18 調査報告書
10月1日の昼過ぎ、アメリカのニューヨーク。火星共同運営条約機構の常設理事会の臨時会合は、冒頭から非公開で始まった。
議題は、先般のミサイル攻撃事案に関する事務総局の調査報告書についてだ。
「さっそくだが、今朝になってようやく提出されたミサイル攻撃事案に関する調査報告書、これは一体どういうことかね?」
「日本以外の常任理事国がミサイル攻撃に何らかの形で関与しているなんて、ふざけているのか!」
アメリカ大使が机を叩いて怒鳴った。中国大使も同調する。
「そのとおりだ。中米欧印の4か国が火星独立戦線を裏で操っていただと? いいがかりも甚だしい!」
事務総長が顔色ひとつ変えずに答える。
「調査報告書は、事実に基づくものです」
事務総長の隣の事務次長は、青ざめた顔で口をパクパクさせていた。
インド大使が口を開く。
「今回のテロに使用された旧型の対艦ミサイルが、我が軍の宇宙基地で廃棄処理をしたものであるということは、確かに事実だ」
「しかし、廃棄処理関係書類を偽造したとか、欧州連邦の諜報機関に当該ミサイルを秘密裏に譲渡したなど、この調査報告書には事実誤認がある。再調査すべきだ!」
「調査報告書に事実誤認はありません」
事務総長が淡々と答えた。欧州連邦大使が続く。
「我が国の輸送艦が例のコンテナ群の近くを通過したのは事実だが、火星独立戦線のミサイル運搬・設置を手助けしただけでなく、火星独立戦線に工作員を送り込んでいただと?」
「そんな荒唐無稽なことがある訳ないだろう! この調査報告書は、スパイ小説か何かかね?」
「ノンフィクションです。小説ではなく調査報告書ですが……必要があれば根拠資料を提出させていただきます」
事務総長が無表情で答えた。日本大使は無言のままだ。
「……事務総局は一体何を考えているのかね? いずれにせよ、この調査報告書は認められん」
苦虫を噛み潰したような顔でアメリカ大使が言った。
事務総長が眉一つ動かさずに答える。
「先ほど、当該報告書を事務総長名で公表しました」
「なっ?!」
各国大使が絶句した。各国大使の随行職員が確認のため会議室から走り出る。
事務総長が話を続ける。
「調査報告書の最後に記載させていただいたとおり、今回のミサイル攻撃事案は、日本を除く常任理事国が共同して引き起こしたものであり、その最終的な目的は、火星独立の阻止にあると断定しております」
「貴様……何が目的だ!」
アメリカ大使が叫んだ。事務総長が冷静に答える。
「目的ですか? 強いて言えば、火星の住民に正しい情報を提供することでしょうか。我々事務総局は、火星諸都市の住民に対する公共サービスの提供が任務の1つとされています」
「正しい情報に基づき、諸都市の住民から新たなサービスの提供を求められれば、我々は可能な限り対応します。仮に、そのサービスが『火星の独立』であったとしても」
「それでは失礼いたします」
事務総長がにっこり微笑むと、各国大使が止める間もなく、オンライン会議から退室した。
† † †
「い、一体これはどういうことですか?! 私が事前に見た報告書と内容が全然違うではないですか!」
会議終了後、事務次長が事務総長に詰め寄った。
「ごめんなさい。何か手違いがあったみたいね」
事務総長が申し訳なさそうに言った。事務次長が叫ぶ。
「今すぐあの報告書を撤回してください! 秘書官、事務総長は錯乱している。警備員を、いや警察を呼べ!」
秘書官が総長室のドアを開けると、ドアの前に数名の警察官が立っていた。
事務次長が警察官を見て声を上げる。
「おお、早いな。各国から指示でもあったのか? 事務総長は錯乱されている。病院へお連れしろ!」
警察官が総長室に入ってきた。事務総長ではなく、事務次長の周りを取り囲む。
「な、何のつもりだ?!」
「事務次長はお疲れのようね。オフィル市内の高級ホテルを予約してるので、そこでゆっくりお休みになってください」
事務総長が笑顔で頭を下げた。呆然とする事務次長を警察官が連れていく。
「総長! あなたのやっていることは犯罪だ! 常任理事国に対する反逆だ! 必ず後悔することになるぞ!!」
事務次長が叫びながら部屋を出ていった。
「後悔ね……5年前、夫を失う前にこれが出来なかったことが私の後悔よ」
事務総長が誰にも聞こえない小さな声で呟いた。