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15 工作員

 地球からの招待者が火星を出発した翌週末の午前中。資料調査部調査第2課の執務室でボーッとしていた桐野に、カタリナが声を掛けた。


「共同警察局から連絡がありました。火星独立戦線の構成員がリーダー以外全員逮捕されたそうです」


「おお、リーダー以外全員? と言うことは、常任理事国の工作員も捕まえたの?」


「はい。宇宙港で地球行きの旅客船に乗り込む直前で逮捕したそうです」


「やるねえ、共同警察局! 構成員のうち工作員については何も情報がなかったはずなのに。大手柄だよ。常任理事国は慌ててるかもね」


 桐野が手を叩いて喜んだ。


「どうしてリーダーは逮捕されないんですかね?」


 カタリナが残念そうに言った。桐野が不思議そうな顔をした。


「えっと、カタリナさん? どうしてそんなに残念がってるの? 傷ついちゃうなあ」


「まあ、リーダーについては証拠がないんだろうね。万が一あったとしても、高度な政治的判断により逮捕されないだろうけど」


 桐野がクククと笑った。カタリナが話を変える。


「で、この後どうされるんですか?」


 桐野が椅子にもたれかかりながら答える。


「そうだねえ。その工作員にちょっと会わせてもらおうかな。差し入れしたいものがあるし」


「承知しました」


 カタリナが机上端末で連絡を取り始めた。



† † †



「はい、どもども、失礼しますね」


 警察官達の非協力的な視線を受けながら、桐野がカタリナを連れて共同警察局の取調室に入った。


 取調室の手前には取調官が、机を挟んだ向かいには、ふてぶてしい態度のラテン系の工作員が座っていた。


 桐野が取調官に話し掛ける。


「彼は何か話しました?」


「このとおり、黙秘したままだよ。本名さえ分からない。資料調査部が何のようだ?」


 あからさまに嫌そうな顔で取調官が聞いた。桐野がヘラヘラしながら答える。


「ちょっと彼に差し入れがありましてね」


 桐野が鞄から1本のワインを取り出して、取調室の机に置いた。それを見た工作員の眉が、一瞬ピクリと動いた。


 桐野が笑顔で工作員に話し掛ける。


「ほら、これ知ってるでしょ? 君が地球行きの旅客船で任務成功の祝杯用に頼んでた上等なワインだよ」


 そう言うと、桐野がカタリナからワインオープナーを受け取り、その場でワインを開け始めた。


「一体何のつもりだ!」


 取調官が怒鳴った。桐野はそれを無視したまま、使い捨てコップを1つ取り出すと、ワインを注いだ。


「旅客船の中で火星を眺めながら、これを飲みたかったでしょ? でも、飲まなくて良かったと思うよ」


 そう言うと、桐野がポケットから試薬のようなものを取り出し、コップの中に入れた。すると、コップの中のワインが変色した。


 桐野が嬉しそうに話す。


「ほら、やっぱり毒入りだった」


 工作員の顔色が変わった。取調官が驚いて桐野に聞く。


「毒入りだと?!」


 桐野が笑顔で答える。


「そう、毒入り。しかもかなり特殊な毒だね。普通の検査では見つからない。常任理事国の某国の諜報機関がよく暗殺に使うものだ」


 桐野が笑顔のまま、工作員の目を見つめた。


「いくら君が某国に忠誠を尽くすつもりでも、某国はそれに報いるつもりはないみたいだよ? ペッテネッラさん」


 工作員が目を見開いた。


「なぜ俺の名前を知ってる?!」


「ヒ・ミ・ツ♪」


 桐野が人差し指を口に当てて茶目っ気たっぷりに言うと、手を下ろして話を続ける。


「君のしたことは大体把握しているんだけど、答え合わせがしたいんだ。協力してくれれば、君の身の安全を保証するよ?」


 工作員はしばらく沈黙した後、桐野に聞いてきた。


「本当に身の安全を保証してくれるんだな?」


「うん、我々としては、大事な証人である君に死なれたら困るしね」


「君の故郷のお母さんの安全も保証する。お母さんは、すでに火星行きの船の中だよ」


 工作員がまた驚いた顔をした。大きくタメ息をつくと、苦笑して言った。


「分かった。協力する」


 それを聞いた桐野が笑顔で答える。


「ありがとう! それじゃ、さっそくペッテネッラさんには死んでもらうね」


「は?」


 工作員と取調官が同時に声を上げた。



† † †



 夕方。桐野が机上端末でニュースを見ると、共同警察局に逮捕されていた火星独立戦線のメンバーの1人が、隠し持っていた毒を飲んで自殺したことが速報で流れていた。


「警察も謝罪会見で大変そうだなあ」


 桐野がニヤニヤしながら言った。カタリナが呆れた顔で言う。


「ほんと、人が悪いですね」


「心外だなあ。工作員から貴重な情報を得られる算段がついて、しかも工作員とその大切な母親を暗殺の危険から守ったんだよ。むしろ私は正義の味方だよ」


「常任理事国に怪しまれないよう、母親の偽の死亡診断書まで作ったんだよ。ほんと調整が大変だったんだから」


 カタリナが疑い深い目で桐野を見た。


「そもそも、あの工作員は命を狙われてたんですか?」


「時間の問題だったと思うよ。常任理事国が彼を生かしておくメリットは何もないからね」


 そのとき、執務室に勤務時間終了のチャイムが流れた。


「よし、本日のお仕事終わりっと。カタリナさんも一杯どう?」


 桐野が取調室から持ち帰ったワインのワインストッパーを外すと、2つの使い捨てコップに注いだ。


「毒入りのワインだったんじゃないんですか? いりません」


「そっか。残念だなあ……あ、美味しい! こんな美味しいワイン飲むの初めてだよ。ペッテネッラさんってワイン通なのかな。今度おすすめを教えてもらおうっと」


 桐野が美味しそうにワインを飲んで言った。


「ほんっっとに、人が悪いですね! 一杯いただきます」


 カタリナが悔しそうな顔でそう言うと、ニヤニヤしている桐野からコップを受け取った。

続きは明日投稿予定です。

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