68 孤独と絶望の淵
ユラの精神攻撃は、忍者たちを次々に蝕んでいった。
涼音は胸の中でいつも押さえ込んできた恐怖が増幅され、心が裂けるような思いで立ち尽くしていた。
周囲には自分が吸血鬼の血を持っているということを知った友人たちが遠巻きにしている様子が浮かび上がり、その表情は驚愕と恐怖に満ちていた。涼音の胸には「私は普通じゃないのかもしれない」という不安が重くのしかかる。
周りの忍者たちもまた、自分自身に刻まれたトラウマを目の前にし、足が動かなくなっていた。
陽は戦場で散っていった仲間の幻影を見つめながら、自らの無力さを感じ、忍び刀を握る手が力なく震えていた。玲美は自分が犠牲にしてきた家族との記憶に向き合い、心が砕けそうになる痛みに耐えていた。雷斗もまた、捨て去ってきたものが自分に向かって囁き続ける幻影の中で、力を失いかけていた。
彼らの視界が暗く閉ざされる中で、ユラの冷たい笑いが響き渡る。忍者たちは戦う意思を奪われ、ユラの幻影に飲み込まれていった
涼音はユラの精神攻撃に囚われる中で、心の奥底に抑え込んでいた感情が次々と暴かれていくのを感じていた。
冷たい囁きが彼女の耳元に漂い、彼女の心の壁を一枚ずつ剥がしていくように静かに、しかし確実に蝕んでいく。視界が薄暗い闇に覆われ、周囲の気配がまるで遠い昔の記憶を映し出すかのように、幼い頃の場面がぼんやりと浮かび上がってくる。
小さい頃から涼音は、他の子供たちとどこか違う感覚を心の中に抱えていた。
痛みを感じてもすぐに癒えてしまう自分の体、浅い傷ならば一晩で跡形もなく消えてしまうその異常な回復力が、彼女を周囲から浮かせていた。幼いながらも、その違和感を隠そうとしてきたが、ある日友人たちが目の当たりにしたその異常な治癒力が、彼女を周囲から遠ざけるきっかけになった。
彼女が12歳の頃、いつものように友人たちと遊んでいると、ふとした拍子に手を小さな石で切ってしまった。
軽い痛みを感じたが、すぐに血が止まるのを感じ、涼音は特に気にせず友人たちに手を見せた。
だが、その時の彼らの反応は予想を超えるものだった。驚愕と恐怖に満ちた表情、誰もが一歩引き、まるで彼女が怪物であるかのような冷たい視線を向けてきた。
「涼音って、何かおかしいよね…」
その一言が彼女の胸に鋭く突き刺さり、心に深い影を落とした。
それからというもの、彼女は自分の体の異常性に恐れを抱き始め、誰にも知られないように隠すようになった。傷が早く治る体質は、彼女にとって「強さ」ではなく、「違い」として彼女の人生に重くのしかかり始めたのだ。そんな彼女の心に沈む孤独は、まるで冷たく暗い水が静かに満ちていくように、じわりと広がっていった。
「私には、きっと居場所なんてない…」
彼女は夜の静寂の中で、そんな思いを抱くようになっていった。自分が普通の人間ではないという恐怖が、彼女の心を徐々に蝕んでいく。いつかこの異常な力が暴走し、自分の意志では止められない日が来るのではないか――その恐怖が胸を締め付け、深い孤独感と絶望が静かに忍び寄ってきた。
今、ユラの冷たい囁きが再び涼音の心を引き裂こうとしていた。「お前はただの化け物。誰もお前を必要としてなどいない」ユラの言葉が彼女の耳元に漂い、かつての友人たちが向けてきた冷たい視線がまたしても頭の中に浮かび上がる。彼らの目には恐怖と嫌悪が滲んでいた。その視線は涼音を追い詰め、まるで彼女の存在を否定するかのように重くのしかかる。
「私に流れる血は、やっぱり異質なのかもしれない…」
涼音の中で抑え込んできた吸血鬼の血がざわめき、彼女の意志とは関係なく、今にも目覚めそうな不穏な気配を感じた。
彼女は無意識のうちに自分の手を見つめ、震える指先を見つめながら、血が流れることさえ恐ろしいものに感じた。吸血鬼としての自分の力が暴走すれば、人間でいることさえ許されない存在に変わってしまうのではないか。そんな恐怖が、冷たい刃となって心を刺し続ける。
「お前は呪われている…」
ユラの声が耳元で静かに囁き、彼女はその言葉を否定しようとするが、心の奥底で自らが本当に呪われた存在であるかもしれないという恐怖に押しつぶされそうになっていた。
視界がぼやけ、まるで足元が崩れ落ちるような感覚に囚われ、涼音は孤独と絶望の淵に立たされていることを感じた。