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2話


 教室の並ぶ校舎の廊下を麗央は生徒を掻き分けて駆け抜けて行く。

 昇降口の下駄箱まで来ると、「麗央!」と背後から名前を呼ばれて振り返った。

 後を追いかけて来たのだろう。階段を曲がって直ぐの廊下にいたのは男子生徒の葉野陽介だった。

 優しく朗らかな面立ちで、短い髪からは明るい表情が伺える。

 鍛えられた逞しい身体にはリュックとショルダーバッグが肩に掛けられていて、これから部活動をしに行くのが一目で分かった。

 陽介とは一年生の頃からの友人で、約一年半の学校生活を共に過ごして来ている。

 頭の後ろを掻きながらが側にくるのを待っていると、麗央よりも何十センチも背の高い陽介を見上げた。


「なんだよ。俺、忘れものでもしたか?」

「忘れものじゃなくて、落としものだよ」


 差し出された手には藍色の布で作られた御守が乗っていた。手に収まった物を見て麗央は少し驚いた。

 鞄を見ると下げていたものが確かに無くなっている。

 ずっと鞄の取っ手に付けていたが、いつの間にか糸が切れてしまっていたらしい。


「あれ、何でだろう……」


 このお守り自体もそうだが、紐は麻紐で珍しく糸を使用していたので簡単に切れるようなものじゃない。

 少し不思議に思ったが、どんな物も消耗品であるため、単純に劣化して切れただけかなと、麗央も陽介もあまり気にとめることはしなかった。


「今度、新しい紐を持ってくるよ」

「あぁ、親父さんによろしく伝えておいてくれ」

 

 御守は陽介の父から特別に作って貰ったもので、麗央にとってとても貴重なものだ。

 そこらの神社の境内で売っているものとは違い、この中には珍しい護符が入っていて、藍色の生地にも麻紐にも呪符が施されている。

 中の護符は特に麗央みたいな稀な性を持つ存在にとって、とても効力のある御守であり、身を守るのに大事なものだった。

 何より、この代物を作れる人も滅多にいない。

 失くすには惜しいもので、陽介に拾ってもらえて良かったと麗央は微笑んだ。

 お守りを制服の胸ポケットにしまうと二人はその場で会話を交す。

 陽介はバスケ部に所属していて、これから練習だ。麗央もアルバイトがあって一緒には帰れない。


「あまり喧嘩するなよ」

「俺からは売ってないよ」

「無闇に買うなってことだよ!」

 

 肩を叩かれた麗央は口を尖らせた。


「しょうがないだろう。奴らが逃してくれないんだ」


 ため息混じりに言うと、陽介は友人である麗央の性格をちゃんと分かっていた。

 笑いながら「嘘つけ。遠回りが嫌なだけだろう」と的を射てくる。

 ズバリ言い当てられた麗央は苦笑いを零す。こう言う時はこれ以上何も言われない内に逃げるに限る。

 

「そろそろ時間だ。じゃぁな、部活頑張れよ!」

「まったく。麗央もバイト頑張れよ!」


 陽介の肩を叩いて手を上げると、呆れた様子で手を振り返してきた。

 昇降口で別れると校門を抜けて最寄り駅の方向へと向かい、その道の途中にある一軒家の裏口へ回って中に入る。

 ここはカフェ&レストランで、夕方にはカップルや家族連れの客が多く来店する。

 麗央がアルバイト先にここを選んだのには幾つかあるが、一番の理由はオーナーの存在だ。

 ここのオーナーは少し離れた街の孤児院に良く無償でたくさんの食材を支援している。その孤児院に麗央はいた。

 高校生になってからは一人暮らしをしているが、こうして今も生計を立てるのにアルバイトとして雇ってもらいお世話になっている。

 ここで働いてる従業員のほとんどが麗央のように孤児院を出て来た人ばかりだ。普通は高校を卒業するまではお世話になるが、麗央は一度訳あって孤児院を出た身で、戻ることに気兼ねしてそのまま一人暮らしを始めた。

 そしてここにいる従業員全員が、第二の性を持ち合わせて〈妖性〉として生まれて来た人間でもあった。

 〈妖性〉は先祖に妖との繫がりをもった一族の子孫と言われている性別で、その対象的な性別に陰陽師の適正を持った〈陰陽性〉と言う第二の性も存在する。

 全ての人が第ニの性を持つわけじゃない。

 何千、何万人に一人と言う確率で第ニの性を持つ者が生まれてくるのだ。

 麗央の〈妖性〉は生まれた時に妖の姿や特徴を持って生まれてくるため、出生の時から性別の判断が出来る。

 そして〈陰陽性〉は身体の何処かに五芒星の痣があると言われている。

 本来なら珍しい性を持つ人たちが、このレストランに6人も一堂に会するのもお目にかかれないことだ。

 〈妖性〉の存在は知識があれば怖い者ではないと分かるが、先祖返りの特異体質なだけあって、見た目から忌み子として扱われることが多かった。

 その場合、孤児院や政府管理の施設へと引き渡す親がいるのだが、麗央の場合は違った経緯で、生涯孤独な身になってしまった。

 寄って物心のある時に孤児院に預けられたのだ。

 そんな孤児院にいる妖性の人たちが安心して暮らしていけるように支えているのが、この店のオーナーと言うワケだ。

 中に入ると廊下を進んで事務所になっている部屋を先に訪れた。

 扉を三回ノックして中に入ると、茶髪のショートヘアにコックコートを纏っている男性が椅子に座って書類を書いていた。

 真剣な顔つきで紙と対峙していた横顔が、部屋に入って来た麗央の方へ振り向いて「お」と歯を見せて笑った。


「麗央、よく来たな。体調はもう良いのか?」


 心配してくれたこの男性は、ここのオーナーの龍巳砂稜さんだ。同じく〈妖性〉で『七歩蛇』と云う妖の血を継いでいる。

 妖の姿になると赤い鱗が全身を覆い、その姿はドラコンみたいで格好良くて、幼い頃は憧れの存在だった。性格も楽観的で、朗らかな人である。


「はい。三日間お休みをもらいありがとうございました」


 礼儀正しく頭を下げると、稜は目を細めて訝しげに見つめて来た。


「人手は足りてるから休むのは構わないが、これから大丈夫なのか?」


 大丈夫なのかと云われたのは、この三日間休むことになった原因のことだろう。 

 学校で大虎が口を酸っぱくして忠告して来た理由でもある。


「肩を刺されただけですし、妖は消滅したので大丈夫でしょ。それにあぁ言うのに出くわすのも滅多にないことですし」


 笑って答えると、稜は「危機感のない奴め」とため息をついた。

 ──それは、四日前の話しだ。

 休日でシフトが入ってなかった麗央は、ゲームセンターで遊んでいた。帰りは近くの飲食店で軽食を済ませてから自宅に帰ろうとしたのだ。

 帰りの時刻は大禍時に差しかかる前くらいの、まだ陽も出ていて明るい頃合いで、野生の妖が出て来るような時間ではなかった。

 それなのに、歩道を堂々と浮遊している小物の妖怪に遭遇したのだ。

 丸い胴体に尖った耳と尻尾の生えた飴色の妖はふわりふわりと浮かんでいた。別にいたからと言って一般人に危害のないものだったのだが、問題はその小物を狩っていた妖怪の方にあった。

 それは泣いてるお面を被った鬼で、長い刀を振って小物妖を狩っていた。

 その鬼が一部始終を見ていた麗央の存在に気づくと、颯爽と駆け寄って来て急に襲いかかって来たのだ。

 妖性である麗央たちのような存在は大妖の血を継いでいることもあって、妖怪からも狙われやすい。

 しかも、妖性を保護する法律が定められていても、時には〈陰陽性〉の奴等からも捕縛され、殺害されることだってあり、妖性は常に肩身の狭い思いをしている。

 結局のところ危害を加えるか、否かは、性別なんて関係なく、良心を持っているかどうかであり、その者の気持ち次第なのだ。

 そうして泣き面鬼と交戦していた麗央は途中で逃げ出そうとしたものの、マーキング紛いの呪いをくらってしまい相手を倒すしか道が無くなってしまった。

 勝敗は肩に傷を負いながらも〈妖性〉の能力の一つ、“発現”により自身が引いている『猫又』の血を覚醒させて、泣き面鬼の心の臓を鋭い爪で貫いた麗央が勝利した。

 生き残れたとは言え、負傷した身体を癒やすのに三日間の安静を余儀なくされた。──と言うのが休暇の顛末だ。


「あぁそうだ。この前、陰陽性の客が来たから気をつけろよ」

「ゲッ!」

「血を浴びてるなら呪術に引っ掛かるかも知れないし、距離を取っとくんだな」

「はぁ。間の悪い……」

「今日は早めに切り上げるか?」

「良いですよ。誰と会おうが出逢いなんて縁次第なんですから……」


 麗央がそう言うのには、似たような場面にたくさん遭遇して来たからだ。


「そうか。まぁお前は、発現に長けているからな」


 「気をつけろよ」と言われて話しが切れると、麗央は軽くお辞儀をしてから事務所を後にした。

 隣りのロッカールームに入ると、部屋にはロッカーがずらりと並べられていて、『猫塚』とネームプレートが差し込まれたロッカーの前に立つ。

 制服のブレザーを脱ぐとワイシャツの上からエプロンを着用して身なりを整えた。


「──よしっ」



 

✧✧✧

 



 アルバイトが終わるとエプロンからブレザー姿へ着替えて、稜さんに挨拶をしてからお店を出た。

 外はすかっかり暗くなっていて、夜空には満月が浮かび、月明かりと街灯が街を照らしている。

 道行く人の仕草に気をつけながらやっとのことで人気のない住宅街の細道へ辿り着くと、両手を上げて背伸びをした。

 アルバイトの終了時刻は逢魔時を越えてしまうが、20時前には終わるため、妖も、狩りに出ている陰陽性もまだ活発に動き回ってはいない。

 それにあの鬼がかなりの量を狩っていたみたいで、この辺の妖はすっかり怯えて暗闇から出て来なかった。

 それならば、まだ言葉の通じる人間相手の方が戦わずに済みそうだ。

 そう思いながら麗央はあまり周囲を警戒せずに歩いていた。

 住み慣れた街並みもあってのんびりしていると、光の粒がどこからともなく漂ってきた。

 金色に輝く粒子は一本の線のように収束すると、金糸が出来上がり夜風に煽られてゆらゆらゆらと漂う。


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