29 石化の魔眼
弘前ダンジョン攻略のため、忍者たちは慎重に低層階の進軍を続けていた。ダンジョン内部には無数の魔物が潜んでいるものの、これまでは連携と忍術の技術で着実に道を切り拓いてきた。涼音を含む忍者たちの士気は高く、冷静な指揮のもと順調に進軍を続けていた。
しかし、異変は突然訪れた。暗がりの通路の奥から、不気味な気配が漂ってくるのを感じ、数人の忍者たちが思わず立ち止まって周囲を警戒した。重々しい音が響き、巨大な何かが闇から現れる気配がした。目の前に姿を現したのは、異形の姿を持つダンジョンのボス──キマイラだった。
キマイラはライオンの頭、山羊の体、そして蛇の尾を持つ恐ろしい姿で忍者たちの前に立ちはだかり、全身から放たれる威圧感はまるで空気そのものを支配しているかのようだった。忍者たちは咄嗟に戦闘態勢を取り、各々の武器を構えたが、キマイラの冷たい眼光に息を飲んだ。キマイラの目が鋭く光を放つと、圧倒的な恐怖が全員に襲いかかってきた。
「ここで立ち向かうのは危険すぎる…!」
ある忍者が恐怖に駆られて叫び、後退しようとしたその時、キマイラの目が鋭く輝き、突如として石化の魔眼が放たれた。瞬間、前列に立っていた3人の忍者がその場に凍りつき、動きを止めた。次の瞬間、彼らの肌が灰色に変わり、まるで石の彫刻のように冷たく固まってしまった。彼らの表情は苦悶の色を残したまま、永遠に動くことのない石の像へと変わり果てた。
「くっ…!」後列にいた忍者たちは、仲間が目の前で無情にも石化していく姿に恐怖と衝撃で息を飲んだ。キマイラはさらにその巨体を揺らし、冷酷な眼差しで忍者たちに迫ってきた。再び石化の魔眼が輝き、周囲の空気は一層重く冷たく、絶望の影が忍者たちの視界に覆いかぶさってきた。
「ここは退却!命を守れ、無理はするな!」
涼音は冷静な判断で仲間に命じ、素早く撤退の準備を整えた。だが、他の忍者たちは石化の恐怖に動きを鈍らせ、恐怖に凍りついたまま立ち尽くしていた。キマイラの足音が次第に近づき、その巨大な影が壁に映し出されると、忍者たちの心にさらなる恐怖が染み渡っていった。
「早く走れ!ここにいては全滅する!」
涼音の叫びが響き渡り、忍者たちはようやくその言葉に反応して後退し始めた。涼音は背後に控える石と化した仲間の姿を一瞬だけ振り返り、唇を噛み締めた。しかし今は、その命を引き換えにしてでも撤退して体勢を立て直すことが最優先だった。
忍者たちは全力で恐怖を振り払い、暗闇の通路を駆け抜けた。響き渡る足音がダンジョン内にこだまする中、背後にはキマイラの冷酷な視線と迫り来る気配が忍び寄っていた。忍者たちは石化の魔眼が背後から追ってくる恐怖に怯えながらも、必死に出口へと向かって駆け抜けていった。
無事に安全地帯まで戻り、ようやく立ち止まると、忍者たちは疲労と恐怖で肩を上下させ、黙り込んだ。仲間を失った無念と、自分たちの無力さが重くのしかかり、涼音の胸に深い悲しみが広がっていた。
その時、涼音の意識の奥から冷ややかな声が響いた。
「涼音よ、焦るな。戦の中には、進むべき時と退くべき時があるのだ」
涼音は神威の声に気づき、刀を見つめた。冷たい彼の霊気が、まるで彼女をなだめるかのように静かに包み込んでいた。
「でも…仲間を、こんな形で失うなんて…」
涼音の声には苦しみが滲んでいた。彼女の視線は遠く、石化した仲間の姿が脳裏に焼き付いている。しかし、神威は涼音の悲しみに揺るがず、静かに諭すように続けた。
「哀しみはわかるが、今のお前に必要なのは後悔ではなく、次への戦略だ。力を蓄え、我との調和を高めることで、いずれこの脅威を超えられる日も来るだろう」
神威の言葉に、涼音は力強い決意が胸の奥でわき上がるのを感じた。彼の冷たい霊気が心の痛みを少しずつ和らげ、前を向くべき力を呼び覚ましてくれているかのようだった。仲間の犠牲を無駄にしないためにも、今は力を蓄え、キマイラに再び立ち向かうための準備を整える必要があると彼女は確信した。