おねショタ戦争~「ファイッ!」と聞こえたら必ずパートナーをドキドキさせないと互いに消滅してしまう世界で、「こんな事はもう止めて欲しい」と神に直談判に行くお姉さん国王女とショタ国王子の物語~
<ファイッ!>
そう。
この声がどこからともなく聞こえたら、あたしたちは〝戦争〟をしなきゃいけない。
〝御告げ〟を通して神様に勝手に決められた〝パートナー〟と、互いを〝キュン〟とさせるか、〝ドキドキ〟させなければならないのだ。
お姉さん(少女)がショタ(少女よりも年下の少年)を〝キュン〟とさせても良いし、その逆でも良い。
けれど、二人合わせて三回以内に〝キュン〟または〝ドキドキ〟させられなければ――
――その二人は、消滅してしまう。
お姉さんは十五歳、ショタは十歳になった日から一年間、誰もが行わなければならない義務――これを〝兵役〟と呼ぶ者さえいる。
最終的に、この百年間のトータルで、より相手国国民を〝キュン、またはドキドキ〟させた国は存続し続け、この〝呪い〟もなくなり、相手国国民によってより〝キュン、またはドキドキ〟させられてしまった国は消滅するのだから、〝戦争〟〝兵役〟であるというのは、ある意味正しい。
そして――
――今年が丁度その百年目なのだ。
<ファイッ!>
ほら、来た。
今日は、大森林の中心部にある湖に辿り着いた瞬間を狙って来た訳ね。
こんな感じで、一日の内、一体いつ来るか、そして何回来るかも分からず、その度に苦労を――
「え!? きゃああああああああ!」
――突然視界に大量の何かが出現して、通り過ぎていった。
「もう! 一体何だった――」
あたしが「何だったの?」と言おうとした瞬間――
「マンドラゴラ、髪に付いてたぞ、カティナ」
「!」
――あたしの名前を気安く呼びながら、あたしの長い銀髪に引っ掛かっていたマンドラゴラ(人型(顔もついている)で茶色い大根みたいな植物)をサッと華麗に取ったのは、ショタ国王子で絶世の美少年であるレオ(どうやら、さっきのは、時折見られる〝マンドラゴラの大移動〟だったようだ)。
そのサラサラの金髪を揺らしながら行われたレオのさり気無い気遣いと、至近距離でのやり取りが、あたしの心に甘い刺激を与えて――
キュン!
<ピンポーン!>
そうそう、こうやって、あたしたちの脈拍・体温・呼吸・その他諸々のデータを瞬時に読み取って、その変化から〝キュン〟または〝ドキドキ〟したかどうかを判定、もししていれば<ピンポーン!>、していなければ<ブー!>という音がこれまたどこからか鳴って――じゃなくて!
「レオ! いつも言ってるでしょ! あんたは距離感がおかしいのよ!」
「ん? そうか?」
〝人間が聞けば死ぬ〟と言われている悲鳴を上げさせないために、マンドラゴラの口を手で塞いだ上でその身体を聖剣でグサグサと刺して致命傷を負わせながら、十歳と思えない大人な反応をするレオ。
「そうよ! ……でも、取ってくれてありがとう」
「ん? 何か言ったか?」
「別に! 何でもないわよ!」
何よもう! 年下の癖に! ずっと生意気な口利いて!
さっきマンドラゴラを取った時だって、あたしより背が低いから、背伸びしてた癖に!
「フッ」
何よ、その態度! ちょっと顔立ちが整っているからって、調子に乗っちゃって!
これまでは、毎回レオに〝キュン〟〝ドキドキ〟させられてしまい、あたしは一度として、彼をときめかせた事がない。
今日こそは、絶対にレオを〝キュン〟〝ドキドキ〟させてみせるんだから!
そのために、夕べは眠気覚ましの〝ゴブリンの肝〟まで食べて、大小様々な羊皮紙に書き殴りながら、一睡もせずに作戦を練ったんだし! ……まぁ、結局〝正々堂々〟戦う事にしたから、作戦も何もあったもんじゃないんだけど……
って、〝ゴブリンの肝〟の副作用と寝不足で、気持ち悪――
「おええええええ!」
「おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ! 触らないで! 放っておいて! 単なる〝武者震い〟よ!」
「あんまり〝武者震い〟で嘔吐する奴いないけどな」
あたしは、たった今虚空に嘔吐物を描いた口許を手で拭うと、決意を新たにする。
必ずレオをときめかせてみせるわ!
神様に会う前に――
※―※―※
ここは、〝生まれてから死ぬまでお姉さんの姿でいるお姉さん国〟か、〝生涯ショタのままのショタ国の国民か〟に分かれている世界(二つの国の中間には、大森林がある)。
あたしがレオと一緒に神様に会いに行こうとしているのには、理由があった。
それは――
<ファイッ!>から始まるバカげた〝戦争〟を、もうやらせないで欲しい。
――と、神様に直談判しにいくためだ。
今まで、何人も犠牲者が出ている。
どう考えても理不尽だ。
こんな事をしても、誰にも、何の得も無い。
しかも、この百年間でより多くの相手国国民をときめかせた国はその後も存続し続け、負けた方は消え去ってしまうだなんて、絶対に嫌だ。そんな事、納得出来ないし、断じて受け入れられない。
そう訴える為、大森林の中央まで到達した後、あたしとレオは、北上して――
「改めてみると、とんでもない高さね……」
――大森林の北端にある鮮やかなピンク色且つハート形(高空から見るとハートに見えるはず)の〝ラブコメ塔〟に辿り着いた。この塔の最上階に神様はいるらしい(塔に入った後戻って来た者が誰もいないため、確証は無いが)。
ちなみに、〝ラブコメ〟が何を意味するのかは、誰も知らない(もしかしたら、神様だけは知っているのかもしれないけど)。
でも、そんな事よりも、眼前に聳え立つ、〝余りにも高いため、最上部は雲に隠れていて見えない〟巨大な塔に、あたしは圧倒される。
<ファイッ!>
「怖気付いたか?」
「バ、バカ言わないでよ! そんな事ある訳ないでしょ!」
「フッ。それでこそ俺の女だ」
「だ、誰があんたの女よ!」
「本当は嬉しい癖に」
「そんな訳ないでしょ! あんたなんて大っ嫌いなんだから!」
もう!
年下なのに、何でそんなに上から目線なの!?
それと、〝虫も殺さなそうな純情無垢な顔〟で、そんな不敵な笑みを浮かべないで!
ギャップがヤバいのよ!
<ピンポーン!>
「ああ、もう! 〝ピンポーン〟じゃないわよ! ……って、どうしたの?」
追い打ちのように鳴り響く音にあたしが地団駄を踏みながら大声で突っ込んでいると、レオが何かを拾った。
――直後。
「!!!」
――一瞬、目を瞠った彼だったが――
「いや、何でもない」
「そう?」
――拾った何かをさっと胸元にしまうと、直ぐに冷静な表情に戻った。
「そんな事より、行くぞ」
「って、置いてくんじゃないわよ!」
こうして、あたしたちは、〝ハートの尖端部分〟にある入口から、〝ラブコメ塔〟へと入って行った。
※―※―※
外観からして巨大だったが、中は予想以上に広大な空間が広がっていた。
石造りの建物内部(御丁寧なことに、内側もピンク一色だ)を、幾つもの松明がゆらゆらと照らしている。
丁度入口の反対側に小さく見えるのは、内壁に備え付けられた階段だ。
ハート形なので螺旋ではないが、螺旋階段のように、壁伝いにあれを上っていけ、という事なのだろう。
「ダンジョンと違って、全然出て来ないわね……」
あたしは、神に直談判するとなると、〝その資格を持っているかどうか〟を試されるのではないかと思っていた。つまり、この世界に複数あるダンジョンのように、モンスターが多数出てくるのではと。
しかし、今の所、モンスターの気配は無い。
上階に潜んでいるのであろうか。
と、その時――
「え? 雨?」
雨が降り出した。
塔内部にも拘らず、である。
「水魔法を使えば、それっぽく出来なくは無いけど……」
恐らく魔法なのだろうが、とても魔法とは思えない程に、自然な雨で――
「って、え? あれ? 全然濡れてない」
――ふとあたしは気付いた。
これは――
魔力による防雨だわ!
そう。
魔力を、自身を半球状に包むように放出し続ける事で、雨を防ぐ技だ。
見ると、淡い光を発しながら、魔力があたしとレオを優しく包み込んでいる。
勿論、今気付いたばかりのあたしは、そんな事はしていない。
となると、術者は一人しかいない訳で――
<ファイッ!>
「って、これって、〝相合魔力〟じゃない!」
<ピンポーン!>
恋人同士がすると言われている、古より伝わる〝伝説の行為〟を、まさか自分たちがやる事になるだなんて!
頬を紅潮させたあたしが、右側を歩くレオを見ると、「ん? 別に俺は何もしてないけど」みたいな顔をしている。
しかも――
「あ……」
そう。
本来〝剣士〟である彼は、〝魔法〟が専門のあたしと違って、〝魔力操作〟には慣れていないのだ。
雨からあたしを守ることを優先する余り、レオを包む魔力は不十分で、右肩が濡れてしまっている。
でも、ここであたしが魔力を放出するのは、何か違う気がして――
「バカじゃないの! 濡れてるじゃない! 慣れないのに、そんな事するから!」
憎まれ口を叩くあたしに対して、レオは、少し背の高いあたしを見上げながら――
<ファイッ!>
「俺は王子だ。姫を守るのは、王子の役目だろ?」
「なっ!?」
<ピンポーン!>
何よ!
普段は、あたしの事を〝お姫様扱い〟なんて全然しない癖に!
さっきだって、〝俺の女〟みたいに、乱暴な言い方したのに!
心臓が早鐘を打つ。
あたしが必死に動揺を抑えようとしていると――
「カティナ」
――いつになく真剣な表情で立ち止まったレオは、あたしを真っ直ぐに見据えて――
「知っての通り、この塔から帰って来た者はいない。だが、俺たちなら、何があっても、絶対に乗り越えられる。俺たちが最初の帰還成功者になるんだ。神に直談判はする。その上で、無事に戻る。良いな?」
――その瞳に宿った、強い決意の光に――
「勿論よ! さぁ、やってやるわよ!」
――あたしは瞳を輝かせて、力強く首肯した。
※―※―※
階段を暫く上って行くと、二階に辿り着いた。
一階と違い、二階はモンスターが出現した。
――しかも――
「滅茶苦茶いるじゃない!」
――巨大な蛇のモンスターであるジャイアントサーペントが、大群で大移動していた。
「アイス――」
と、咄嗟にあたしが魔法を唱えようとするが――
「いや、待て」
「え?」
「見ろ。コイツら、俺たちに気付いていない……というか、見ようともしない」
言われてみると、ジャイアントサーペントは、全て〝移動する事〟に集中しているのか、あたしたちに注意を向ける個体が、一匹もいない。
そして、よく見ると――
「何あれ?」
――大蛇たちは、部屋の最奥の壁にある空間転移魔法陣から逆側の壁にある空間転移魔法陣へと移動していた。もしかしたら、二つの魔法陣は繋がっているのかもしれない。
「無用な戦いは避けるべきだ。出来るだけ体力・魔力は温存しておきたい」
「……確かにそうね」
次の階段は、反対側の壁に見えるため、そちらへとあたしたちは歩いて行く。
部屋のど真ん中を猛然と移動し続けるジャイアントサーペントを、左手に見ながら。
と、その時。
あたしは、気付いた。
先刻まで右側を歩いていたレオが、いつの間にかあたしの左側を歩いている事に。
<ファイッ!>
レオが!
〝蛇道側〟を歩いてくれてる!
そう。
それは、移動する巨大蛇の大群と遭遇してしまった際に、〝蛇道〟側を男が歩き、女性を守ろうとするという、古より伝わる〝伝説の行為〟だった。
<ピンポーン!>
「ん? どうした?」
じっと見詰めているあたしの視線に気付いたのか、レオがこちらを振り返る。
「もう……バカッ!」
「何で急に罵られないといけないんだ?」
さもそれが〝当たり前〟であるかのように〝蛇道側〟を歩き続けるレオに、「知らないっ! 自分の胸に聞けば良いでしょ!」と、あたしは頬に熱を感じながら、そっぽを向いた。
※―※―※
二階と三階の間の階段は、二階へと向かう階段よりも、更に長かった。
この分だと、最上階まで数階しかないかもしれない。
三階に着いたあたしたちは、注意深く広大な空間の中を見回した。
「今回は、モンスターはいなさそうね」
そうあたしが呟いた直後――
「……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」
「……お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛……」
「……う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛……」
「「!」」
壁から、地面から、更には天井からも、生ける屍――ゾンビが大量に出現して――
「「「「「……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!」」」」」
夥しい数のそれらが、一斉にこちらに向かって来た。
「今度こそ戦闘ね! ゾンビと言えば炎! 行くわよ! ファイア――」
「いや、待て」
「また!?」
「奴らから全く敵意を感じない。あと、あの魔法陣、見覚えが無いか?」
「あ!」
顎で指し示すレオに促されて後方を振り返ってみると、こちら側の壁に、先程二階で見た空間転移魔法陣が出現している。
そして、ゾンビたちの動きを観察すると、彼らは、正しくは〝こちら〟ではなく、〝こちら側にある空間転移魔法陣〟を目指して歩いていた。
だが、敵意があろうがなかろうが――
「「「「「……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!」」」」」
――余りにも数が多過ぎる為――
「レオ!」
「カティナ!」
〝人混み〟ならぬ〝ゾンビ混み〟に押し流されて、あたしたちは離れ離れになりそうだったが――
<ファイッ!>
「あっ……」
――咄嗟にレオがあたしの手を取って――
「はぐれんなよ」
――あたしを引き寄せて――
<ピンポーン!>
「あ、あんたの方こそね!」
――精一杯素っ気無く言ったつもりのあたしだったが、繋いだ手から火照った熱が伝わってしまうのが、どうしようもなく恥ずかしかった。
※―※―※
そんなゾンビの群れは、平穏無事には終わらなかった。
何故なら――
「あっ!」
――ゾンビの最後の一匹が、〝エクスカリバー(レオの持つ〝聖剣〟と並び称される世界最強とされる剣)〟を持っていて、それによって、あたしが履いている〝最高位の防御力〟を誇る靴のヒールが斬られてしまったからだ。
思わず体勢を崩したあたしが転びそうになるのを、手を繋いだままのレオが防ぐ。
「それじゃあ歩けないな」
「大丈夫よ、このくらい! この子、暫く待てば直るし」
国宝級の価値があるこの靴は、自己修復能力も有しており、暫く待てば直るのだ。
――が。
「「「「「……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!」」」」」
空間転移魔法陣の方へと向かって行った大勢のゾンビたちの声が一際大きくなり、何事かと後ろを振り向くと――
「そんな……!」
――燃え盛る真っ赤な〝溶岩〟が背後から迫って来ていた。
恐ろしいスピードで迫り来る〝灼熱の津波〟に、ゾンビたちが次々と呑まれて行く。
それを見たレオは――
<ファイッ!>
「乗れ」
「!」
あたしの前で屈んで、その背を見せた。
「え?」
戸惑うあたしに、レオが促す。
「俺が負ぶるから」
「で、でも……」
そんな恥ずかしい事は出来ないと、躊躇するあたしに――
「二人で生きて戻るんだろ?」
「! わ、分かってるわよ!」
――その言葉に、あたしは羞恥心を捨て――切れはしなかったが、何とか我慢して、レオの背中に負ぶさり、前に手を回す。
お、重くないかしら……?
乙女心故のあたしの心配を――
「じゃあ、行くぞ」
「!」
――レオは、常軌を逸するスピードで払拭した。
人一人を背負っているとは思えない高速移動に、あたしは息を呑む。
そして――
あたしよりも背が低い癖に……
何で……そんなに力強いのよ……
これじゃあ、あたしの方が、頼っちゃいそうじゃない……
<ピンポーン!>
激しい運動により体温が上昇するレオに、あたしは心の中で独り言ちる。
きっと、あんたのせいよ。
あたしの胸が熱くなったのは、こんなにも火照ったあんたの背中の熱が移ったから――
※―※―※
三階からの長い階段を上り、四階へと到着したあたしたちを出迎えたのは――
「……真っ暗ね……」
――暗闇だった。
松明が消えているのか、そもそもこの階だけは無いのかは分からないが――
「任せて! 光魔法は得意なんだから! ライト――」
――あたしが光魔法で、灯りを生み出そうとすると――
「待て」
「もう、また?」
――またもやレオに制止された。
しかし、その理由は直ぐに判明した。
そう――
「「「「「ピイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」」」」」
「わぁ!」
――闇の中に光り輝く美しい火花という形で。
それは、〝爆発鳥〟というモンスターによるものだった。
特殊な魔導具である弓を使って矢を射ると、鏃に魔力が宿るのだが、それを〝爆発鳥〟の体内に撃ち込むと、〝爆発鳥〟は空高く飛び上がって行って、自爆するのだ。
どうやら、壁に特殊な魔導具の弓と矢が設置されており、そこから自動的に矢が射出されて、射られた〝爆発鳥〟が次から次へと舞い上がって行き、自爆しているようだ。
塔の内部ではあるが、〝擬似的な夜空〟に美しい火花が次々と散っていき、その光であたしたちを照らす。
「「「「「ピイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」」」」」
「すごい綺麗!」
何が起こるか分からない神の塔だというのに、うっとりと見惚れてしまったあたしを――
<ファイッ!>
「「「「「ピイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」」」」」
「ああ、綺麗だな」
――気付くと、レオがじっと見詰めており――
「「「「「ピイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」」」」」
「本当に、綺麗だ……」
「!」
ひ、火花の事よね?
そうに決まってるわ!
<ピンポーン!>
あたしは、恐らく真っ赤に染まっているであろう自分の頬を、今だけは深い闇が包み隠してくれないかと、そう願った。
※―※―※
四階から上へ向かう階段は、今までで最長だった。
見た目からは想像もつかない程の身体能力を有している〝剣士〟のレオは、汗一つ掻かずに上って行くが、〝魔法使い〟であるあたしは、そうはいかない。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」
「また負ぶってやろうか?」
「い、要らないわよ! この位、自力で上るわ!」
「御姫様抱っこでも良いぞ? 御姫様?」
「要らないって言ってるでしょ!」
意固地になるあたしに、レオは意地悪な笑みを返しながら先導する。
そんな、ちょっとした仕草さえも様になっており、何だか悔しい。
※―※―※
「ぜぇ、ぜぇ……。や、やっと着いたわね……」
息も絶え絶えになりながら辿り着いた五階。
入口から入ったあたしたちが、広大な空間の丁度中央まで歩いて行くと――
「ガアアアアアアアアアアアアアア!」
「「!」」
床に光り輝く巨大魔法陣が出現、そこから、全身が燃え盛る炎に包まれた、小山かと見紛う程の巨躯を誇るファイアードラゴンが現れた。
<ファイッ!>
「あたしが氷魔法で援護するわ!」
両手を翳しながらあたしがそう叫んだ時には――
「って、え!?」
――既にレオは腰左側に差した聖剣を抜剣、素早く跳躍しており――
「はああああああああああああああああああ!」
――〝何年もの修行の後に、一握りの者のみが獲得出来る〟とされる〝闘気〟の光を纏わせた聖剣を勢い良く振り下ろし――
「ガアアアアアアアアアアアアアア!」
――〝最上級モンスターの中でも最強〟と謳われるドラゴンを、一刀両断していた。
轟音と共に倒れる、左右の半身。
その眼前にて、聖剣を手に悠然と佇む姿は、まるで神話の一ページを描いた絵画のようだ。
滅茶苦茶格好良い!
<ブー!>
こんなの、ときめいちゃうわよ……
<ブー!>
本当、ズルいわ……
<ブー!>
……けど、何だか、焦ってる?
今日のレオ、いつもよりも、何か必死な感じがするって言うか……
<ブー!>
「ああもう! ブーブーうるさいわね! ……って、え? 〝ブー〟? 〝ピンポーン〟じゃなくて?」
「とうとう俺にときめいていると認めたか」
「ち、違うわよ!」
<ブー!>
「じゃなくて、違わないけど!」
「フッ。俺にときめいているんだろ?」
「えっと……その……」
<ブー!>
「そうよ! ドキドキしたわよ! でも、今の一回だけよ!」
<ブー!>
「って、本人がときめいたって言ってんだから、いい加減〝ピンポーン〟にしなさいよ!」
至極真っ当なあたしの抗議にも拘らず、〝不正解音〟は全く鳴り止まず――
<ブー!><ブー!><ブー!><ブー!><ブー!><ブー!><ブー!><ブー!>
「ああもう! 怒るわよ! 本当、いい加減に――」
あたしの堪忍袋の緒が切れる――
――寸前に――
<クックック……。あはははははは!>
「「!?」」
〝ただの不正解音〟が、突如笑い声へと変わった。
※―※―※
<ああ、驚かせたかい? これはすまなかったね>
「何この声……?」
戸惑うあたしに、声が反応する。
<僕かい? 僕の正体なんて、もう分かってるんじゃないかな、君たちなら?>
「……恐らく、コイツは――」
レオが指摘しようとすると――
<そう、僕が〝神〟さ>
――声は、そう名乗った。
「神様!」
驚愕に目を丸くするあたし。
無論、神様に会うのが目的だったのだから、驚くも何もあったものではないはずだが、未だ嘗てこの塔に立ち入って生きて戻って来た者がいなかった事と、毎年御告げはあったものの、それは一方的なもので、しかも夢の中で行われるものであり、このような双方向の会話ではなかった事もあり、〝本当にいたのだ〟と、驚いてしまった。
「まさか、今まで嫌になる程聞いたあの〝声〟が、神のものだったとはな」
<実はそうだったのさ。勿論、あれは録音したものであり、毎回僕が言っている訳じゃないけどね>
ポツリと呟いたレオに対して補足した神は、「あ、姿を見せた方が喋りやすいかな?」と、どこにいるか分からぬ神の姿を想像しつつ、上の方を見上げながら話しているあたしたちに対して、そう言うと――
ポンッ。
――突然、何かが弾けたような音と共に、眼前に白い煙が出現したかと思うと、煙が晴れて――
「コホン。では、改めて。はじめまして、僕が神だよ」
「「!」」
――その姿をあたしたちに晒した。
これが……神様!?
――〝巨大なピンク色のハート〟。
神の容姿を一言で言うならば、それに尽きる。
〝虚空に浮遊する巨大ハート〟なのだ。
ドラゴンよりかは少し小さいだろうか、というサイズの彼だが――
――あたしの目を引いたのは、そんな事ではなく――
「どうだい? 美しいだろう?」
「「………………」」
――その全身に〝無数の目〟がある事だ。
中央に大きな目が一つあり、それ以外は同じ大きさで、中央以外の目は、上下左右と、常に忙しなく視線を動かし続けている。
更に、中央の目の下には巨大な口があり、その中には夥しい数の牙が生えている。
「こ、個性的ですね!」
何とかそう絞り出したあたしとレオが凝視している事に気付いた神が、「ん? ああ、なるほど」と、合点がいったとばかりに、頷いた。
「僕の目がほんの少~し多いのは、君たち人間の事をしっかりと観察するためだよ。特に、ペアになった十五歳と十歳の子たちの事は、ちゃんと見ておかないとね。折角、みんな一生懸命に頑張ってくれているんだから」
その発言に、あたしは、「その事なんですが!」と、話を切り出した。
ここよ!
ここしかないわ!
緊張で声を震わせながらも、あたしは何とか言葉を紡ぐ。
「神様! もう、こんな事は止めて頂けませんか? こんな事をしても、誰も何も得をしないと思うんです! 今まで、何人もの犠牲者が出ています! それと、勝負の結果次第で、どちらかの国を消滅させるなんて、酷過ぎます! お願いですから、止めて頂けませんでしょうか? どうか、お願いします!」
あたしは、深々と頭を下げた。
出来るだけ誠心誠意をもって語ったつもりだ。
これならきっと、神にも伝わったのではないか。
そう思ったのだが――
「は? 何言ってるの、君?」
「!」
――神の声が、一気に低くなった。
「僕は神だよ? その僕がやる事に文句言うわけ?」
「いえ、決してそういう訳じゃ――」
「言ってるよね、文句? 神の言う事は絶対なんだよ? 何で聞こうとしないの?」
神から、圧倒的な重圧が噴き出す。
背中を冷たい汗が流れ――
――悪寒が走り、眩暈がして――
――目がチカチカして、世界が回る――
――あたしは次第に――
――言葉を失くして――
――呼吸を失くして――
息が――上手く吸えない――!
ただその場で息をする事さえも、封じられて――
圧倒的な強者を前に、ただ矮小且つ非力な存在として――
――あたしは重圧に押し潰されて命を奪われ――
「神だろ? 創造主なんだろ? 絶対的存在が文句の一つや二つでガタガタ抜かすなよ」
「! ――ッかはぁ! はぁ、はぁ、はぁ……」
――て殺される寸前だったあたしを、レオが肩に触れながら掛けてくれた言葉が、救った。硬直していた身体が動き、あたしは目一杯空気を吸い込む。
「レオ、ありが――」
――が。
「!」
――あたしの肩に置かれたレオの手が――震えている。
自分とは格が違う、どうしようもない程に大きな存在を前にして――
――身体の震えを止めることすら出来ない。
でも、そんな中でも、レオは毅然と立ち向かおうとしている。
あたしだって!
あたしの心が、熱く燃え上がる。
「決まりだね。その態度、喧嘩売ってるよね。神であるこの僕に」
神から、殺意が迸り――
「君たちには、ここで死んで貰う」
「「!」」
――ハート形のその巨躯から、幾多の触手が高速で放たれて――
「……へぇ……」
――聖剣を俊敏に振るい、その全てを斬り落としたレオが、小声で謝る。
「悪い。完全に敵対した」
あたしは、「ううん」と、首を振る。
「助けてくれて、ありがと。あんたがいなきゃ、死んでたわ」
神から決して視線を逸らさずに、「生きて帰るぞ!」「うん!」と、言葉を交わしたあたしたちは――
「分かってるのかな? 僕が『殺す』と言ったんだ。君たちはここで確実に死ぬ」
――冷酷にそう告げた神が――
「焼け死になよ」
――猛スピードで飛ばす猛炎を――
「『超巨大氷柱』!」
――巨大な氷柱であたしが掻き消している隙に――
「はああああああああああああああああああああ!」
――跳躍したレオが、闘気を用いて――
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
――神の身体を、真っ二つに斬り裂いた。
「やったわ!」
――明るい声を上げるあたし。
――だったが――
「……な~んてね」
「「!」」
――左右に分断され地面に落ちていた神が、スゥーッと舞い上がると、切断面同士がくっつき、何事も無かったかのように再生して――
「あっ!」
「くっ!」
――空中から突如出現した触手によって、あたしとレオは、二人とも全身を拘束されてしまった。
御丁寧な事に、どうやらこの触手には、魔法を封じる効果もあるようで、何度やっても、魔力を練り上げる事が出来ない。
「愚かだねねぇ、君たち。神に敵う訳ないだろうに」
心の底から嘲る神。
どうやら触手で闘気を封じられている様子のレオは、自分と同じく動きを封じられてしまい、魔法も使えなくなっているあたしを見て――
「俺はどうなっても良い! カティナは見逃してくれ!」
「!」
――そう叫んだ。
「レオ……」
あたしは、胸が苦しくなる。
「いやはや、必死だねぇ」
そう呟いた神は、「お? 何だこれ?」と、何かを見付けたようで――
――触手の一つが、レオの胸元から、小さな羊皮紙を取り上げた。
「へぇ~。だから君は、そんなに必死なんだね」
「………………」
「あ……それは……」
そこには、こう書かれていた。
〝実はあたしは余命一週間なんだって、レオに伝えたらどうなるかな?〟
それは、夕べあたしが、今日のために作戦を練っていた時に書いたメモの一つだった。
服の中に入っていて、それが落ちて、レオが拾っていたようだ。
ただ、あくまでそれは〝特別なシチュエーションを作り出して、レオの心を動かし、キュン・ドキドキして貰うため〟のものであり、真実ではない。
「レオ、違うの! それは……嘘なの! どうしたら、あんたの心を動かせるかって考えてて。それで、もしそう言ったら、あんたの心を揺さぶれるかもって、思っただけなの!」
あたしの声に、レオは――
「そうか……良かった……」
「!」
――心から安堵した、満面の笑みを浮かべた。
そして――
「だが、余命一週間だろうがそうじゃなかろうが、関係無い」
――レオは、更に言葉を継いで――
「余命が五十年だろうが、百年だろうが、カティナには生きていて欲しい。だから、神よ、頼む! 俺の命をやるから、カティナは見逃してくれ!」
「……レオ……」
――そう懇願した。
それを聞いた神は、「この僕に懲りずに懇願、ねぇ」と、呆れたように呟くと――
「そうだ、良い事を思い付いた」
――その巨大な口角を上げた。
「君たちの〝どちらか一方〟だけを、助けてあげよう。レオ、君だって、本当は助かりたいだろ? 死にたくないだろ? 生きて良いんだよ? 助けてあげるよ? だから、素直になりなよ」
――その猫撫で声に、あたしとレオは――
「レオを助けて! あたしはどうなっても良いから!」
「カティナを助けてやってくれ! 俺はどうなっても良い!」
――同時に声を上げた。
「え? は?」と、面食らった様子の神は――
「片方は助けてやるって言ってるんだよ? なのに、二人とも、相手のために死ぬって言うのかい? 本気で?」
戸惑いながらそう問い掛けるが――
「当り前よ!」
「当然だ!」
――あたしたちの――
「「だって」」
――声が――
「レオが大好きだから!」
「カティナが好きだから!」
――重なった。
その様子を、唖然としながら見守っていた神は――
「プッ」
――吹き出すと――
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
――笑い転げた。
虚空で、グルングルンと回転しながら、大口を開けて哄笑を上げ続ける神。
暫くして――
「ははは……君たち、本当に面白いね……最高だよ……」
笑い過ぎて涙まで流している神は――
「良いよ。二人とも見逃してあげよう」
「「!」」
――どうやら、あたしたちの行動が余程琴線に触れたらしく、そう告げた。
と同時に、あたしたちを縛り付けていた触手が、一瞬で消滅する。
「ありがとうございます!」
「神よ、感謝する! ありがとう!」
頭を下げるあたしとレオに対して、神は――
「ま、良いって事さ」
――そう言うと――
ポンッ。
――再び煙に包まれて――
――晴れた後には――
「僕は〝おねショタ〟が見たいだけなんだ」
「「!」」
――眼鏡を掛けた、小柄な黒髪の男が立っていた。
不思議なことに、その顔立ちは、ショタ国の誰とも似ていない。
「ああ、〝おねショタ〟っていうのは、お姉さんとショタがイチャイチャする事ね」
神は、更に話を続ける。
「実はここは、昔は、〝異性をキュン・ドキドキさせると相手が消滅する〟世界だったんだ。そして、そのような手段で相手国国民を殺すという〝おねショタ戦争〟を、このゲームで行わせていたんだ。極限状態での〝おねショタ〟を堪能したくてね。でも、流石に可哀想だなって思って、その後、〝異性をキュン・ドキドキさせないと二人とも消滅してしまう〟という形に変えたんだ。これなら、どちらも〝味方〟として協力出来るかなって思ってね。でもさ、我ながら良いアイデアだなって思ってたのに、それでもまだ、〝戦争〟とか〝兵役〟とか呼ばれちゃってたでしょ? どうしてなんだろうって、僕も悩んではいたんだ」
腕を組みながら俯き、そう呟いた神は――
「君たちと話して、心を決めたよ! もう今後は、〝消滅〟はさせない!」
「「!!!」」
「君たちの言う〝戦争〟も〝兵役〟も無し! 〝一年間のパートナー制度〟は廃止! 今後は、キュン・ドキドキしなくても、させなくても、全く問題ない! そして、どちらの国も消さない! 両方とも、これからも存続し続ける! あと、ここまで来たら出血大サービスだ! 今までに〝一年間のパートナー制度〟で消えてしまった者たちも、全員復活させよう! どうだい?」
その言葉に、あたしたちは――
「わあ! 本当ですか!? すごい!! すごいすごい!!!」
「信じられない……奇跡だ……!」
――抱き合って喜んだ。
そのためにここに来た。
けれど、神の怒りを買い、死を覚悟した。
直談判どころか、生きて戻ることすら不可能とさえ思っていた。
でも――願いが叶った!
ううん、それ以上だった!
「神様! 本当に!! 本当に本当にありがとうございました!!!」
「どれ程礼を言っても言い足りない。神よ、心からの感謝を。ありがとう」
改めて深々と御辞儀するあたしとレオ。
「あ、でも」と、神は付け加えた。
「勿論無理強いはしないけど、出来れば、イチャイチャして欲しいな~とは思う。だって、君たち、お互いの事が大好きなんでしょ?」
そう指摘されて――
「うん、大好き!」
――満面の笑みを浮かべるあたしだったが――
「……そんな事言ったか?」
「はああああああああああああああああ!?」
――レオは、そっぽを向いてはぐらかし、あたしは思わずレオに詰め寄る。
「さっきあんだけ熱烈に言い寄って来た癖に!」
「それはお前だろ? 俺はそんな事はしていない」
「嘘! さっきあたし、すごく嬉しかったのに! もう一回好きって言ってよ!」
「もう一回も何も、俺はそんな事、一回も言ってない」
あくまでも白を切り通すつもりらしいレオに――
「レオの嘘つきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
――あたしの絶叫が塔に響き渡り――
「本当に面白いね、君たち! あはははははははははははははははは!」
――神はひたすら笑い続けた。
―完―
※お餅ミトコンドリアです。
最後までお読み頂きまして本当にありがとうございました!
新しく連載を始めました。
【死にたがり悪役転生】悪役貴族に転生した自殺志願者は命を絶とうとするも回復魔法を窮めたメイドに救われてしまい、必ず彼女の眼前で自殺を成功させると宣言。気付くと自殺用鍛練で最強になり破滅フラグを破壊
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