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7 帰投

「はぁ、帰投まで12日間か……」


 火星への帰投軌道に乗ったアルシアの操舵室。ベッドの形にした座席に胡座(あぐら)をかきながら、熊野がタメ息をついた。


 座席を椅子の形にして座り、仮想操作卓で航行の監視をしていた西郷が、笑いながら熊野に話しかけた。


「当初予定よりも大幅に伸びましたが、命が助かり、しかも自力で帰投できるんです。それでヨシとしましょう」


 それを聞いた熊野が苦笑する。


「それはそのとおりなんですが、第一格納庫に保管していた私の日本酒が全滅しましてね……はぁ」


「たまには別のお酒でもどうかな?」


 当直明けで就寝前の深瀬が、椅子の形にした座席に寄りかかり、立ってワインを飲みながら熊野に言った。熊野が頭を横に振る。


「私は日本酒しか受け付けない体でして……ああ、愛しの銘酒達よ。しばしのお別れだ。そして、味はともかく栄養満点な非常用糧食達よ、明日からヨロシク……」


 熊野の落胆した顔を見た深瀬が、笑顔で熊野と西郷に言う。


「ははは、帰投後に落ち着いたら、皆で日本酒を置いている店に飲みに行こうか。私が(おご)るよ」


「本当ですか?! さすが艇長!」


「やった! ごちそうになります!」


 熊野と西郷が同時に喜びの声を上げた。深瀬が笑顔で答える。


「ああ、皆で浴びるように飲もう。何と言ったって、我々は宇宙空間で初めて実戦使用された艦対艦ミサイルの破壊に成功し、しかも爆発の中を生還したんだからね。多少羽目を外しても許されるさ」


「警備隊本部と資料調査部のお偉方からは、飲み代のご寄附を頂戴したいところだけどね。熊さんに回ってもらおうかな」


「お任せあれ。力ずくで徴収してきますよ」


 そう言って、熊野がガハハと笑った。つられて深瀬も西郷も笑った。



† † †



「それにしても、誰が何の目的でこんなことをしたんでしょう」


 ひとしきり笑ったあと、ふと思い出したように西郷が(つぶや)いた。熊野が答える。


「火星共同運営条約機構の常任理事国からの招待者を狙った犯行……これはもう、常任理事国が大嫌いなアイツらの仕業でしょう」


「火星独立戦線か……」


 深瀬が呟いた。熊野が(うなず)く。


「いくら抗議活動をしても一向に独立させてくれないんで、ついに実力行使に出たんですよ。きっと」


「独立の是非は別にして、こんな非道なやり方は許せん!」


 憤慨(ふんがい)する熊野に、西郷が不思議そうに尋ねる。


「火星独立戦線って、確か去年はるばる地球まで行って、常任理事国の高官にタマゴを投げつけようとしたグループですよね」


「しかも、慣れない高重力下でタマゴを上手く投げられなかったとか……そんなダサいグループがテロなんて出来るのでしょうか?」


「皆から散々バカにされてるから、自棄(やけ)になったんじゃないか?」


 熊野が吐き捨てるように言った。


 2人のやりとりを聞いていた深瀬が、ワインを一口飲むと、自分の頭の中を整理するように話し出す。


「もし、今回の犯行が火星独立戦線のテロだとすると、常任理事国は『政府』に厳しい対応を求めるだろうね」


「火星の独立は更に遠のく、という訳ですか……一体いつになることやら」


 西郷はタメ息をついた。火星への移民が始まって130年以上。火星の住民に常任理事国の国民であるという意識はほとんどない。


 深瀬がワインを飲み干して話を続ける。


「100年近く前の月政府独立時のゴタゴタを別にすれば、人類は未だ星間戦争を経験していない」


「今回のミサイル攻撃が火星と地球、人類初の星間戦争の始まりだった、なんてことにならなければいいけどね……」


 そこまで言った深瀬は、ふと我に返ると、頭を掻きながら笑った。


「はは、少し酔いが回ったみたいだ。話が飛躍しすぎたね。それじゃお休み」


「お疲れ様でした!」


 西郷は、熊野と一緒に深瀬を見送った。壁面の共有ディスプレイには、赤く美しい火星が映し出されていた。

続きは明日投稿予定です。

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