速さの目覚めと哀しき少女
魔法世界 どこかの洞窟
いつもの長方形の机を囲んでマゼラン達が座っていた。ただ、前と違い2つ空席がある。
ミゲルとドルチェである。
2人はトシキ達に挑み、結果敗北。ドルチェは逃走、ミゲルはヴァニタスによって殺された。
ただ、ミゲルの事を知っているのは殺した本人のヴァニタスだけのため、マゼラン達はトシキが殺したと思っている。
「旧世界のヒヨッコ達が我らの同胞を2人倒した。幸い2人とも欠けてもあまり支障がない者だったがな。」
マゼランが鼻で笑った。
「ちげーねーな!ドルチェはちょっと痛かったがミゲル程度そこら辺の魔法使いと変わりゃしねーよ。」
下品に笑いながら一人の男が言った。
「…確かに、ドルチェは痛いな。ヤツのゴーレムは軍の魔法使いを一掃するのにもってこいの存在だったからな。」
ドルチェのゴーレムの強度は、普通の魔法使いでは壊すことのできないほど固く、壊せる位の強さがあっても土があればすぐにまた生み出せる。それは小さければ小さいほど強力だった。体が小さい分魔力を余り消費せず、強度と数に余った分を回すことができる。
ドルチェ1人で軍隊を結成できる。
が、ドルチェは魔力が強いことは強いがマゼランや、ヴァニタス程ではなく、ミゲルより少し上の程度である。
そのため、軍隊の様に数は余り多くはできなかった。
ただ、蹴散らす分には申し分ない力を持っていたため、ドルチェの逃走は痛手であった。
「で、ドルチェを探すの?」
机から頭だけ出している1人が聞いた。というか頭しか出せないと言った方が正しいかもしれない。
「…いや。敵を前に逃走したものを探すつもりはない。そんな脆弱な者等いらん。」
そう言いきったマゼランの目は冷たかった。
「そっか…。じゃあ、しょうがないね。」
俯いてしまい机で見えなくなってしまった。
「アイギス。」
マゼランが仲間の名前を呼んだ。
「へ?」
机から頭だけがまた出てきた。
「お前が旧世界のガキどもを始末してこい。」
「わたし?」
急に言われてアイギスは驚いた。
「お前、気になっていただろう?ヤツが。行ってこい。」
「ほーい。行ってきまーす!」
フードを取って、ドアに走っていった。
「…やけに嬉しそうだね。」
「トシキというヤツにかなり興味を抱いてる様だったからな。…」
マゼランがそれだけ言って黙ってしまった。
「どうかしたのかい?」
「いや、ヤツはもしかしたら我々のでかい障害になるやもしれんな。」
マゼランはそれだけ言って消えてしまった。
他の仲間も顔を見合せ次々に消えていった。
「…なるんじゃない。もうなってんだよ、大将。」
怪しく笑いながらヴァニタスが最後に消えた。
・・・・・・・・・・・・・・・旧世界 トシキの部屋
トシキは1人、部屋のベッドで横になっていた。神楽の部屋に行かずに、ただボーッと窓から見える空を見ていた。
「…」
トシキはミゲルとの戦闘で気になっていたことを考えていた。
ミゲルの全身を縛り付ける様な黒い鎖。テリルには見えていなくて、恐らく神楽達も見えていなかったと思われるモノ。
「…なぁ、テリル。ミゲルと戦ったときに聞いた黒い鎖の事覚えてるか?」
自分では考えても全く解らないため聞くことにした。たぶん、ちゃんとした返事がこないだろうと予想しながら。
「えぇ、覚えてます。あれは見た目通り闇の鎖と言います。」
「そっか…。……え!?」
まさか、名前をいってくると思っていなかったため反応が遅れながら驚いた。
「闇の鎖。闇の魔力を体の限界まで使うと出現する鎖です。鎖が出現すると魔力が体を蝕んでいきます。体を完全に鎖が覆ったら最後。闇に召されるか、そのまま体が朽ちるまで破壊を繰り返すだけの存在になってしまいます。」
「…ミゲルはそうなりかけていたわけか。」
鎖に覆われたミゲルの姿を思い出して言った。全身を鎖によって覆われ苦しんでいたミゲル思い出し、なんとも言えない感覚に襲われた。背筋がゾッとした。
「…マスター。大丈夫ですか?」
テリルが何の返事もしないトシキに声をかけた。
「あ、あぁ。大丈夫、話を続けて。」
ハッとなった。
「…はい。それで、あの時にも言ったんですが、あの鎖は普通見る事ができないんです。」
「…あぁ、だろうな。」
見る事ができない人がいるのは予想がついていた。
「で、オレが鎖を見る事ができる理由は何だかわかる?」
神楽達には見えず、自分にしか見えてない事の理由が一番知りたかった。
「鎖を見る事ができるのは、闇の適性のある者か、魔族以上の者ぐらいしか、今のところわかってません。」
「闇の適性のある者か、魔族以上の者…。」
「まぁ、他にもなにかしらあると思いますがあまり解っていないことなので何とも…」
「そっか…」
ますます自分が解らなくなった。練装士なのか、破壊神がどうとか、解らないことだらけで気が滅入ってきた。
「解らないことばっかだな…」
はぁ、とため息をついた。
「トシキー、いるー?」
玄関から名前を呼ぶ大きな声が聞こえた。
「神楽か?いるよー、勝手に上がってきていいよー!」
そういった瞬間に階段をあがる音が聞こえた。
「答えがくるまえにあがってやがったな、アイツ…」
音を聞きながら苦笑した。
「今の話は神楽たちには言うなよ。」
「はい、マスター。」
テリルが返事をした後に扉が開いた。
「よぉ、家に来るなんて珍しいね…って、霊紗もか。余計に珍しい。」
扉の方を見ると、扉を開けた神楽の後ろに霊紗がいた。
「何よ、悪い?」
フン、と霊紗はそっぽを向いた。
「いや、悪くないよ。ようこそオレん家に。特に何もないけどね。」
笑って言った。
「…そうね、普通の部屋だわ。」
トシキの部屋をざっと見回してから言った。窓際にベッド、反対側の壁の方に液晶テレビと、テレビを置いている棚。棚の中にはゲーム機とソフトが入っている。ドアのある方に、本棚がありマンガや、ギター、剣道、武道関係の本が並べられていた。ドアと反対側には勉強机がある。大学で使う教科書が乱雑にのっている。そして、部屋の真ん中に小さな四角い机がある。
いたって普通な感じの部屋である。
そんな部屋を珍しげに霊紗が見回していると、棚の上の物に気がついた。
「…こういうもの集めてるのね。」
霊紗は棚に近づいてそれらを見た。
「ん?あぁ、それね。近くでそれ売ってるの知って、それ買ったら全国の欲しくなっちゃって、遠出したらそこのヤツを買う事にしたんだ。」
棚にはその場所限定で売られている特産物や、有名な建物とコラボしているキャラクターのストラップが並べられていた。数はそこまで多くはないが、結構遠い所の物や、かなり近い所の物もある。
「…そんなに珍しいか?」
まじまじとストラップを見つめている霊紗を見て聞いた。
「別に…。」
ちょっと集めたくなったのをバレないように視線を、つきっぱなしになっているテレビを見た。
テレビは、政治の話をしていた。
「ところで2人して来て何かあった?」
霊紗は部屋に来てからキョロキョロ部屋を見回しているだけ。
神楽は、2人が来てトシキがベッドから降りて床に座り、空いたベッドに横になってゴロゴロしながら、霊紗とトシキのやりとりを見ていた。
「たまには、私の部屋じゃなくてトシキの部屋でもいいかなぁと思って。」
「ふーん。用は暇だから遊びに来たってわけか。」
ベッドの上でゴロゴロしていたため神楽のスカートが乱れたのを気にしながらトシキは言った。
トシキがチラチラこっちを見るのを面白がって神楽はゴロゴロし続けた。
「っても、やること何もないけどね。」
何かないかなぁと部屋を見ながらトシキが言った。
「そうね。」
霊紗も部屋の見回りを終えて真ん中にある小さい机の前に座った。
「何か飲み物持ってくるよ。」
トシキは部屋を出て下に向かって階段を降りていった。
「変な物とかあった?あのストラップ達以外に。」
神楽が枕を抱えて霊紗に聞いた。
「ううん、何もない。思ったよりつまんない部屋ね。」
やれやれ、という感じで霊紗が答えた。
「…じゃあ、部屋の中の物探しちゃおうか!変なもの隠してあるかも、男の子だし!!」
イタズラっぽく笑いながら霊紗に同意を求めた。
「…いい暇潰しになりそうね。」
霊紗も笑い同意した。
「じゃあ、まずは本棚からね。」
ズビシ!、と人指し指を本棚に向けた。
「本の後ろとか本棚の後ろに何かあるかも!」
そう言って、神楽は本棚の後ろを見た。霊紗はマンガや雑誌が変に出っ張ってないか見た。
そんな事が部屋で行われているとは知らず、トシキは呑気にコップを3つ食器棚から出していた。
「…特に変なとこないね。」
本棚を調べ終わった。
「じゃあ、次はこっちね。」
神楽はテレビの置いてある棚を指差した。
「私はベッドを調べるわ。」
霊紗はベッドを指差した。
2人は頷いて持ち場についた。
トシキは、おぼんにコップと冷蔵庫にあったでかいオレンジジュースのペットボトルをのせていた。
「何もない〜…」
「…こっちもないわ」
真ん中の机の前に2人は座った。トシキの部屋から何か変なものが出てこなくて良かったような、何も出てこなくて暇潰しがなくなってしまったので複雑な心境だった。
そこへ、トシキが飲み物を持って部屋に帰ってきた。
「…何かあった?」
2人の様子を見てトシキが聞いた。
「別に何もないよ〜」
神楽がアハハとひきつった笑顔をした。
(…さては部屋物色したな。)
そう思いながら机におぼんを置いて、コップを配りジュースを注いだ。
「で、何か出てきた?」
トシキがイタズラっぽく笑いながら聞いた。
「うっ…。何もありませんでした。」
バレてた事にドキッとしてジュースを一気に飲み込んだ。
「あんたの部屋つまんないわね。」
霊紗は逆に文句を言ってきた。
「つまらなくて悪かったな。」
苦笑いして、自分のジュースを飲んだ。
そんなゆったりした時間を切り裂くように魔力を感じた。
「…空き地か?」
魔力を感じる方向から、だいたいいつもいる空き地の方からだった。魔力もそこそこ大きい。
「いい暇潰しが来たんじゃない?」
霊紗が立ち上がって杖と魔符を確認した。
「うん。」
神楽も杖と召喚様のカギを取り出した。
「じゃあ、行くか!!」
トシキは一気にジュースを飲んでテリルを指輪にしてはめ、立ち上がった。
・・・・・・・・・・・・・・・
いつもの空き地
「え?」
トシキ達が空き地に着くのに時間は掛からなかった。トシキの家にいたため、3分弱で空き地についた。
「…どこいった?」
空き地を見回しても誰もいない。いつも通り、高く積まれた砂山とコンクリートの塊、小さい岩等がゴロゴロ転がっている。
「たった3分程度でどこに…」
霊紗が空き地の外を見回しながら聞いた。外を見回しても特に誰もいない。変わったところがほとんどない。
「魔力も感じない…」
神楽も辺りをキョロキョロしたが何も発見できなかった。この付近で魔力を感じたが誰もいない。
「…」
トシキはテリルをグローブに変えた。
(魔力を抑えれる程のヤツか、それとも他のヤツに倒されたか、…やなかんじがする。)
背筋を汗がなぞった。
「…だれかいる?」
霊紗も何か気配をかんじるのか空き地を見た。
「…帰るか。」
トシキはグローブを指輪に戻して空き地の入り口の方を向いた。
「え!?帰るの?」
神楽は慌てて、大きな声で聞いた。霊紗は空き地を気にしつつ、トシキの返事を聞こうとした。
「うん、見た感じは誰もいないし、特に変わった様子もない。問題ないでしょ!」
トシキがちょっと大きな声で言った。
「…。そうね、帰りましょうか。」
霊紗も一瞬考えてちょっと大きめな声で同意した。
「えぇ〜!?いつもならちょっと調べてから帰るじゃん!!」
神楽がトシキの腕を掴んで帰ろうとするのを阻んだ。
「ダイジョブ、帰らないって。もう場所はわかったから。」
トシキが神楽の耳元で囁いた。霊紗も気づいている感じだった。
「ん〜?」
神楽は訳もわからずキョトンとしている。
トシキは呪文を唱え始め、霊紗は魔符を準備した。
「そこっ!」
トシキと霊紗は同時に同じ方向に向けて攻撃をした。
攻撃は高く積まれた砂山に向かっていき、砂山のてっぺんを吹き飛ばした。
2人は、砂山が吹き飛ぶのと同時に砂山に向かって走り出した。
『誰だ』
トシキは走ってるときに変えていた剣、霊紗は魔符を、砂山のてっぺんが吹き飛んだのに驚いて座り込んでいる者に向け、同時に言った。
最近2人の息が合ってきている。
「…おぉう、姑息な手段を使ってきたなぁ〜!」
土煙が上がって姿はよく見えないが、子供の様な声が聞こえてきた。
『…えっ!?』
土煙がはれてきて、トシキと霊紗は同時に驚いた。
「何々…って、え!?」
後から走ってきた神楽も2人の間から顔を出して驚いた。
そこに座っていたのは8、9歳ぐらいの少女だった。腰まで長く伸びた綺麗な金髪と小さな顔をマントから出して、トシキ達を見上げていた。
「えぇと…、ゴメンね!大丈夫だった?怪我はしてない?」
トシキが慌てて手を差し伸べた。
「あ、ありがとう!」
少女はトシキの手をとって立ち上がり、服に着いた砂を払った。トシキは、たまたま持っていたハンカチで少女の顔に着いた砂を拭いた。
「ごめんね!どこも怪我してない?」
トシキが不安そうに聞いた。
「ん〜…、大丈夫!どこも怪我してない!!」
少女は全身を見回して答えた。
「…よかった。怪我してなくて。」
トシキは少女に微笑んだ。
「もぅ!何が大丈夫よ!!全然大丈夫じゃないじゃん!」
神楽がトシキに怒り出した。
「うぅーん…おかしいなぁ?」
トシキは霊紗に同意を求めた。
「…おかしくないわよ、その手を放した方がいいわ。色んな意味で。」
「…は?」
霊紗の言った意味がわからず自分の手を見た。少女と手を繋いだままだった。
「親切にしてくれた相手をいきなり攻撃なんてしないよ!」
少女がギュッと手に力を込めた。
「…いたっ!?」
急に力をいれて手を握られ情けない声をあげた。
「お前がトシキかぁ!優しいヤツは嫌いじゃないぞ!!」
そう言ってトシキを投げ飛ばした。
「なっ…!?」
自分の体重よりも倍はあるトシキを軽々と投げ飛ばした。投げられたトシキを目で追っていた神楽の腹に少女は一撃を入れた。
「うぅ…!!」
神楽は呻いてその場にうずくまった。
霊紗はそれを見て戦闘体勢をとろうとしたが、少女の速く、腹に一撃を受けた。
「あぅ…!」
霊紗もその場に崩れた。
トシキは2人が倒れるとこを飛ばされながら見た。
ちゃんと着地した時、倒れる2人の間に少女が立っていた。
「…。」
トシキは剣をグローブに変えた。
自分の感じた悪寒は間違ってなかった。それを感じ、冷や汗が流れる。
「…君もミゲル達の?」
トシキは警戒しながら少女に質問した。
「そう、仲間!」
少女は嬉しそうに言った。
「…こんな子供にまで戦わせてるのか!あいつらは!!」
そう思った瞬間に怒りが込み上げてきた。
「私は子供じゃない!200歳のお姉さんだぞっ!」
少女はそう言って、目の前から消えた。
トシキは背筋に寒気を感じ前に跳んだ。
「あっ!?」
少女がトシキのいた位置に拳を振り下ろしていた。
(やばい…、全然見えない。気配で何となくわかるぐらいだ。)
「私の一撃を避けるとは、中々やるなぁ!!」
少女が嬉しそうに右腕を振り回しながら言った。
「…嬉しそうに言ってくれちゃってー…」
トシキは苦笑した。
「じゃあ、次いくぞー!」
そう言った直後に少女は目の前から居なくなっていた。
今度は目の前に現れた。
「くっ!!」
自分に向かってくる拳を手で受けた。
「…つっ!?」
受けた手がジンジンする。
(こんな一撃を腹に受けたのか…!?)
そう思って神楽達を見てしまった。神楽達はまだ倒れたままだった。
「よそ見してる暇はないぞー!」
少女は反対の腕突くような一撃をトシキに食らわせた。
「しまっ…!!」
トシキは倒れている2人の方に吹き飛んだ。
「…なんだ。ドルチェのゴーレム倒すぐらいだからどんなものかと思ったけどたいしたことないじゃん。」
トシキに興味がなくなったかのように腰に手を当てた。
「つまんないのー」
少女はその場に座り込んだ。
「…本気を出したくないけど、手が出せないししょうがないか。」
トシキはぶつぶつ言いながら立ち上がった。左目に手を添えた。
その様子を少女が興味津々に見つめた。
「Remplacement (換装)」
そう言った瞬間に、手を添えた左目が赤色に変わった。
右手には大剣が握られている。
「へー!変わった能力だなぁ!!」
トシキの左目と大剣を交互に見て嬉しそうに言った。
「…これじゃやりにくいよなぁ…」
目の前の少女相手に大剣を使うことに抵抗を感じていた。
「そんなでかい剣で私の相手ができるのかぁ?」
少女は笑いながら言った。
「…できないだろうね。君のスピードに対抗するなら小回りの効く武器に変える。君は武器持ってないし、それに女の子相手に武器は使いたくない。」
そう言って大剣を地面に突き刺した。
「ふーん。男女差別はいかんよ〜?」
イタズラっぽく笑いながら言った。
「女の子を守るのが男の役目でしょ。守るべき相手に剣は向けられないし、かといってこのままで君に勝てるとは思わない。」
トシキは拳を構えた。
「なかなかよい考え方だな!トシキ!!」
少女も拳を構えた。
「…君の名前は?」
そういえば名前を知らないと思い出した。
「名前?アイギスだ!」
自分の名前を元気よく叫んだ。
「アイギスね。じゃあ、続きやろうか?」
「おぅ!どっからでもこーい!!」
アイギスは嬉しそうに言った。
・・・・・・・・・・・・・・・
先手を取ったのはアイギス。
一瞬でトシキの目の前に現れた。
「くっ!!」
ギリギリ反応できて拳を手で受け止めた。重い一撃が手を痺れさせるように伝う。
(見た目と威力が反比例してる…!)
可愛らしい見た目と裏腹な威力の攻撃。
(何とか目で追えるけど、このままじゃまずいな…)
そんな風に思っていると、アイギスは目の前から居なくなり、後ろに現れていた。
「…ちっ!!」
後ろに回しげりをだすが難なくかわされる。
速さで負けている。
速さに自信のあったトシキは悔しさが込み上がってきた。
「強化してもその程度かぁ?」
ニヤニヤしながらアイギスは横っ腹目掛けて蹴りをいれた。
トシキはそれを受けとめ、足を掴んだ。
「!」
アイギスは足を引こうとしたが遅かった。
トシキが足をグッと引いたため、アイギスはトシキの方に引き寄せられた。
「うぅっ!」
アイギスは腹に肘を思いきり受けた。
思わずよろける。
そこへトシキは連撃をいれた。
「うぐぅ…!」
アイギスは右肩を掌で打たれ、背中を両手で打たれ、前のめりになった。
一撃が自分と同じぐらい重い。変化してやっぱり強さが変わってる事を体で感じた。
「うぅ〜…、やっぱ強いなぁ…」
アイギスが服に付いた砂を払いながら立ち上がった。
「…トシキなら外してもいいな!」
アイギスがトシキに振り返った。
「外す…?」
意味がわからずアイギスの言葉を繰り返した。
アイギスはマントを脱いだ。
袖のないブラウスの様な白い服に、膝よりちょっと上の丈の赤と白のスカート。手首には白い手枷の様なものを付けている。その手枷は鉄ではない、よくわからない物でできている感じがした。
アイギスは手枷を触ったまま動きが止まった。
「…何する気なんだ?」
トシキが警戒しているのを他所にアイギスは止まったままである。
「まぁいっか♪」
ニコッと笑って手枷を外した。
「うぅ…!」
アイギスは額の上の方に短い角が生えた。
「なっ!?」
さすがに驚いた。
アイギスの魔力がどんどん上がっていくのを肌で感じとり足がすくむ。背中に嫌な汗が流れる。
「…こんなんばっかかよ」
ミゲルといい、ヴァニタスといい、目の前の少女アイギスといい、魔力が後から上がる。しかも大幅に。
最近そんなんばっかりで少し嫌気がさしてきた。
「…ん〜!久々の全力、楽しませてよ!!」
アイギスはさっきよりも鋭く伸びた爪をした手で挑発的なポーズをした。
「冗談…」
トシキは構えながらも苦笑いした。
今の状況で互角はないな、と思う。さっきまでの戦闘でやっと互角かと思ったが、手枷を外したことで魔力が大幅に上がった。たぶん自分の魔力を越えられたと予想をつけた。
「キビシイな…」
そう言って、重心を低くした。
「さっきの私よりも速いぞ〜!」
そう言った後にワンテンポおいてトシキは後ろに吹き飛んだ。
「!?」
倒れた時に前を見ると、いつの間にかさっき居た所にアイギスが立っていた。
全く見えてなかった。見るどころか気配すら感じなかった。
殴られた腹がズキズキする。
地面で打った背中も痛い。
「…ヤバイ。見えないし気配も感じない。どうすれば…」
倒れたまま打開策を考え始めた。
「なんだぁ?もう終わりかぁ?」
おちょくるような声が聞こえてきた。
思わずイラッとして立ち上がった。アイギスはニヤニヤと笑っていた。
はぁ〜、とため息をついて頭をかいた。
トシキが顔を上げた。
「お?」
アイギスはトシキの様子の変化に気づいた。
トシキの目が諦めるどころか、勝とうとしているのに気づいた。
「来なよ。」
トシキがその言葉通りにアイギスに向かっていった。
フフン♪、と向かってくるトシキを有意義に迎えた。
案の定、トシキの一撃はあっさり片手で防がれた。
「掴んだね。」
トシキが、防がれた拳を広げてアイギスの手を恋人握りの様に握った。
「え?」
急に手を握られてアイギスは一瞬止まってしまった。
そこへ捕縛の魔法が発動した。
アイギスをグルグルと光が縛りつけた。
「おぉ!?」
至近距離で捕縛魔法を使われ対処できずあっさりアイギスは捕まった。が、余裕でニヤニヤ笑っていた。
「私がこんなもの抜け出せるのわかってるだろー?ムダだよ〜!」
「ちょっと時間稼げりゃ良いんだよ、オレは。」
そう言って、呪文を唱え始めた。
「!そういうことか!!」
アイギスは理解したように捕縛魔法を解こうとした。が、距離が近すぎて簡単には抜け出せない。
「くっ!!」
捕縛呪文を解こうともがいた。
「風塵雷!」
風と雷の2系統魔法、塵状の風を纏った雷をトシキが放った。
「うらあぁぁー!」
アイギスは何とか無理矢理捕縛呪文を解いた。が、既に目の前に雷が近づいていた。
「おぉう…」
派手に爆発を起こして砂煙をあげた。
「…」
トシキが身構えた。
「うりゃゃぁぁー!」
案の定、アイギスが土煙の中から飛び出してきた。
アイギスは右手を思いきり振り抜いた。
が、大振りすぎて軽く避けられた。
「ほっ!!」
スカってからすぐに、アイギスが左足で後ろ回し蹴りを繰り出した。
それも、何とかしゃがんで回避した。
「よっ!」
アイギスが片足だけで着地し、トシキの顔を蹴り上げようと足を動かした。
「うっ…!?」
顔だけ回避し、反撃にでた。
アイギスは空中で、トシキは地上。空が飛べなければ地上のが有利。アイギスはトシキの反撃に対処できず、食らった。
腹に一撃を受け怯んだ。
「まだまだぁ!」
トシキは追い撃ちをかけようとした。
が、やはり女の子に攻撃をするのに気が引けて、攻撃のてが遅れた。
「ふふん、やっぱり甘ちゃんだ。」
遅れた隙を狙ってアイギスがトシキの背後をとった。
「っ…!?しまった!!」
背中に重い一撃を受け、フワッと宙に浮かせられた。
「ほぃ!」
横っ腹を殴り付けられ横にぶっ飛んだ。
「まだだぞー!」
いつの間にかトシキの吹き飛ぶ先に現れたアイギスが腕を振り回した。
トシキの腹めがけて思いきりアイギスが拳を振り抜いた。
「がはっ!!」
トシキは思いきり地面に打ち付けられた。いくら地面とあまり離れてないとはいえ、勢いが強くてダメージが大きかった。
「ふふん、今の私は強いだろう?」
嬉しそうにアイギスが言った。
「うっ…、やっぱ戦いにくい…。背が低いし、攻撃しにくい…」
物理障壁がなかったら確実にやられていたのをゾッとしながら、何とか立ち上がった。
「へー!まだ立つのか。そろそろ限界、てか限界だろー?」
「…まだだ」
口から出ている血を手で拭った。
「始めから本気で来ないからそうなるんだぞ?早く本気を出さなきゃホントに死ぬぞ?」
アイギスは腰に手をあてた。実際、トシキは本気を出していなかった。換装しただけで、下手したらミゲルの時よりも力を出していない。
ただ、攻撃をかなり受けていて、物理障壁を何回も壊されては展開するのを繰り返したため、魔力は減ってきている。
(速く…もっと速く)
「誰彼構わず本気でこないといずれ死ぬことになるぞー?」
(速さでアイギスを越えられれば…)
「…どうかしたのかぁ?」
アイギスが首を傾げた。
(速く…もっと速く!!アイギスよりももっと速く!!)
トシキの様子がだんだん変わってきているのにアイギスは気づいた。
「…何する気ー?」
アイギスはぴょんぴょん跳びながらトシキのアクションを待った。
「…っ!?」
アイギスは目の前から急に消えたトシキに驚いた。
「ここだよ。」
声のした方をみると、さっき崩した砂山の上にトシキが立っていた。
「…いつのまに。っていうか、さっきと目の色が違う?」
トシキの左目が赤ではなく黄色になっていた。
「…どうやらオレのが速いみたいだね。」
トシキの声が後ろから聞こえた。
アイギスはトシキが見えていなかった。
(手枷外した状態でも追えない?それにたぶん本気でやってないだろうし…)
アイギスは冷や汗が流れた。
「…何でヴァニタス達に手を貸す?」
呼吸が落ち着いて頭が回ってきた。
「何でって、特に理由はないよ。私の力が欲しいって言ったから仲間になった。それだけ。」
アイギスもトシキの攻撃の意志がない事を読み取り、呼吸を落ち着かせた。
「…オレはアイギスと戦いたくない。女の子ってのもあるけど、ヴァニタス達についてるのは良くないと思う。」
トシキは完全に戦闘の意思を見せない。
「何でそう思う?まだ私たちの組織の事をよく知らないだろ?」
アイギスが若干マジメな口調になった。
「…たしかにまだよく知らない。でも、オレは仲間を平気で利用して殺すようなヤツがいる組織になんていたくない。」
「!?…どういうこと?」
アイギスがトシキの言葉に驚いた。
「…っ!?アイツ…仲間になにも知らせてないのか!!」
「私はヴァニタスからお前がミゲルを殺したって聞いた!それで、ドルチェも死にたくなくて逃げたって!!」
トシキとアイギスは怒鳴りあった。
「…ざけるな!オレはミゲルの闇を引きずり出すのに利用されたんだ!ヴァニタスはミゲルの闇の魔力が最大になった時に、ミゲルを殺して自分の力として吸収した!」
「な…、う、嘘だ!ヴァニタスがそんなことするはずが…」
アイギスはトシキが言った言葉に動揺しはじめた。
「…ヴァニタスがどんなヤツか、詳しくは知らない。でも、自分のために仲間を利用して殺すヤツは許せない…!」
ギュッとトシキが手を握りしめた。
(嘘を言ってるとは思えない…。でも信じたくないよ…)
先程からのトシキの様子でそう思った。にわかには信じたくない。
「…そりゃ、仲間が仲間を殺したなんて、敵から言われた、信じたくないことを信じてくれとは言わない。でも、1つだけ言っとく。オレはアイギスと戦いたくない。それだけは信じて欲しい。」
「…くっ!!」
アイギスは唇を噛み締めて、手枷を拾って手首にはめた。
「…」
アイギスは元の姿に戻りトシキを睨んだ。
トシキもアイギスをジッと見た。
「…ホントかどうかは私が決める!」
それだけ言って、ねじれを作り出し帰っていった。
「ヴァニタス…!絶対許さない!!」
トシキは空を睨み付けて言った。
・・・・・・・・・・・・・・・
魔法世界 何処かの洞窟内
アイギスはアジトに戻ってきて早々にヴァニタスを探した。
バタン!、と勢いよく作戦室のドアを開けた。
そこには、ヴァニタスが1人机に足を乗せ椅子に座っていた。
「お?アイギス、早かったな。トシキを殺せたか?」
体勢を変えずにヴァニタスは言った。顔は笑っていた。
「…私たちに何か隠してない?」
アイギスはそれだけ聞いた。
事実を知るのが怖くて、直接的に聞けなかった。
「…ふ。何も隠してない。トシキに何か吹き込まれたか?」
ヴァニタスは鼻で笑って言った。
「…そう、ならいい。」
アイギスはそれだけ答えて作戦室から出ていった。
「…ふん。」
ヴァニタスは闇に消えた。
アイギスは作戦室から離れた自分の部屋に戻り、ベッドに倒れ込んだ。
「私はどうすれば…」
アイギスはトシキの言葉と、ヴァニタスの言葉の間に揺れていた。
「…」
トシキとの戦い、言葉を思い返してみた。
トシキは戦いたくないと言っていた。ミゲルを殺したのはヴァニタスだと言っていた。
そして、本気を出していなかった。本気を出せばもっと楽に私と戦えてた。最後の方は私と互角ぐらいの速さをだしていたし、もっと魔法も使ってきたはず。
でもなぜか、トシキと戦っていると、任務とかとは全く違う気持ちになった。任務で邪魔になる魔物や、人間と戦っていても何も思わなかった。
それが、トシキと戦っていて違った。何か温かく、でも、もっとトシキと戦いたいような感覚になった。
「…そういえば、顔狙ってこなかったな。」
自分の顔を触りながら思った。
「アイツは温かいなぁ…」
そう呟いた。
「あれが、優しさなのかな…」
いつの間にか、目から涙が流れていた。
「あ、あれ?何で?」
目から流れる涙を拭きながら言った。初めて優しくしてもらった。自分という存在に優しさをトシキはくれた。それに嬉しくて涙が流れた。
アイギスはそのまま枕に顔を押し付けた。