2 不可解な任務
「エスコートはともかく、どうしてコンテナ群の状況確認が必要なんでしょう。これがなければもっと短期間で簡単に船団と邂逅出来たのですが……」
緑茶を飲みながら西郷が愚痴を言った。軌道計算は西郷の仕事だ。
「確かに、たまたま船団に近いとはいえ、速度や移動方向の異なるコンテナ群の確認を求められるなんて不思議ですな」
熊野が日本酒を美味しそうに飲みながら応じた。
火星共同警備隊では、当直明け就寝前の飲酒が認められていて、規則上は私室で飲むことになっている。
しかし、アルシアには乗組員は3人しかおらず、私室だと1人酒にならざるを得ない。熊野にとっては辛いらしい。
そのため、艇長である深瀬の計らいで、操舵室で雑談しながら飲酒することが黙認されていた。
「確かに不思議なんだよね。今回のコンテナ群の積荷って何なのかな?」
深瀬がコーヒーを飲みながら西郷に聞いた。西郷が緑茶を片手に仮想操作卓で検索する。
「インボイスによると、医薬品、食品、衣類に機械類……これといった特徴はないですね」
E8706-10Mコンテナ群は、今年の6月に地球周回軌道から火星に向けて射出された無人の輸送ロケットの一団だ。
コンテナ群は、地球-月と火星との間で相互に定期的に射出されている。位置関係にもよるが、今回の場合は、準ホーマン遷移軌道で片道約4か月の航路だ。
一方、地球からの招待客が乗る船団は、経済性度外視の片道僅か5日。地球から火星までほぼ一直線の航路だ。
そのため、低速で火星の公転軌道へ遷移していくコンテナ群の前方を、高速の船団が横切ることになる。
これに対してアルシアは、火星から低速でコンテナ群へ向かい、火星方向へ徐々に加速しながらコンテナ群と邂逅して状況確認を行うことにしている。
そして、確認が終わり次第、高加速でコンテナ群の前方を火星方向へ横切り、火星に向かう船団と邂逅する予定だ。
仮想操作卓に表示されたコンテナ群の積荷のリストを眺めながら、西郷はタメ息をついた。
「ほんと、ますますコンテナ群の確認の必要性が分からなくなってきましたね。ついでの確認にしては面倒ですし」
「出発前に聞いた噂だと、どうやら資料調査部からの要請だとか……」
熊野が日本酒を飲み干すと、探るように深瀬に聞いた。
資料調査部は、事務総局の一部門で、建前上は火星統治に有用な情報の収集分析を行う部署とされているが、その実態は諜報機関だ。
事務総局の組織は、建前と実態が異なる場合が多い。火星共同警備隊もそうだ。建前上はコーストガードのような位置付けだが、実態は宇宙軍と変わらない。巡視船オリンポスも、名前は巡視船だが、その性能は巡洋艦クラスだ。
熊野の言葉を聞いた深瀬が苦笑する。
「その噂は私も聞いた。だけど、正直な話、特別な指示等は何もなかったよ」
熊野が少し安心した様子で立ち上がった。
「変なことを聞いてすみませんでした、艇長。ちょっと嫌な予感がしたもので……それじゃあ休ませていただきます。何かあれば遠慮なく叩き起こしてください」
「ありがとう。それじゃお休み」
深瀬が笑顔で熊野を見送った。
† † †
「艇長。お聞きしていいのかどうか分かりませんが、熊さんは何を心配していたのでしょうか」
操舵室中央の座席を椅子の形にして座り、仮想操作卓で事務作業をしながら、西郷が深瀬に聞いた。
同じく操舵室左側の座席を椅子の形にして座り、アルシアとコンテナ群、船団の予定軌道等を表示した操舵室壁面の共有ディスプレイを眺めながら、深瀬が答える。
「おそらく熊さんは、ついでの確認以上の何かがあるのではないかと心配してるんだよ」
「ついでの確認以上の何か、ですか……」
西郷は不思議そうに呟いた。深瀬が西郷の方を向いて笑った。
「ははは。それが何かは分からないけどね。熊さんの長年の勘ってやつだよ。杞憂だといいんだが……」
そう言うと、深瀬は再び壁面のディスプレイに目を向けた。西郷もつられて目を向ける。
アルシアは、コンテナ群の右舷後方から、少しずつコンテナ群に接近していた。