03話 家族と名前
その時は、それから一月もしないうちにやってきた。
(友達……か。仕方がない、我が友達になってやるわ。感謝せよ!)
(ああ、よろしくな!)
うおおお……スライム! スライムがおる!
僕は岩陰に隠れてこっそりと、二匹のやり取りを見守っていた。
スライムとドラゴンの会話って、完全にゲームだし。正直ワクワクします!
(友よ、我にも"どうしても"の頼みがある。聞いてはくれぬか)
(何だよ? 急にどうした、改まって)
急にヴェルニカが我の後ろに隠れよって言ってきて、様子を見てたら水飴みたいのが急に現れて…………
あれよあれよとヴェルニカとスライムが念話で話しだした展開を思い出していると、ヴェルニカが真面目な雰囲気でスライムに言う。
(お前は同郷の者を探しに行くと言ったな。実はここには、恐らくお前と同じ異世界から転生してきた者がいる。外へ出て世界を見て回るのであれば……そいつを連れて行ってやって欲しいのだ)
それは明らかに僕のことだった。
思わず、身を潜めていた岩陰から走り出る。
(ヴェルニカ……!)
(おお、もう出てきて良いぞ。お前も聞いていただろう、こやつはお前と同郷のようであるし、何より我と友達となった。安心してお前を預けられるというものだ)
(それじゃ僕は良いにしても、ヴェルニカが……)
僕が隠れていたのは、この高濃度マナの中を平気で近付いてくる異質なスライムを警戒したヴェルニカの指示だった。万が一にも僕に危険がないようにと。
その上ヴェルニカは、生まれたこの場所しか知らない僕を、外の世界へ送り出そうとしてくれている? 話し相手が出来て嬉しそうだったくせに、本当は寂しがりのくせに、僕のために?
(お前をいつまでも我に付き合わせ、閉じ込めておくわけにもいかぬしな! 我が動けぬ以上、お前を一人で外へ出すことには躊躇いがあったが……ここに良き機会を得た)
(……ヴェルニカ)
まさかヴェルニカの親心が、ここまで真剣なものだったなんて。過保護だとか残念だとか思って悪いことをしたな……ヴェルニカは本当に、僕のことを大事に思ってくれていたのに。
(あのーお取り込み中すいません……)
うっかりヴェルニカと二人の世界を作り上げていたところへ、声が掛かった。
蚊帳の外にされていたスライムが、おずおずと丸い身体を揺らしてこっちを見ている。
(その子は、人間……?)
(ウム、こやつは元人間でな。お前と同じく、魔物としてこの世に転生してきたそうだ)
(あ、初めまして。前世は人間、今はこっちでドラゴンやってます)
そうだ僕、子供風の人間形態のままだった。
『身体変化』を解くと、僕は小龍に戻る。元人間だと言うし、僕も本当の姿を見せたほうが良いと思って。
(龍ってことか……人間になれるんだな)
(うん。ヴェルニカもなれるらしいよ?封印がなければ)
(そうか)
で、スライムは元人間という僕に親近感を持ってくれたようで、そういうことなら一緒に行こうと言ってくれた。更にはヴェルニカに、ここで封印されたまま消滅を待つくらいなら自分のスキルで装備品?に入り、時間は掛かるかもしれないが封印解除のために解析を続けてみないかと提案をして。
ヴェルニカはノリノリだった。
(面白い、是非やってくれ! お前に我の全てを委ねる! ──おっと、その前にお前達へ名をやろう。お前達も我ら共通の名を考えよ。我ら三体が同格ということを魂に刻むのだ)
(ほほう……名字みたいなもんを考えればいいのか?)
三体…………
あっ、それ僕も? じゃあ僕、スライムとヴェルニカの仲間に入れてもらえる……?
…………それって、良いのかな?戦闘能力あんまないけど………
(ね、ねぇ、ヴェルニカ、僕は)
(ぬう、また断る気か……いいか、名付けはお前にとっては"加護"にもなるのだ、嫌だと言うなら外へは出せんぞ。)
(何でそんなに……)
(解せぬのは我の方だ! 何故そこまで名付けを嫌がる)
(嫌ってわけじゃなくてさ)
(ならばよかろう? 名付けるぞ? 文句は無いな?)
(……わかったよ、ありがとうヴェルドラ。格好いいやつ付けてくれよな)
(任せておけ! さあ、お前も我らの名を考えるがいい)
自信満々のヴェルニカはスライムの名前を考え始め、僕達の方は、ぽよん、ふわり、と額を突き合わせる。
緑、龍……と僕も協力して案を出すような振りをすると、やがてスライムが「エメラルド」と呟いた。良いかも!僕も賛成し、ヴェルニカは一瞬でその名前を気に入ってくれた。
(素晴らしい響きだ、今日から我はヴェルニカ=エメラルドだ!
ではお前には……"レイ"の名を授ける! レイ=エメラルドを名乗るがよい!
そして、お前の名は──"ルカ"!)
ルカ。その名前が僕の魂に刻まれる。
きっと初めに僕に名をくれると言った時から、決めていてくれたんだろう。
(ルカ=エメラルドを名乗るのだ!)
レイとヴェルニカは友達。
じゃあ僕はレイとは、ヴェルニカとは、どんな関係ってことになるんだろう。
ヴェルニカの友達はレイ、っていう印象があるし、ヴェルニカは僕を自分の子供みたいに思ってそうだし、僕も親代わりだと思ってていいのかな。
というか僕は名前を提供してないわけだけど、それでも三人とも同格なのか……?
ああでも、実際の名付けはヴェルニカ主動だったみたいだし、ヴェルニカが三人平等になるようにしてくれたんだろう、たぶん。
こうして僕は、ルカ=エメラルドになったのだ。
◇
俺のスキル『神創精錬』を使用し、ヴェルニカを龍玉へと収める。
『接続者』の太鼓判があったとは言え、あれだけデカイ竜がよく小さい玉に入りきったもんだ。
精錬はあっさりと成功し、辺りにしんとした静けさが広がる。
残されたのは俺と、同じく元人間の転生者であるという、小龍のルカ。
ルカはヴェルニカの目の前で生まれてから面倒を見て貰っていたらしく、ヴェルニカにはずいぶん懐いている様子だった。どうやら末妹らしいし、しんみりとした気配を感じた。
(まあ何だ、元気出せって。ヴェルニカはすぐに出てくるって言ってただろ)
(……そうだね。ヴェルニカのこと、頼むよ)
これから俺はルカと洞窟の外に出て、世界を見て回る。
友達のヴェルニカからこいつを預かったわけだしな、俺がしっかり責任を持つとしよう。
龍玉を『収納』し、ルカへと意識を向ける。
(なあ、そういえばさっきの、人間の姿にはならないのか?)
ルカが登場した時には、完全に人間だと思ったな。まだほんの小さな女の子と言っていい姿で、青みがかる白髪のふわっとした髪に、真っ白な肌、琥珀のようにキラキラした澄んだ目。正直めちゃくちゃかわいくて、どこの画面から抜け出してきたんだよってくらいに現実味がなかった。
(ん、なれるよー)
光る水がルカを覆い隠す。何もない空間から徐々に水が集まり、ボールのような球体を経て、パシャリと水地面へ落ちると、先程見た少女が現れた。
これは……守護らねばならんな。
(どや!レイもはよ人間なってな!)
(簡単言うな!)
人間の姿になったレイは、心なしか念話の声を弾ませた。
(でもこれで僕達、仲間っぽくなったんじゃないかな?)
(……まあな。モンスターを従える系のゲームのな!!)
スライムと人間。レイの後ろを歩けば、もう完全にモンスターなマスターやで。
せっかくなので、前世のことも交えて互いに軽く自己紹介をした。
レイの前世の名は、思い出せないらしい。男子中学生。僕って言ってた時点で男だとは思ってたけど、それなら何で外見が美少女なんだよ詐欺だろ。
というか、享年十四歳だと……? まさかの十代、ティーンとかピチピチすぎるぞ羨ましい! ……いやコイツも死んで転生してきたわけで……人生を終えるには、十四年という時間は余りにも短い。
というか、死ぬとき俺を庇ってくれたのも中学生・・・まさかな・・・
幸か不幸か生まれ変わって、また命を得たんだ。魔物ではあるが、今度こそこいつが充実した人生を送っていけるよう、先輩として道標になってやらねばなるまい。美少女は守護するものだ。うん。
(だったらルカ、お前はこれから俺の妹ってことにしないか?)
(……い、妹? いいの?)
(俺達は同じ名前を持って、同格になったんだろ? もう手っ取り早く兄妹でいいんじゃないかと思ってな。)
透明感ある薄青いスライムの俺と龍のルカ、明らかに種類が違っているが、細かいことは気にしないのだ。ちなみに俺には兄が一人いただけだし、ルカは一人っ子だったそうで、お互い新鮮な気分が味わえそうだな。
正直生まれてこの方38年・・・妹が欲しかった。
友人から聞く足蹴にされ良いものではないというと言う意見やらなんやらがあったが、それもある種ご褒美だろうがッッ!!
(じゃあ……そうする。よろしく、レイ)
(ああ。それじゃ行くか、ルカ)
ステータス
名前:ルカ=エメラルド
種族:小水龍
称号:転生者(自覚により取得)
魔法:なし
ヴァリアントスキル:『護心竜水』 『水ノ心得』
エクストラスキル:『身体変化』『マナ感知』『水脈感知』
コモンスキル:『念話』『浮遊』
耐性:炎熱耐性、毒耐性
◇
名前:レイ=エメラルド
種族:スライム
称号:転生者
魔法:なし
ヴァリアントスキル:『神創精錬』 『接続者』
エクストラスキル:『マナ感知』『収納』『解析』『模倣』
コモンスキル:『念話』
耐性:炎熱無効、毒無効、痛覚無効、出血無効
・・・スライムは強い (確信)