異常な幽霊
男はしがない会社員であった。
給料は低かったが独身なので金がかからない。
そのためすこしいいマンションにも住めたし日常で金欠の心配をすることなどなかった。
男は重たい体をベッドから起こし、瞼をこする。
今日は月曜日・・・・・・また今日から1週間あくせく働くと思うと憂鬱な気分になる。
男は部屋の電灯をつけ、周りを見回してから初めて部屋に自分以外の人影があることに気づく。
男はおびえながら言った。
「おい…あんた誰だい・・・? もしかして強盗とか・・・?」
「ああ、やっと起きましたか、待ちくたびれましたよ・・・それに今回は幸運なことに言葉が通じる!」
「何意味の分からないことを・・・警察呼びますよ・・・?」
「まぁひとまず落ち着いてください・・・ 別に強盗をしに来たり、あなたに危害を加えようってんじゃないんです」
そいつの風貌は人当たりのよい好青年といったところだった。
それに強盗なら目出し帽のひとつでもつけてるべきだが、そいつは指紋を消すための手袋すらしていなかった。
要するに、その青年は強盗にふさわしくない、まるでその辺を歩いている通行人みたいな服装なのである。
「じゃああなた、一体なんなんです?」
「そうですね…ありていに言うなら幽霊と言ったところです」
本人は幽霊と言っているが、青年はとても幽霊とは思えないほど血色が良かった。
「なんとまぁ、ばかばかしいことを さては寝てる間に頭のおかしい奴が家に入り込んでしまったらしい」
「百聞は一見にしかずってやつです いくら説明してもキリがない
私に直接触ってみてください」
男が青年に触れてみると、いや、触ろうとすると男の手が青年の体を突き抜けた。
枕やペンも投げつけてみるが、それらは全て青年を通り抜けて後ろの壁にあたるだけだった。
「驚いた…どうやら本当に幽霊らしい… となると、君は誰の幽霊なんだい? 僕は人に化けて出られるほどひどいことをした覚えはない 僕のご先祖様かなんかだったり…?」
「いえ、違いますよ 全くの赤の他人です」
「じゃあなんで…?」
「わかりますよ、疑問はもっともです 簡潔に言うとですね、人は死んだら霊界ってところに行きます そこには同じく死んだ人がたくさんいるのですが、何もないところなのです 山も川もない、殺風景な白い地面が永遠と広がっているだけ… 私も最初は他の人たちの話を聞いたり、逆に話したりして気を紛らわしていました けれど、いかんせんそれがずっと続くわけがない 要するに会話のネタが尽きてしまうわけです」
「なるほど、でもそれとこれにどんな関係が…?」
「ですから、これは会話のネタ集めなのです 私たちは時たま世界中の人の中からランダムで1人にこうして1日だけ取り憑くことができる…」
「なるほど、そいつは羨ましいもんだね 働くこともないし、ランダムってことは若い女に取り憑くことだってあるわけだろう?」
「ええ、まぁ ですが人は死んだら食欲とか性欲とか、そうゆうのは失われてしまうのです 人は生きるために物を食べて、種を残すために交尾をする 死んだらもうそれらは必要ないわけですからね 当たり前と言えば当たり前です だから女性の裸を見ても私は何とも思わない…生きていた頃は別ですけどね」
「そういうもんかね だかまぁ僕の1日なんてはたから見たらつまらないものだと思うよ」
「かまいませんよ あんな殺風景な場所にいるより何倍もマシです… それより朝のニュースをつけてくれませんか? 最近の情勢とかを見ておきたい」
男がテレビをつけると青年は食い入るように見始めた。
男はトーストを焼きながら少し考え込んだ。
(それにしても今日は会社に行くかどうか… まぁ休むと言っても上司になんて言えばいいか… 幽霊が取り憑いているから休むなんて口を滑らしたら頭のおかしい異常者だと思われかねない…)
結局男は出社することに決めたらしい。
そそくさとトーストを食べ終わると鞄を持って家を出た。
「流石に幽霊というだけあって他の人からは見えないんだな、おまえ」
「えぇ、もちろん姿は見えないし声も聞こえません なのではたから見ればあなたはずっとぶつぶつと独り言を呟いている…さぞかし奇妙に見えるでしょうね…」
「構うもんか、こんなこと残りの人生にもう二度とあるまい 今日だけなのだから周りの目など気にせずに行こう」
男は会社につき、仕事を始める
「ずいぶんと、大きい会社ですね… 何の会社なんですか?」
「ウォーターサーバーの訪問販売をやってるんだ、もっとも私は売り上げが出せずに雑務を押し付けられてるだけだがね」
「雑務だって、会社にとって重要な仕事ですよ 一見関係ないように見えて、あるとないとじゃ大きく変わる…」
「そういってくれて嬉しいよ… でも今の僕は要らない書類をシュレッダーにかけるくらいしか仕事がない…要するに会社からやめろと言われているようなものさ と言っても自分からこの生活を手放す気にはなれない、あと2、3年は粘るつもりだよ」
そう言って男は苦笑した
「そう言うわけで会社にいる時間ほとんどが暇なんだ そこでひとつ僕に何か楽しい話をしてくれないか?」
「そうですね… じゃあアフリカかどこかのギャングに取り憑いた話でも… そいつ、朝起きて私のことを見るなり何か大声で怒鳴って、まぁもちろん相手の言葉なんてわからないので無視しているといきなり拳銃を2発私にブッパなったんですよ…! でもその後無傷の私を見たそいつの表情と言ったら――――」
時々、1人で笑ったり何かをつぶやていてる男を見て周囲の人は気味悪がった…なにせただでさえ仕事のできないシュレッダー係として皆から嫌われているのだ。
ところで、現実に現れることができるのはあの青年だけではない。
だから、きっともっと大勢の人がその男のような経験をしているはずである。
なのになぜ、みなそのことを知らないのだろうか。
答えはきっと単純である。
全員が全員そのことを自分の胸の中に秘めているのだ…
話したところでどうせ信じられないし、異常者扱いされるのがオチなのだ あるいはすべて男の妄想で……