16 涼音・陽・翔、幼き日の修練 / 涼音、16歳
涼音と陽と翔がまだ幼かった頃、その子供らしさとは裏腹に、日々忍者としての厳しい修行を課されていた。朝露が降りる前、辺り一帯が薄暗い闇に包まれる時間帯。
彼らは既に起き、息をひそめながらひたむきに鍛錬を続けていた。寝ぼけた頭の中に、忍術の心得と師匠から受けた厳格な指導が蘇り、その度に身が引き締まるのを感じていた。
涼音は冷たい風が肌を刺す中で、長い黒髪をきりりと結い上げ、静かに息を整えた。
師匠から与えられた刀を握りしめ、影に潜むようにして目標にじりじりと近づく。
彼女が求められたのは、音も立てずに対象に到達し、そして一撃で仕留めることだった。
幼い身には過酷すぎる任務だが、涼音の眼差しには一切の躊躇がなかった。刀が風を切り裂く瞬間、彼女の瞳には決して曇りがなく、ただ静かに燃える覚悟があるのみだった。冷静な振りの中に、わずかに震える呼吸があったが、それを抑え込むように、涼音は集中を極限まで高めた。
陽は何よりも早く走ることを求められていた。霧がかかる山道を走る中、彼は足元を見ずに、ただ前へと突き進んでいく。
地面は滑りやすく、いつ足を踏み外してもおかしくない状況だったが、陽は笑みを浮かべていた。風が耳元をかすめ、冷たい空気が肺にしみ込むような感覚。それでも彼は一切の恐れを感じることなく、むしろそのスリルを楽しんでいるように見えた。彼の背後には、師匠の厳しい声が響き渡り、「遅い!気を抜くな!」という言葉が容赦なく飛んできたが、陽はそれをさらりと聞き流し、ただ走ることに集中していた。風に乗る鳥のように、ひたすら前を目指して。
そして、翔は樹の上でのバランス訓練に挑んでいた。
師匠からの指導で、細い枝の上に立ち、わずかに体を揺らしながら、風と一体となることを目指していた。翔は幾度も枝から落ち、手や膝を擦りむきながらも、諦めることなく何度も登り直した。
空に向かって伸びる細い枝が、彼にとっては次なる挑戦だった。空高くそびえ立つ樹のてっぺんを見上げ、その頂を目指して深く息を吸い込むと、自分の心臓の鼓動が静かに響いているのを感じた。
無音の世界で、ただ自分の身体と、風の流れに意識を集中させるその時間が、翔にとってはかけがえのない瞬間だった。
修行が終わる頃には、彼らの体は疲労と汗で重たくなり、足元は泥と草で汚れていた。
息を整え、師匠の評価を待つその瞳には、どこか誇りのような光が宿っている。まだ幼い涼音、陽、そして翔だが、既に忍者としての覚悟をその小さな身体に刻み込んでいた。
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薄明の光が森の中に差し込む頃、闇深い谷にひとりの少女の姿が現れた。
涼音、16歳。
年若いながらも、その瞳には静かな決意が宿り、周囲の空気を切り裂くほどの鋭さを放っていた。
彼女の存在は試験場に漂う緊張感すら圧倒し、立ち上る朝靄の中で浮かび上がる涼音の姿には、一種の神秘的な美しさがあった。
長く艶やかな黒髪は結い上げられ、動きのたびに滑らかに揺れるその髪先には、どこか冷ややかで洗練された雰囲気が漂う。
白磁のように透き通る肌はわずかな陽の光を受けてほのかに輝き、整った顔立ちは、まるで鋭い刃を思わせる凛々しさを宿している。
しかし、その美貌以上に見る者を惹きつけるのは、彼女の静かで揺るぎない眼差しだった。
そこには、年若い少女の幼さは微塵もなく、ただ忍びとしての覚悟と強さが宿っていた。
試験の第一課題は「潜入術」。
限られた時間内に目標地点まで音も立てずに進み、数十人の監視の目をかいくぐる必要がある。
涼音は身を低くし、柔らかに足音を殺しながら、まるで風に乗る影のように森の中を進んでいく。
薄明かりに映る彼女の姿は、鳥の囀りや木々のざわめきにさえ溶け込むかのようだった。
一歩一歩には無駄がなく、そのしなやかな動きは見る者を圧倒するほどの静けさを纏っていた。
枝が揺れ、草葉がかすかに音を立てると、涼音は瞬時に身体を停め、視界を遮る木の陰に身を隠す。
そのとき、彼女の長い睫毛が微かに震える様子すら、凛とした美しさを伴い、見る者の視線を釘付けにする。
「まだそこか…!」
試験監視員が呟いた瞬間には、彼女の姿は既に別の地点に移動していた。
その精密な動きは、まるで彼女自身が森と一体化しているかのようだった。
監視員たちが視線を交わし息を飲む中、涼音は音もなく目標地点に到達していた。
次の課題は「幻術」。
数十の幻影に囲まれ、真実を見抜き突破する力が試される。
周囲に現れる幻影はどれも現実と見紛うほど精巧だったが、涼音は一瞬の躊躇も見せずに鋭い眼差しで虚実を見極めていく。
まるで氷のように冷静なその視線は、幻影の中に潜む真実を一瞬で捉えた。
幻影が囁き声を潜めて彼女を惑わせようとするが、涼音の視線は揺るがない。
その瞳には、すべてを見透かすような冷たくも強い光が宿り、幻術の持つ欺瞞すら跳ね返す力を秘めていた。
幻影が次々に崩れ落ちる中、彼女の動きにはまったく乱れがなかった。
試験官たちは無意識に息を呑む。
「これほどの集中力と洞察力を、この年齢で持っているとは…」
そう呟く試験官たちの背後で、涼音は静かに道を切り開いていく。
最後の課題は「戦術」。
涼音は十数名の上級者たちと対峙することを命じられた。
彼らは多くの任務を果たした歴戦の忍者たちであり、圧倒的な実力差を見せつけるかのように、全員が余裕の構えを見せていた。
しかし、涼音は微かに微笑みを浮かべた。その笑みは、幼さを感じさせるものではなく、むしろ確信に満ちたものだった。
「始めろ」
試験官の合図が鳴り響いた瞬間、彼女は稲妻のごとき速度で駆け出す。
手にした刃が光を受けて閃き、その動きはまるで影が生み出す残像のよう。
攻撃が振るわれるたび、彼女は瞬時に次の位置へと移動し、相手の死角から一撃を加える。
彼女の滑らかな動きと一撃の鋭さに、対峙する上級者たちは次第に焦りを見せ始めた。
「こんな動きが…16歳に…!」驚愕とともに一人、また一人と倒れていく。
やがて戦いが終わると、周囲には静寂が訪れた。
涼音はわずかに汗ばんだ額に指を触れ、軽く息を整える。その仕草すら、どこか品のある美しさを醸し出していた。
試験官たちは一様に驚愕し、しばし言葉を失った。
目の前に立つ涼音の姿には、冷静さと凛々しさ、そして圧倒的な美しさが混然一体となり、誰もが彼女に目を奪われた。
その瞬間、涼音が試験で1位になることは誰の目にも明らかだった。
彼女の立ち尽くす姿は、未来の忍びの頂点を予感させるものであり、誰もがその美しさと強さに心を奪われたのだった。