14話 狐人族
森を駆け、戦闘の行われている場所へ辿り着く。
そこには仲間のコボルトや狼がいて……
長い尻尾を持つ和装の獣人達と戦っていた。
木々の陰から戦況を窺う。
コボルト達が各々対峙している相手は、他のコボルトや影狼達を何らかの手段で眠らされているようだ。今のところ誰も大きな怪我は確認していないが、悠長なことは言ってられない。現時点でも見ている限り獣人達の戦闘能力とマナの量は馬鹿にならないと感じられる。
『──ッ、君! 後ろへ跳んで!』
僕からの『念話』に瞬間的に反応し、舞い上げた水に紛れて飛び退いたコボルトが、目前を掠める太刀筋から逃れた。唐突な無茶振りだったのに、何も迷わず即座に行ったな……コボルトは跳ぶ勢いを付け過ぎたようで、着地で足をもつれさせてすっ転んでいた。
僕はこけたコボルトの前へ出る。
「あ、ルカ様……! た、助かりましたっす!」
コボルトの相手である老齢の黒髪の男獣人、殺意にじませこちらを注意深く観察するそいつは、和装にピンとたった耳と長い尻尾を揺らしながら、刀を構え僕を見据え、深追いしては来ない。っていうかあの爺さん化物だった、今僕が撒いた水を斬ったぞ。水の幕にバッサリと裂け目が発生したのを見てしまった。敵ながらすごい技量が伺える。
「ルカ様! 何故ここに……危険です、お逃げ下さい!」
紫髪を大刀を持つ女獣人の相手をしている他のコボルトが、僕に気付いて叫ぶ。
あの、僕の顔見て即逃げろはちょっと……僕も戦力に数えて欲しい。
僕は何も獣人達に会ってみたいとかいう、ミーハー気分丸出しで一直線にダッシュしてきたわけじゃない。みんなを『守る』ためにきたんだ。
上位種族と感じられる獣人達、そんな実力者達を相手に、皆は苦戦を強いられることになる。現状戦闘中の皆に水を纏わせて鎧のようにしなんとかなっているけど、このままだと追い込まれた仲間が獣人に斬られるし、僕は回復薬を持っていないので回復してあげることが出来ない。
なんとかレイが来るまでの時間稼ぎをと僕考えていた。
「我が主よ! このような醜態を晒し、申し訳ありません……!」
大きく跳躍して、離れた場所からギンガが俺の傍にやってきた。
コボルトと狼のペアと紫色の女獣人も互いに相手を牽制しながら距離を取る。
ギンガがグルル……と唸りを上げて獣人達を睨み付け、コボルトが状況を手短に説明してくれた。森の警邏中に獣人と遭遇したとか、警備隊の皆は魔法で眠らされているだけとか、赤髪の男獣人がリーダーのようだとか。
「それで、何で獣人と戦うことになったの?」
「既にあちらは臨戦態勢だったもので、そのまま……」
「じゃあちょっと事情を聞いてみた方がい──ギンガ! 上の奴を!」
頭上から飛来する二本の剣筋。散開した僕達のうちギンガが地を蹴って飛び出し、青髪の獣人を迎え撃つ。そして確か、今まで静かに様子を伺っていたのは青髪と…………
不意打ちを逃れて離脱した僕の進行方向に、ぬっと現れる黒い影。
なるほど、僕は誘い出されたか。
若い黒髪大男の獣人の振るった大槌が僕を捉える。バシャッ! 展開していたと水の鎧が崩れるが、慌てることはない。復元するついでに僕の水に埋まった大槌を、すかさず巻き取っておいた。
そこへコボルトが追い付いてきて、武器を失った大男獣人はその場から退く。
「若。俄かには信じられぬ力を持つ魔人ですが、どうやら奴は水の術に長けているようですな」
老齢の獣人の指摘を受けて、赤髪が僕に目を向けた。
僕がこの戦闘のキーマンと気がついたようだ。まあ、さっきからガンガン水撒き散らしてるしな。
二人の後ろには桃色髪の女獣人が控えている。ギンガは青髪と、コボルトと狼は紫髪と交戦中だ。
「貴様がコボルト共の主か?」
「ああそうだ、僕は兄のレイと共にコボルト村の守護者をしてる。お前達の目的は何だ?」
「目的だと……ふざけたことを聞く。それは貴様らが一番よくわかっているだろう!」
赤髪の纏う空気に怒りが籠る。質問の仕方を間違えたみたいだ。
いや、意味がわからない。急に襲って来た挙げ句に怨敵の様に接せられるなんて。なんとか相手を刺激せず、話し合いに持っていくにはどうしたら…………
「コボルトや魔人が、揃ってこのような進化をするとは考えられん。やはり貴様らも、あの悪魔の魔人の一味なのだろう……違うか!」
違うよ。悪魔ってなによ。
とりあえず今のうちにと、『念話』をギンガに繋げる。
『ギンガ、レイに救援要請を。もう呼んである?一緒に居たよね?』
『調べ物があると一人で洞窟の奥へ向かいまして・・・異変に気づき、おそらくレイ様も急ぎこちらに向かっているはずです……!』
『ん、了解……』
来るのが遅いと思ったら、レイと別行動中だったとは。
レイが来るまで、僕にこの場を持たせることは出来るんだろうか……?
「余裕だな。思案している暇があるのか?」
赤髪が不敵に笑う。
あれ、隣の老人がいない──?
一筋の閃光のようなものが走るのを見たかと思ったら、景色に真っ赤な鮮血が飛んだ。瞬時に間合いを詰めてきた老人の刀が、一撃で僕の右腕を切断したのだ。切り離された腕が宙を舞う。
近付かれたことさえ気付かなかった、こんなの本当にあるのかよ。
「ルカ様……!」
コボルトの声が聞こえる。
ダメか……僕じゃレイと違って、避けることも出来ないんだな。
斬り飛ばされた腕が形を維持出来なくなり、さあぁ、と崩れた水が空中へ散る。
…………意識が薄れるのを感じる。
不思議と痛みはあまり感じられず、ピリピリとした感覚と、身体から熱が抜け落ちる感覚が混ざり合い、寒さを感じる。
変化した身体がどういう扱いかわからないけど、人生始めての大怪我で動きが止まった僕は、戦闘中大きな隙をさらしてしまう。
失いかける意識の中で、がむしゃらに水を展開し、獣人達を押し流そうと試みる。
獣人達としても、なりふり構わず力を行使している僕の姿が異様だったのか、下手に動かず木々を伝って激流を回避した。
「これじゃたり…ない…!」
「魔人と言えど、子供。これで決まりましたかな……」
「はっ!・・・ふぅ、ふぅ・・・・うぐぅ」
「問答無用だ。魔人となるほど進化していようが、所詮は子供!」
ゴオ、と赤髪の周りに熱が生まれる。
ああ……だめかもなぁ……
よし、最後にあの攻撃はなんとかしよう。
あの獣人の感じからすると炎での攻撃。僕の水は炎を消ししながらも、水蒸気で煙になる。要するに、煙幕はって味方に逃げてもらお…………って、え!?
突然、僕の目の前に飛び出して来た二つの背中。
明らかに僕の盾になろうとしているその行動に、慌てて叫ぶ。
「みんな! 何やってんだ危ない、下がれ!」
「出来ません! ルカ様、どうかお逃げ下さい!早く傷のお手当を!!」
「ギンガさん聞こえますか!? ルカ様を頼んだっす!」
何で……
いや待って待って、何で僕を庇う!? お前らは、僕よりも死ぬ可能性高いだろ!
ギンガも僕の元に駆け付けようとしているが、桃色髪の風魔法とソ青髪の俊敏な動きに妨害を受けている。距離を取ることもさせてもらえないようだった。
っていうかこれ、僕が来たから仲間達を炎に巻き込みそうになってる? レイだったらこんなことにはなってないのに。せめて二人に被害がないように……!
ふらふらしながら、喉の奥からかすれた声を張り上げる。
「獣人! 間違えるな、相手は僕だ! 仲間に手を出すな!」
「コボルトに用はないが……退かぬなら焼き尽くすまで──」
何を言っても二人はそこを退かないだろう。
全力でコボルト達目掛けて水を降らせ、足止めというか、水で埋めた。炎の直撃を受けては流石にきついだろうが、熱波程度ならば水の壁は二人を守ってくれるはずだ。
「喰らえ、狐火・爆炎華!」
僕が一度に操れる水の量には限界がある。コボルトを閉じ込める水の操作で精一杯で、僕の防御に回す余裕が無い、という残念な結果になっているが、僕は気合で耐えてやる……!
なんて、精神論ではそう上手くいくはずがなかった。
巻き起こった灼熱の炎の渦に飲み込まれる。
ほぼ無防備な僕は、顔を左手で守りながらも、肌に自動的に貼ってある水がジュッと蒸発し、炎が身体を焼いた。
ドロリと身体の焼けただれる感触。
駄目だ足りない、僕の身体の水だけじゃ、この火炎から身体を守れない。
身体の一部を失ったくらいなら僕は『変化』すればきっと元に戻る、でも、全部が溶けてしまったら……?
「……ぎっ!」
──溶けて無くなる。
感じた震えは、恐怖だったのかもしれない。
◇
「お前ら、俺に妹に何をしている?」




