69 神威と涼音
涼音はユラの冷たい囁きに、暗闇の中で揺れる心を必死に支えようとした。
しかし、その言葉が彼女の意志を削ぎ、まるで底知れぬ奈落へと引きずり込むかのように、彼女の心を次第に蝕んでいく。
ユラの声は彼女の記憶に潜む孤独を何度も浮かび上がらせ、彼女が吸血鬼としての血を否定しようとするたびに、その血が冷たくざわめき、目覚めかけていることを感じさせた。
「自らの血を否定し続けるつもりか?」ユラの声が冷酷に響く。「いずれその血に呑まれるのを恐れずに生きていけるとでも思っているのか?」
涼音の視界に、かつての友人たちの顔が浮かび上がる。
彼らは皆、自分を遠巻きに見つめ、まるで得体の知れない怪物を目にしているかのような表情を浮かべていた。「どうして…?」と心の奥で叫ぶが、その言葉は誰にも届かない。彼女は孤独の中で心が裂けるような痛みを感じ、立ち尽くすしかなかった。
ふいに、涼音の心の奥底で何かが揺らめいた。その瞬間、低く厳かでありながらも温かな声が響いた。
「涼音…心を失うな。我はそばにいる。あの魔女は涼音の事を完全には把握できておらんぞ、自分を否定するような激しい幻聴を聞いていたであろうが…それは涼音の心が聞かせたものである」
神威の声が暗闇の中で彼女を包み込むように響き、その言葉が涼音の意識をかすかに引き戻した。
涼音は神威の声にふと我に返った。
暗闇に閉ざされていた意識の中で、かすかな光が差し込むような感覚が胸に広がった。
神威が自分に語りかけている――その事実が、彼女の絶望に染まった心を再び支え始める。
「そばにいてくれるの?」涼音は自分でも気づかぬうちに呟いていた。
神威の声は力強く、静かに答えた。
「我は共にある。この試練がどれほどの闇であっても、お主の中に光を見いだせる」
涼音は彼の言葉に耳を澄ませ、これまで感じたことのないような静かな勇気が胸の中で広がっていくのを感じた。
自分の中に流れる吸血鬼の血を恐れ、否定し続けてきたが、今はそれを受け入れ、自分の力として使うべき時が来ているのかもしれない――そう、神威が伝えているように感じた。
「私は…私の力を信じて戦う。自分を否定し続けるのではなく、この力を制御して、ユラに立ち向かう…」
神威の声が再び響く。「恐れるな、涼音。我はそばでお主を導く。さあ、魔女に向かって黒炎の霊刃を掲げよ」
涼音は覚悟を決め、黒炎の霊刃を手にしっかりと握りしめた。
神威の存在を背に感じながら、深呼吸をし、彼女は自らの力を奮い起こして、ユラに向かって一歩を踏み出した。
涼音は神威の言葉を胸に、再び立ち上がった。
冷たい闇の中、ユラが浮かべる余裕の笑みが遠くに見える。
彼女は吸血鬼の血が自らの体内でざわめき、まるで新たな鼓動が生まれたかのように脈打つのを感じた。心の奥底に眠る力が呼び覚まされ、これまで抑え込んできた恐怖と共に、自分自身の中に秘めた強さが膨れ上がっていく。
神威の声が再び静かに、しかし力強く響いた。「お主の持つ力を解き放て、涼音。恐れるな、その力はお主自身のものだ」
涼音は黒炎の霊刃をしっかりと握りしめ、吸血鬼の力と神威の存在を感じながら、ユラに一歩ずつ歩み寄った。
しかし、ユラの力は強大で、闇が重く立ちはだかるように彼女の前に広がっていた。
まるで見えない壁に阻まれるかのように、彼女の足取りは重くなる。心の中でかつての恐怖や孤独が再び湧き上がり、彼女の意志を揺さぶろうとする。
「それでも負けない」
涼音は自らに言い聞かせるように呟き、神威の存在を確かめるように黒炎の霊刃を振りかざした。霊刃からは黒い炎が立ち上り、涼音の心と呼応するかのように闇を切り裂く力を発していた。
ユラはその様子を静かに見つめていたが、涼音の目が鋭く光り、吸血鬼の血が目覚めつつあるその瞬間、ユラの表情にわずかに焦りが浮かんだ。
涼音は最後の一撃を放つ覚悟で、黒炎の霊刃を掲げてユラに突き進んだ。




