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001 予感


 


「つまり犯人は『死亡推定時刻』や『遺体鑑定』について、詳しくは知らなかったのだと思われます。自ら毒を飲んで命を絶った桜さんの遺体を、わざわざ自分の家まで運搬し、そして首元に跡を付けた。その理由は、そうすれば自分が『犯人』になれると考えたからではないでしょうか」


まるで台本を読むような口調で、すらすらと話す朱音あかねさん。

僕は「ふむ」と相槌を打つ。


「亡くなった桜さんと、犯人を名乗り出て自首した透さんは、恋人関係にあったと仰りましたよね。事件の少し前に、二人の間に何かトラブルでもあったのではないでしょうか。そのトラブルがきっかけで、桜さんは毒を飲み自殺するという選択をした。

その後、桜さんの部屋で遺体を発見した透さんの心の中には、桜さんが死んだのは自分のせいだという責任感のような感情が生まれた。

『自分のせいで彼女は死んだ』———そう透さんは考えた。

だから透さんは、桜井さんの遺体を、彼女の部屋から自分の家へ運び、そして首筋を強く締め付け、警察署に出頭した。

その死の責任を自分自身になすりつけようとしたのです」

「なるほど……」


僕は唸った。それはあるかもしれない。

「それなら、彼が話す殺害方法と、被害者の死因が違うという不可解な点も、上手く説明できる。そうか、首に跡を付け、その犯人が自分自身だと主張すれば、形の上では死の責任が自分のものになる———彼はそう思ったのか。せめてもの償いとして、桜さんの死を法律上では自分の行いの所為にしようと試みた。

しかし彼は、現代の遺体鑑定技術が、正確な死因を特定できることを知らなかった。

桜さんの死因が絞殺ではなく、毒によるものだと鑑定から判断できることを知らなかった……。なるほど……」

「ただ、今の話はあくまで来栖くるすさんの話を聞いて出した推論にすぎませんから、過信はしないでくださいね」

「ええ。しかし概ねそれで正解だと思いますよ」


雨が強くなってきた。僕はワイパーのレベルを一段階引き上げる。


「ありがとうございます。朱音さんのお陰で、また事件が一つ解決できそうです」

「それは良かった」

「今度何かお礼しますね」

「いえいえ。礼には及びません。それに、こうして職場から家に帰るアシとして来栖さんの車に乗せてもらっているのですから、それで十分ですよ」

「そうですか?でもなあ……何度も朱音さんには助けられてますし……。僕としては、もっとちゃんとしたお礼をしたいんですけど……」

「あ、そうだ」

「?」

「じゃあ今度、私と一緒に食事にでも行きませんか?駅前にできたイタリアンのお店が気になっているんです」

「いいっすねー。最近オープンしたんですか?」

「ええ。有名なシェフのもとで修行を積んだ料理人がやっているとか」

「へえー」

「あ、この辺りで大丈夫です」

「あ、了解っす」


僕は道路の脇に車を停めた。

月は見えない。雲が空を覆い隠している。


「そうだ、さっきのイタリアンの話ですけど、来栖さんさえ良ければ、再来週の水曜日とかどうですか?なんか急にスケジュールが空いちゃって」

「マジすか。全然大丈夫っすよ。行きます行きます。予約取っときますよ」

「あ、それは私がやっておきます」

「いやいや僕が取っときますよ」

「いえ本当に大丈夫です。そんな事よりも来栖さん、次はもっと難問をお願いしますね」

「難問?」

「ええ。とっておきの事件を用意しておいて下さい。今日のはちょっと簡単でしたからね」

「………え、あ、そうすか。はい。分かりました」

「それでは、また」

彼女はそう言い残し、ぱたんと静かにドアを閉めた。

真っ赤な傘を差し、てくてくと遠くへ歩いていく。

……………。

…………………。


(やっぱちょっとおかしい人かも知れん)

その華奢な後ろ姿を見ながら、僕は思った。

おかしいというか、やばい人と言うか……。

「とっておきの事件」って、ちょっと倫理的にどうなんだと言いたくなる発言である。

いや、別に悪い人では無さそうだけれど……。うーん。


僕は考えるのを一旦やめて、車を発進させた。ここから僕の家までは、まだ距離がある。


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