読まれて驚いている彼を鼻で笑った。


「俺を捕まえようなんて百年早いんだよ」

「──!!」


 くるりと回りながら少し離れた所に着地すると走り出す。煙を纏いながら猫の姿に変貌した。

 麗央は〈猫又〉の血族だ。大型犬くらいの体躯に、尻尾が二股に割れた猫へと変貌すると、鞄を咥えて屋根から飛び降りて暗闇の中を走り抜けた。


(危なかったな……)


 逃げ切れたから良かったものの、視界が良好のまま戦っていたら不利な局面に陥っていただろう。今回はただ、爆炎の呪符を使われた運の良さにあやかれただけだ。


「……アイツは強い」


 気配のない術式に、符を持った手を隠す巧妙さ。普段は見かけないほど陰陽術に手練れた相手は久しぶりだった。

 それに“運命の番”だけあって、嫌でも彼の言動を意識してしまって、さり気ない仕草に見惚れてしまいそうになる。


「……誰かと番うなんて二度とするか…………」 

 

 そう呟いた麗央は前を向いて浸すら影を落す夜道を疾走していた。




✧     ✦     ✧




 麗央が消えた屋根の上。煙を纏いながら男は大型の猫が消えた方角を見ながら立っていた。

 男の頭の中には頭上から聴こえた少年の声がリピートされている。


『俺を捕まえようなんて百年早いんだよ』


 鼻で笑いながら囁かれた言葉を思い出して男は満足げな表情を浮かべながら、持っていた扇を開いてはゆったりと仰ぐ。

 まさかここまで“発現”を扱い慣れているとは思わなかった。


「──そうでなくっちゃね」


 男は左手を右袖に忍ばせると、中から何折もして小さくなっていた紙を取り出した。口元に近づけるとふっと息を吹き掛ける。

 折られていた紙は何百何千の塵紙となって空に舞い、宙で鳥の形へと姿を変えて周囲を飛び回った。

 仰いでいた扇の方向を紙鳥の方へと向けて風を立ると、低く囁く。


「行け」


 命令を下すと、一羽を残した紙鳥は軟風に乗って四方へと飛び立って行き。残された紙鳥は男の肩へと着地した。


「悪いけど、百年も待つ気はないよ──」




 

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