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9 事務総長

「報告ありがとう。死者が出なくて良かったわね」


 桐野から口頭で報告を受けた事務総長は、安堵した様子で言った。


 事務総長は米国籍の中国系で60代。今まで常任理事国からの出向者が就いていたこのポストに、初めての火星出身者の事務総局プロパーとして就任した。


 グレーの髪に温和そうな丸顔。優秀だが物腰は柔らかで、事務総局内では「マム」、「ナナ」などと敬愛を込めて呼ばれている。


 そんな彼女が、歴代事務総長の中で最も過激な計画を推し進めていることを知っているのは、事務総局内でも極一部のメンバーだけだ。


 そのメンバーの1人である桐野が、笑顔で答える。


「はい。念のため警備隊を派遣しておいて正解でした。犯行声明を出して脅迫するだけのはずが、まさか声明なしに本当にミサイルを発射させるとは……」


「火星独立戦線の構成員の多くが反対する中、常任理事国の工作員が無通告のミサイル発射を強行したようです」


 桐野の説明を聞いた事務総長は、悲しそうにタメ息をついた。


「常任理事国4か国は、自国民を犠牲にしてでも火星独立を押さえ込むつもりなのね」


 桐野が首肯する。


「仰るとおりです。火星の各種鉱山、事務総局が常任理事国から委託を受けて実施しているメインベルトでの小惑星採掘、木星系及びトロヤ群の調査開発等々……」


「……口では火星独立は喜ばしいことだと言っていますが、火星独立によりこれらの権益を失いたくないのでしょう。強欲なことです」


 事務総長が再びタメ息をついた。


「役目を終えた火星独立戦線は、4か国によって解体させられそうね。構成員の逮捕は避けられないだろうけど、彼ら、彼女らのフォローをしてあげてね」


「あの子達は、散々操られてきた。不器用だけど純粋で誰よりも火星を愛している……」


「お任せください。しかるべく対処いたします」


 事務総長の依頼に笑顔で応じた後、桐野が真面目な顔になった。


「常任理事国は火星独立阻止に向けて一気に動いてきました。いかがいたしましょう?」


「我々も一気に進めましょう。勝負の時よ。この機は逃せないわ」


 桐野の問いに、事務総長は静かに答えた。


「承知いたしました。メンバーに伝達いたします」


 桐野は恭しく一礼した。



† † †



 桐野が退室した後、事務総長の執務室に、ゲルマン系の事務次長と黒人の秘書官が入ってきた。これから火星共同運営条約機構の常設理事会の緊急会合にオンラインで参加するのだ。


 常設理事会は、米中欧印日の常任理事国5か国で構成されている。火星共同運営条約機構の実質的な意思決定機関だ。


 机上端末が用意された会議テーブルに事務総長と事務次長が並んで座った。


「火星独立戦線があんな暴挙に出るとは。今日の会合、各国から色々注文がつきそうですな」


 事務次長が苦笑しながら言った。彼は欧州連邦からの出向者だ。


 桐野の情報によれば、事務次長は、今回のミサイル攻撃について本国から事前に知らされており、部下を使って事務総局内の動きを監視していたそうだ。


 事務総長は、そんなことは露知らずという顔で、いつもの優しい笑顔のまま事務次長に答える。


「本当ね。常設理事会からどのようなご指示があるかは分からないけど、いつものように誠実に対応しましょう」


 それを聞いた事務次長は、満面の笑みで(うなず)いた。


 しばらくすると、正面の大型ディスプレイに常任理事国の政府代表部の大使の姿が映し出され、マスコミのカメラ入りで会議が始まった。


 冒頭、事務総長から、ミサイル攻撃事案が発生したこと、式典招待者の負傷者は船団の回避行動時に転倒するなどした軽傷者3名であること、犯人については鋭意捜査中であること、式典は予定どおり実施することなどが報告された。


 これに対して、各国を代表し、アメリカ大使から、式典招待者の安全確保、犯人逮捕に全力を上げて欲しい旨の発言があった後、マスコミは退出し、非公開で議論が始まった。


 マスコミが退出してドアが閉まると、欧州連邦大使が大声で事務総局を非難し始めた。


「大事な式典を前にこのような事件の発生を防げないとは、事務総局の警備体制は一体どうなっているんだ!」


「申し訳ございません」


 欧州連邦大使に対して事務総長が謝罪した。


「報道によれば、今回のミサイル攻撃は火星独立戦線の犯行だということだが、事務総局はしっかりと情報を掴んでいなかったのか?」


 インド大使が詰問口調で聞いてきた。


 両大使とも、要は、事務総局が火星独立戦線をしっかりコントロール出来ていなかったことを非難しているのだが、今日の会合には事情を知らない日本大使が出席しているので、このような言い方になっているのだ。


 そして、両大使が非難している火星独立戦線の暴挙、ミサイル攻撃は、日本を除いた常任理事国が裏で仕組んだもの。


 それを知っている事務総長としては、両大使の発言は茶番そのものだったが、事務総長は申し訳なさそうに頭を下げた。


「残念ながら、外務局、共同警察局及び資料調査部ともに今回の事件に関して情報を掴んでおりませんでした。速やかに情報収集を行い、後日報告させていただきます」


「よろしく頼むよ」


 インド大使が鷹揚(おうよう)に頷いた。続いて、中国大使が口を開く。


「あのようなテロ行為は断じて容認できない。火星独立を主張する過激な団体は規制すべきではないか? 火星独立戦線が今回の犯行を行ったのであれば、全ての火星独立運動を徹底的に捜査すべきだ!」


 中国大使が1歩踏み込んできた。どうやらこれが米中欧印、常任理事国4か国の目的のようだ。


 中国大使は、各国大使の中で最も古株だ。それで一番センシティブな発言を引き受けたのだろう。


 事務総長は、4か国を安心させるよう答える。


「表現の自由との兼ね合いがあり難しいところですが、火星独立戦線その他の独立運動については、共同警察局で徹底的に捜査したいと思います」


 事務総長の回答に、中国大使が満足そうな顔をした。


 次に、日本大使が話し始めた。


「今回のミサイル攻撃事案は遺憾だ。先ほどアメリカ大使からも発言があったが、式典招待者の安全確保を徹底して欲しい」


 事務総長が再び頭を下げた。


「ご心配をお掛けして申し訳ありません。火星滞在中だけでなく、帰路の安全確保にも万全を期したいと思います」


 最後に、アメリカ大使が話し始めた。


「火星独立戦線が主張する火星の独立は、我々常任理事国としても目指すべきゴールだと考えている。しかし、何事にもプロセスというものがある」


「今の火星諸都市の現状を見ると、未だ我々常任理事国の庇護が必要と言わざるを得ない」


「事務総局においては、引き続き火星諸都市の連絡調整、火星住民への公共サービス提供に全力を上げてもらいたい」


「くれぐれも、火星住民が無謀な独立に走らないよう、しっかりとコントロールしてくれたまえ」


「肝に銘じます」


 事務総長と事務次長が深々と頭を下げる中、各常任理事国の大使達は会議から退出していった。

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