19 4週間 / 天才鍛冶師、東条幸村
4週間。
神威は静かに涼音の様子を観察し続けていた。
目の前には、己の吸血鬼化を封じ込めるため、日々黙々と訓練に励む涼音の姿が映っている。
彼女はただ一つの目標に向かい、揺るぎない意志をもって準備を進め、次なる階層へと進む覚悟を見せていた。
どれほどの試練が待ち構えていようと、涼音の内に湧き立つ決意には迷いも怯みも一切なかった。
そんな彼女の姿に、神威も次第に強く引き寄せられ、観察するほどに興味が高まっていった。
ある日、涼音は彼女の仲間4名が3層の偵察任務中に命を落としたとの報告を受けた。
その一報は冷徹なまでに事実を突きつけ、周囲の空気を張り詰めさせた。
涼音はその知らせを静かに聞き、感情を押し殺すように目を閉じていた。
やがて、低く響く声で一言だけを呟いた。
「無駄にはできない…」
冷静に発せられたその言葉には、確かな覚悟が滲んでいた。
仲間の死が彼女の胸に響かぬわけではない。
だが、涼音の中で燃え上がる一番の願いは、5層を踏破し、己の吸血鬼化を封じる術を手に入れることに他ならない。
この道を踏み越え、犠牲の上に立ってでも前に進む──それが彼女の宿命であると、涼音は心の底から理解していた。
その彼女の姿を、神威は刀身の奥から静かに見守っていた。
涼音の冷静な視線、悲壮感を表に出さぬ覚悟の強さに満足げに微笑むと、静かに呟いた。
「なかなか面白い覚悟を持っておるな…我との相性も悪くなさそうだ」
さらに、彼の心の中には、ふと懐かしい記憶が蘇る。
「…栞にも異界の者の血が流れておったの…」
かつて栞が彼の相棒だった頃、異界の血を引く彼女の冷酷さと力は、神威との相性も良好であり、数多の敵を屠ってきた。
だが、栞の冷酷さが仇となり、彼女の最期は短く、無慈悲に訪れた。
神威はその日々を懐かしむように思い返しつつ、涼音の中に栞とは異なる新たな可能性を感じていた。
神威は静かに微笑むと、新たな相棒となり得る涼音がこの試練をどう超えていくか、そして彼と共にどのような旅路を歩んでいくのか、冷ややかな期待を込めて見守り続けた。
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神威は、かつては自由な意識体として世のあらゆる場所に出没し、あらゆる時代、あらゆるものをその目で見て回る存在だった。
しかし、ある定めによって、100年以内に宿主となるべき相手を見つけ、安住の地を得なければならないという制約が課せられていた。
さもなくば、その力が薄れ、この世に存在し続けることすら叶わなくなる──そんな焦燥を抱えながら、彼は時の流れに身を任せていた。
70年が過ぎたころ、彼の目に留まったのは、戦国時代に名を馳せた天才鍛冶師、東条幸村の姿だった。
幸村は日々鍛錬に励み、火花が舞い散る中で真剣な眼差しをたたえ、鋼を打ち続けていた。
その鍛冶場には、どこか霊妙な雰囲気が漂っていた。炎が高く燃え上がるたびに鋼が赤く輝き、幸村が鎚を振るう度に、神威の内に眠る何かが共鳴するのを感じた。
「この者は何者なのだ…」
そう思わずにいられないほど、幸村の技術には惹きつけられるものがあった。
彼はただ鋼を打つだけの鍛冶師ではなく、その刃に魂を込める技を持っていた。
そして、いつの間にか、神威は幸村のそばで29年の歳月を過ごしていた。
その間、彼は刻一刻と近づく期限を忘れ去り、ただこの鍛冶師の手から生み出される刃の数々に心を奪われていた。
やがて、期限が迫っていることに気づいた時、神威は愕然とした。
残された時間はあとわずかしかなかった。
どうすべきかと考えを巡らせたその時、彼の目に映ったのは、幸村がまさにその瞬間、作り上げようとしていた一振りの刀だった。
漆黒の闇のような刃に、彼の魂が込められ、火花が燃え上がるたびに鋭さを増していく
「我が宿るべきはこの刃か…」
神威はそう悟った。
幸村の手により生み出されるその黒炎の刃こそが、彼の魂が安らぐためにふさわしい場所であり、この時代での最後の居場所だった。
神威は静かにその刀に向かって自身の意識を集中させ、まるで新たな住処に入るかのように、その刃へと流れ込む感覚を覚えた。
鋼の冷たさ、研ぎ澄まされた闇のような黒光りの中に、彼は魂を沈め、まるで夢を見ているかのように意識を委ねていった。
そしてその瞬間、神威の意識と刀が一体となり、天才鍛冶師が生み出した「黒炎の霊刃」が完成したのだった。




