北上リナ
私は驚いてぎょっとした表情になった。それをみて隣の女は言った。
「なに怯えた子猫みたいな表情してんの笑笑 昨日、急に倒れたの覚えてないの?」
私は首を傾げた。
「リナさぁ〜アンタ飲む時は怖いくらい飲んで怖いくらい覚えてないんだから笑 昨日は、ハルカのバ先でアンタが初シフト日で、初めてついたお客さんとめっちゃ飲んだらしいじゃん??ハルカは別のお客さんについてたから知らなかったけど。お客さん帰った後に、潰れてたら、急にバ先のお店を飛び出したらしいじゃん?で、お店の人にそれを聞いて、やべえと思って探しに行ったのよ。そしたら、リナが大雨の中倒れてたんだよ?救急車呼ぼうとしたら、リナ、苦しそうに親バレしたくないから絶対やめてって、言ったから呼ばなかったの!で、ハルカ家までタクって今まで休ませてたの!優しいでしょ?アンタの親友のハルカちゃんは!」
ハルカはそう言って手を腰に当てて偉そうなポーズをした。私はハルカの話がまるで頭に入ってこなくてポカンとしていた。ハルカは続けた
「いや、なんかツッコんでよwまあ、あーたはいつも塩対応だよね〜、なんか食べる?」
「ハルカ…さん?」
「ええ、いきなりさん付け尊敬シスギィ、どしたよ」
「あれ、こんなに声高かったっけ…?ええ?」
「さっきから寝ぼけすぎじゃない?笑」
「ええと、ちょっと混乱してて、まだ夢見てるのかな…ココはハルカさんの部屋?」
「そうよ、いつも入り浸ってるじゃない、あ!ホテルがわりに使ったら10万円だからね!笑」
「私の名前はリナ?あのleapっていうキャバクラで働いてたリナリナ?」
「いやいや、さすがに忘れすぎやろ〜記憶全部アルコール洗浄したんかいな〜」
「ちょっと、ごめんなさいね、いろいろと忘れてしまってるみたいで。声もなんかおかしな感じで。ハルカさんには色々お世話になったみたいで申し訳なかったです。あの、鏡見てもいいですか?」
「口調が昼職の人みたいでこわぁ…そっちスタンドミラーあるの知ってるでしょ」
私は重いカラダを引きずって、期待と不安が混ざりながら姿見を覗き込んだ。そこにいたのは、あの完璧な美少女リナリナの姿だった。若干、髪はボサボサだが、綺麗なホワイトアッシュの長髪で、毛先をウェーブさせていた。メイクは地雷系メイクで耳にいくつピアスが付いているか分からない。口はいくつかピアスが空いている。なんだかいろいろ重たい。ハルカの家に私服を置いているのか、スウェットを着ていた。ハルカは言った。
「リナはほんとにスタイルいいよね〜はぁーうらやま。あーそだ、先にメイク落としたら?あとシャワー行ってきたら?」
「あ、ハルカさんお先にどうぞ。というか、シャワーするなら私帰った方が良いですよね、ごめんなさい。」
「いや、なんか気持ち悪いから、このままリナを帰せないって。うちでシャワー浴びてきな?いろいろどうした?」
ハルカの提案はすごく安心感がある。このまま外に出ても行く当てがない。自分の帰るべき場所がわからない。ココはひとまずハルカの提案に甘えることにした。
「お言葉に甘えさせて頂きます。あ、でもハルカさんからどうぞ。」
「いや、その丁寧語?尊敬語?要らないってタメ口だったじゃんこれまで。」
「ああ、そうだったかな…ハハごめんね。ちょっとこのお水もらってもいい?」
「いいけど、マジで大丈夫なの?」
「大丈夫、ハルカ…ちゃん?先にお風呂行って」
「チミはちゃんなんて言わないキャラでしょうがよ、まぁ行くわ。水飲んで頭冷やして」
「うん、ありがと」
ハルカが怪訝な顔して風呂場に向かうのを見て、私は現状を整理した。まず、私の意識がリナリナの体の中にあること。もしかしたら、元の私の体と入れ替わっているかもしれない。こんなこと、現実にあり得るのか。いや、そんなことはない(反語)。絶対夢だ。どうせ夢から覚めたら、くそくだらないソーシャルカーストの低い理系の男性に戻るのだ。さらに、おじさんになったら電車に乗っているだけで通報されるケースだって珍しくない。ならば、この完璧な美少女になれる夢を、私は思う存分楽しむことに頭を切り替えた。先ほどのハルカの口ぶりから、リナの性格はおおよそ掴んだ。それを演じ切って、かつ自分がやりたかったことをやろう。そして、今まで散々やられてきたように私は社会を見下すのだ。なんてったってこの現世は若い女性が全てにおいて立場が上なのだから。
私は徐に見覚えのあるスマホを手に取った。あの雨の日、リナリナが接客中に持っていたスマホだ。ハルカが上がってくる前に素早くリナに関する情報収集しなければならない。ロック画面は顔認証でパスできた。地図アプリを見る。ここは東京都の中央線沿いの駅近集合住宅だった。見たところ8F建ての普通のアパートのようだった。次に、LINEを開く。何も分からない。友達は遠からず少なからず。ただ、何人ものおじさんと思われる男性の連絡先あり。p活のようなことをやっていたのだろうか。LINEは後で詳しく見よう。次に写真を見た。ライブラリにはハルカを含む友達との写真が多かった。動画もあったので見てみると、バンドの練習風景だった。リナはバンドのギターボーカルをやっているようだ。とても歌が上手いが、演奏はそれなりだった。あとはダンスの動画もあった。ヒップホップ系で、ハルカと2人でダンスフェスティバルのようなステージに出ていた。なるほど、何でもできるな…。私とは大違いだ。次にスケジュールアプリを見た。今日は4/21だ。なにやらびっしり予定が並んでいる。几帳面な性格なのか、集合場所と時間がしっかり記されていた。件名や集まる人の名前は友達のあだ名なのでよく分からない。こんなところか。」
私は勝手に探偵のような気分で高揚感を感じていた。次に気になるのはバックの中だ。ブランドの小さくて何も入らなさそうな鞄を見る。ほぼ何も入らない財布と化粧ポーチ、ハンカチが1枚。電子タバコとタバコの替え。財布の中を見ると免許証、クレカと家のカードキーが入っていた。この子の年齢は…ええと2005年2月13日、20歳!!??若っ!そうか、キャバクラ初シフトってことはつい最近までお酒が飲めなかったんだな、なるほど。そして住所が書いてあるから、この住所に帰ればひとまずリナの家に行ける。大丈夫かな、家族や同棲の人が居たら怖いな…。
一通り周りのものを調べ終わったところで、ガチャっと音がして、ハルカがシャワーから戻ってきた。