8 資料調査部
「『常任理事国からの式典招待者が乗った船団にミサイル攻撃。火星独立戦線の犯行か』だって。あの火星独立戦線がこんな大それたことをするなんてなあ」
巡視艇アルシアがミサイルと死闘を繰り広げた翌日の朝。火星諸都市の一つ、アメリカ領オフィル市にある事務総局庁舎の執務室で、事務総長官房資料調査部調査第2課企画官の桐野悟は、机上端末でニュースを見ながら驚いた顔をした。
桐野は40代。年齢の割に童顔で、いたずら小僧のような印象を受ける。
「よくそんな初めて知ったみたいな顔が出来ますね。ご自身でリークしといて」
専門官のカタリナ・カストナーが、机上端末で作業をしながら、呆れた様子で言った。
カタリナは20代。金髪で青い瞳。冷静沈着な秘書というイメージだ。
秘密保全の関係で、調査第2課の執務室は小部屋に分けられている。この部屋は桐野とカタリナの2人だけだ。他の課員は他の執務室でそれぞれ働いている。
「人聞きが悪いなあ、カタリナさん。私はリークなんてしてないよ。たまたまゴミ箱に捨てた紙資料をマスコミに取られただけだよ」
「それに、リークしている者は他にもいるはずさ」
桐野が無邪気に笑った。カタリナが作業を終えて桐野に声を掛ける。
「お待たせしました。直近の協力者からの報告です」
「ありがとう。さて、どうなってるかなあ。ワクワクするね」
桐野が机上端末に送られてきた報告書を読み始めた。
「おお、火星独立戦線は意気揚々だね。この攻撃が自分の首を絞めることになるのが分からないのかなあ」
「常任理事国のうち米中欧印は、相変わらずの暗躍っぷりだね。ほら、やっぱりリークしてた。これを機に火星独立の芽を徹底的に潰す気だ」
「そして、日本はいつもどおり蚊帳の外。私のご先祖様の国だから多少贔屓目になってるのかもしれないけど、ほんと真面目でピュアな国だよね。他の常任理事国も見習って欲しいものだよ」
「月政府は我関せずか。地球からの独立を達成した先駆者なんだし、もう少しこちらの味方になってくれればいいのになあ」
桐野が楽しそうに報告書を読み進めていく。
「協力者に何か指示を出しますか?」
カタリナが桐野に聞いた。桐野が笑顔で答える。
「そうだね。火星独立戦線のメンバーには、『よくやった。この攻撃は火星独立の第一歩になる。今度いつものアジトで祝賀会を開こう』とリーダーが言っていたと伝えてもらおうかな」
「常任理事国の出方次第だけど、祝賀会が終わったら、火星独立戦線はお役御免かなあ」
「あの攻撃は、火星独立を阻止するきっかけ作りのため、常任理事国が裏で手引きしていたって知ったら、構成員の皆はどう思うかな。泣いちゃうかな?」
ククク、と桐野が楽しそうに笑った。
「リーダーの発言とはとても思えませんね」
カタリナが軽蔑の眼差しで桐野を見た。
「そんな目で見ないでよ。カタリナさん。僕も心が痛むけど、これが仕事だからね」
「火星独立運動はダサい、カッコ悪いという意識を火星住民に植え付ける道具として使われ、非道な事件の実行犯にされた後はお払い箱。ああ無情……」
桐野が大袈裟に嘆いた。
「まあ、彼らの無念を晴らすべく、このままでは終わらせないけどね」
桐野がヘラヘラ笑いながら指示を続ける。
「米中欧印については、自分達の陰謀が上手く進んでいると思っておいてもらおう。彼らの悪事の証拠を引き続き収集だね」
「日本に対しては、米中欧印の悪巧みを仄めかしてみようか。反応をみながら、こちらに引き込めるかどうか検討だね」
「承知しました。そのように進めておきます。それにしても、よくもまあ、そんなに楽しそうにこの仕事が出来ますね」
カタリナが心底不思議そうに言った。
「どんなことでも楽しまないと損だよ、カタリナさん」
桐野が笑顔で言うと立ち上がった。
「さて、『マム』に報告してくるとしますか。あ、さっきの報告書と指示内容は『メンバー』に共有しといてね」
「承知しました」
カタリナは、部屋を出る桐野の背中に返事をすると、作業に取りかかった。