外の世界へ
「ほいじゃ、行ってきます!戸締りよろしく、鍵は401ポストにね!」
そう言い残してハルカは出て行った。
さて、一度昨日私が殴られて記憶を失った現場を見に行かなければならない。それらしいニュースをスマホで探してみたが、無かった。リナの予定表をチェックした。今日は何もない。明日は、居酒屋バイトと書かれている。どうやらリナは複数アルバイトを掛け持ちしているようだ。2日後は、バンドのミーティング。3日後は、キャバクラバイトらしい。私は、ただ夢を見ているだけなので、今日の休み1日を楽しむことにした。ハルカの家でスマホの充電がたまったら家を出ることにした。免許証には北上リナという名前が書いてあり、住所をマップアプリで調べた。家は高田馬場周辺で、ここから8駅ほどいって、新宿で乗り換えて山手線だった。ずっとハルカの家に居る訳にもいかないので、私はいったん自宅へと向かった。少し黒みの強いフレアジーンズにTシャツと上着で外に出た。ハルカに言われた通り、鍵を閉めて401ポストに入れた。
外を歩くと、桜が咲いていて、春の香りがした。いつぶりだろうか、外の景色を意識できる余裕を持ったのは。なんて勿体無いことをしてきたのだろうか、こんなに気持ちが良いのに。そう思いつつ駅に着き、中央線で新宿目指して東京行きに乗る。ふと気になったのが、倒れた山下猛かどこにいるかということ。殴られた現場を見にいってみよう。何か手がかりがあるかもしれない。
新宿で電車を降りると、気のせいだろうか、やたら男性から視線を感じる。なんかおかしな格好している?自分を見てみたが、確かに良いカラダではあるが、普通のハルカに借りた服である。試しにインカメで確認したが、うん、可愛い。可愛いリナリナは完璧でおかしなところは無い。唯一おかしいところは、私の意識がリナリナの中にあることである。
まずはあの雨の日にいたお店ルナルナに行く。ひどく酔っていたために、どこで殴られたのか記憶があいまいだった。手当たり次第にルナルナ周辺を歩き回った。歩いていると1人の男に話しかけられた。
「あのー、お姉さんすごく可愛っすね!良かったらキャバとか興味ないですか?」
私はぎょっとして答えた。
「いえ、興味ないです」
「みんな最初はそう言うんですよ、ちょっと聞いてください、うちの店は一味違うんですよ〜」
「いえ、急いでるので」
私は足早に立ち去った。そして再び歩き回っていると、殴られた現場らしき場所が見えた。こんなに細かっただろうかと思いつつ、周りを見渡したが、血痕はなかった。また事件の張り紙も無かった。Y (つぶやきをポストできるアプリ) で事件のことを調べたが特に情報は見つけられなかった。
代わりに、自分が好きなアニメ「ミコミコ」の抽選クジが今日の10:00から発売開始していた。せっかくなので、新宿のアニメショップに立ち寄ることにした。北上リナなら、抽選クジを買う余裕くらいはあるだろう。普段は休みの日は1日寝ているだけだが、今日は好きなアニメグッズを見たい気分だった。
そう思った矢先に別の男性から話しかけられる。
「おねーさん、どうされました?そんなに息切らして、大丈夫?水飲む?」
「ありがとうございます、でも大丈夫です」
「いやいや、お姉さんめっちゃ可愛いですね!良かったらお茶でもしません?そこにドトールあるし!」
そう言われてつい反射的に言ってしまった。
「うわ、出た、話聞こか系のナンパ。本当にそれ失敗しかしないよね」
そう言われて男性は明らかに顔がひきつった
「ああ?なんだと?」
言葉は強いが、声は震えていた。ああ、こんな感じのナンパもほんとうに居るんだ、同じ男性として少し親近感はあったが、なんだと?と言う時点で性格もダメそうなので、それ以上は話す気がなくなった。頑張れ、君のナンパ成功への道は遠い。
「ごめんね、急いでるから先に行くね。」
私は言い捨てて、逃げた。逃げて、逃げてやっとアニメショップに到着した。
アニメショップに入店すると、やはり視線を感じる。やはりリナリナのビジュアルが強すぎる。周囲の男女両方のオタク達を圧倒している。友達と三人グループで来ている客はコソコソ話していた。
「あんなビジュ鬼つよの人もオタ活してるんだね、なんか以外…コスプレ服着せたいなぁ…」
そう言われると悪い気はしない。やはり今、私は他を圧倒できているのだ。
そのうち、2人の男オタクに話しかけられた。
女「リナリナさんですよね?」
男「ファンです!リナリナさんの!ほら!」
そう言って、その2人は画像をポストするSNSミンスタを見せてきた。そこにはリナリナのアカウントが写っており、フォロワーは7000人を超えていた。いや、そんなに多くはないぞ。私は驚いて答えた。
「えっ、これ私ですか?」
「そうですよ!いつか会って見たかったんです!この間、コンカフェで会いましたよね!!覚えられてなかったくぅ〜!!写真撮ってもらってもいいですか?」
「ごめんね、最近記憶よわくて。ええ、今日はオフなので。いいですよ。」
私はそのオタク男達と写真を撮った。ダウンのベストを着ていて、すごく安心感のある羞恥心のリミットの外れてる系オタクだ。
私は2人がミコミコのクジグッズを持っているのが見えた。
「2人はもうミコミコのクジ引いたの?」
「はい、引きましたよ!あっちにあります!案内しましょうか?」
リナリナの姿になるとこんなにも親切にしてもらえるのか。やはり可愛いってこういう細かい所で人生得するんだな、ありがたや。。
男2人に付いて行くと抽選クジがたくさん置いてあった。すでにA賞フィギュアは1つ出てしまっていたが、もう1つ残っている。私はたいてい、推しキャラのG賞のラバストやコースターを狙う。高望みはしない。そうすれば、程よい金額で抽選クジを終えることができるのだ。などと思いながら5連ガチャを引き、ペリペリめくっていく。順当にG賞が出ていく。最後の1枚を念じて開けると、そこにはA賞の文字が印刷されていた。
「リナリナマジか…」
つい私は声が漏れた。完璧な美少女はクジも鬼つよなのか…
「すごいじゃないですか!リナリナ、おめでと!」
オタク達も大歓喜してくれた。ほんとに良い子だな、こういう系統のオタクとなら友達になれそうだ。私が商品を受け取ると、オタク達は言った。
「よかったらY交換しませんか?」
「いいよ、また遊ぼうよ。君たちと居ると昔の自分を思い出したようで安心するよ。」
「リナリナ神〜」
そう言ってYを交換した。ガールズバー用のアカウントとキャバ用のアカウントとプライベートの鍵アカウントが別れていた。プライベート用の鍵アカウントを交換した。
「ありがとね!また遊ぼう!」
そう言ってオタク達と別れて、JR新宿駅に向かう。すごいな。リナリナ。強運でクジはA賞だし、オタクに優しくしてもらえるし。今までこんなことは無かった。こんな目線で普段生活しているのか、この女は。
JRに向かうまでも、数人の男を振り切り、家路についた。夜ご飯は適当なコンビニ弁当を買い、免許証に書いてある住所へと向かった。