想い
突如現れ霊紗の婚約者を名乗る男ロイド。
婚約者と言うことに動揺し、いつもの動きができずあっさりと霊紗を連れていかれたトシキ。トシキの心は複雑に揺れる。
旧世界を裏で取り仕切る組織ドミニオン。彼らは、魔法使いを嫌っている。そのため、旧世界に来た魔法使いを問答無用で消そうとする。魔女狩りを行うかのように。それは、ドミニオンのみに限られた事ではないが。
だが、旧世界人の魔法使いには交渉があり、それに乗らねば殺される。要するに、自分たちの害となる物を消している。
旧世界を牛耳るだけあり、武力権力共に高く下手な組織が手を出せば簡単に潰されてしまう。
ただ、ドミニオンの詳しい事を知るものはおらず、情報も流れてこない。
謎に包まれた巨大な組織。
そのドミニオンの拠点の一つ。
その拠点の部屋の中に、黒髪をポニーテールで結った少女がベッドに腰かけている。
部屋の中には、ベッドとタンス、机と椅子のみが置かれている。女の子の部屋とは思えないなにもない部屋。
その子の部屋ではなく、ドミニオンから用意された部屋なのだ。
「…」
その顔は暗い。
彼女は此処に好きでいるわけではない。仲間を人質に取られ、自分を犠牲にして仲間を守ったつもりでいた。仲間の事を考えずに。そんなことしても誰も喜ばないのに。
「はぁ…」
ため息をつく霊紗。
それに気づいたのはここについてからだった。あの時は、頭が心が錯乱しその事に気づけなかった。
冷静になってから気づき後悔した。が、今さらどうにもならない。
「あいつ…大丈夫かな」
銀色の指輪を手の中で転がす。その指輪の裏に、自分の名前と一緒に刻まれた名前の相手を想う。傷つけてしまった、大好きな人を。その事が、霊紗の心を締め付ける。
「…しい、苦しいよ」
自分の胸を掴み苦しむ霊紗。張り裂けそうな心。
「誰か、助けて…」
ベッドに横になる。
目から涙が流れ、シーツに落ちる。
「……助けてよ、トシキ」
枕に顔を埋める。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
霊紗が苦しんでる時、トシキは神楽の部屋のベッドに横たわっていた。全身の火傷の様な傷と、わき腹の傷の治療を神楽の部屋でしていた。
トシキが屋上に倒れていたのを発見したのは、たまたま屋上に来た凛と神楽だった。
「ねぇ、トシキは大丈夫?」
美琴が部屋に来て顔をのぞきこむ。顔色は悪くない。
「傷は治ってるから大丈夫だと思うよ。」
神楽が答える。治療に殆どの魔力を使ったため、今は余裕が余りない。
「ねぇ、何で屋上にお兄ちゃん倒れてたの?」
緑も顔をのぞきこむ。
不安そうな顔をする。
「さぁ?わかんない」
トシキが戦っていた事を知ってる人はいない。魔力を使ってないから。トシキの魔力を感じて、屋上に神楽が向かった。その途中で気晴らしに屋上へ向かう凛と会い、一緒に向かった。
その時屋上には、トシキが倒れているだけで、戦闘の形跡が少し残っているだけだった。
「なんで、霊紗もいないの?」
アイギスが首をかしげる。
「…わかんない」
その場に居なかったためわかるわけがない。この場にいて、それを知ってるのはトシキだけ。
「ん…」
トシキが目をさました。
頭が働いてないようで、ボッーと天井を見つめてから神楽たちの方へと視線を移す。
「トシキ!」「おにーちゃん!」
その場にいる全員がベッドに駆け寄る。
「…あれ?何でここに」
次第に意識がしっかりしていく。
「霊紗っ」
急に起き上がり、脇腹に痛みが走る。
「そんな動いちゃ駄目だよ!そこの傷が酷かったんだから!」
神楽がトシキを優しく寝かす。
なんだ…、あれから何時間経った?今何時だ?霊紗は??
トシキが窓の外を見る。空は赤く染まりだしていた。時計を見ると、既に五時を過ぎている。
半日寝てたのか!?
あせるトシキが再び起き上がる。
「何で起き上がるの!?」
神楽がトシキを怒鳴り付ける。トシキの表情は青く、何かを恐れている様なもの。そんな表情のトシキを心配しない者は此処にはいない。
「霊紗が拐われ……、いや、付いてったのか」
段々と思いだし、冷静になっていく。ただ、表情は曇っている。
「拐われた?付いてった?どういうこと?」
トシキの言ってることを理解できない神楽たち。
あの場に居なかったため無理はない。
「あいつの婚約者が迎えにきて、アイツは付いてった。それだけだ」
トシキの顔にいつもの優しい表情はない。というか、無表情。心が死んでしまったかのように。
「は?婚約者??それで、結婚するために私達から離れて行ったの!?黙って!」
明日菜が怒鳴る。
「明日菜!トシキに怒鳴っても!!」
神楽がトシキを睨み付ける明日菜を抑える。
「…」
その様子を無表情で見るトシキ。
「止めないで!霊紗が居なくなった理由を知ってるのはコイツだけなのよ!」
「…そうですね、その通りです。」
桜も頷き、神楽を止める。
「桜まで…!」
神楽が落ち込む。いまいち状況が理解できてない。
「居なくなった理由を知ってると言うことは、トシキさんはその場に居たって事ですよね?」
桜もトシキを冷たく睨む。
「!そっか…」
神楽がうつむく。
「あなたは黙って見てたんですか?霊紗さんの婚約者が来たからって」
「止めたよ!でも……いって…」
珍しく声を荒げるトシキ。だが、途中から声が弱々しくなる。
それは認めたくない、聞きたくなかった彼女の言葉。
「え?最後なんて?」
やはり神楽たちには聞き取れず、トシキに聞き返す。
緑達が完全に空気と化している。
「辛いって、オレといると辛い。だから、もうオレは嫌いだって…」
トシキはベッドに倒れ顔に腕を乗せる。
「!……」
それを聞き、全員が驚き顔を見合わせる。
「でもトシキ!」
神楽がトシキに一歩近づく。
「…」
トシキは起き上がりそうにない。心が砕けかけている。
何か言おうとした神楽をクロエが止める。
おかしい
何であの時苦しそうな顔をした
嫌いなヤツと離れれるならそんな顔しない
嫌いなヤツに抱きついたりキスなんてしない
じゃあ、なんで霊紗は苦しそうな顔をした
「…?」
トシキが急に起き上がった。
それにビックリして顔を見合わせる神楽たち。
「あ…」
トシキの指を擦る癖が出ていた。その顔には、さっきよりも生気がある。
それを見て、神楽たちが微笑む。
そうだ
おかしい
アイツは嘘をついてる
オレに何か隠してる
だが、それはなんだ?
脅された?でも、脅しの内容は?人質か?
「人質?」
トシキが呟く。
そうだ
何故あの時オレを殺さなかった
殺せたはずなのに殺さずに帰っていった
神楽たちも無事だ
「…そうか、そう言うことか!!」
トシキが笑う。
「??」
訳がわからない神楽たち。訝しげにトシキを見る。
「ね、ねぇトシキ。どうしたの?」
さっきまで絶望の塊と化していたのが、嘘のように気力が満ちている。
「ん?あぁごめん。」
トシキが笑うのを止め、神楽たちを見る。
「明日、ドミニオンの拠点を落とす」
「な、何を言ってるんですか!あなたは!!」
桜まで怒鳴る。
「わかってるんですか!それがどういう意味か!!」
取り乱し、桜が睨み付ける。
「…旧世界から追放、それか抹消されるだろうな」
冷静に答えるトシキ。
ドミニオンの拠点に攻撃を仕掛ける。それがどういう事か、トシキは理解している。旧世界のトップに喧嘩を吹っ掛けるのだ。吹っ掛けてきたのは向こうからだが。
「なら!」
「だから何だ?」
平然と返す。
その目に迷いはない。
「オレにはそんなものなんの意味もない。」
トシキがベッドからでて、体をならす。
「…でも、お前達を巻き込む気はない。魔法世界に帰れ」
「なっ!?」
神楽達が戸惑う。
トシキには迷いがない。本気で拠点に攻撃をかける気だ。
「…ごめんな。でも、オレは決めたんだ。守ると。だから、オレの都合に皆を巻き込む気はない。」
トシキが刀と二丁の銃を腰に装着する。
「…なら、私は抜けます」
桜が一礼して部屋から出ていく。その顔は苦しそうだった。
「桜…、ありがとう」
桜の後ろ姿にお辞儀する。ごめんな、今までありがとう。
「…私は行くぞ、トシキ!私の夫をほっとけん!!」
カガリが一歩前に出る。
「私もー!」
アイギスも一歩前に出る。事情がよくわかってないが、面白そうだからという部分が強そうだ。
「あたしも行こう。お前といた方が退屈せずに済みそうだしな」
クロエが一歩前に出る。カガリと一緒でいく宛が無いというのもあるが、トシキといると退屈しないのは事実。
「私も行こうかな。やっぱ苦しんでる親友をほっとけない」
神楽が一歩前に出る。
同じ人を好きになった親友。好きな人といられないのは辛い。それが痛いほどよくわかる。
「…私もいく。力になれるかわからないけど、手伝うよ」
明日菜も自信なさげに一歩前に出る。自分のやれることはそうないだろうが、迷惑をかけないようにしようときめた。
「…皆ごめんな。巻き込んで」
一歩前に出て、トシキに力を貸してくれると言ってくれた仲間に頭を下げる。
「良いって、トシキ。」
優しく微笑む神楽。
「…今日はもう休んでくれ。あしたはキツい1日になる。」
包帯を巻いたまま、白いローブを羽織り神楽たちに微笑む。
「うん。」
神楽達が頷く。
「トシキもだよ?」
と、明日菜。
「あぁ、ちゃんと休むから。」
苦笑いして部屋から出ていくトシキ。
「さて、私たちはご飯にしようか」
神楽がアイギス達に尋ねる。アイギス達が頷く。
「…私達もご飯にしよっか」
美琴が呆然としながら、緑達を連れて部屋から出ていく。
話が今一わからないが、危ない事になってるのはわかった。でも、自分達は何もできない。トシキ達みたいな力がないから、彼らを待つことしかできない。
「おにーちゃん、帰ってくるよね?」
緑が美琴に聞く。その顔は不安。
「大丈夫だよ、ちゃんと帰ってきてくれるから、待ってよ?」
緑の頭に優しく手を置く美琴。
トシキ程ではないが、安心する姉の温もり。
「うん。」
そんな優しい姉に微笑む緑。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その日の夜、トシキは鍛練に使っていた空き地に来ていた。風で木の葉が擦れる音がするぐらいで、静かである。星も綺麗にてでいる。
「…何のようだ?」
後ろにたつ誰かに向けて声をかける。
その声に反応して、足音が近づいてくる。
「ふん、要件は一つさ。」
月明かりで、顔がはっきりみえる。
そこにいたのはヴァニタスだった。
「お前を手伝ってやる」
笑うヴァニタス。
「…理由は?」
「ドミニオンが邪魔なのは俺も一緒だからな。」
その笑みは、本当かどうか疑わしい。
「…それだけか?」
どうも信用できない。
仲間を簡単に殺せるヤツを信用する事はトシキにできない。
「だが、お前の望む場所へどうやっていくんだ?」
「…」
ヴァニタスの言う通り、トシキにはわかっていなかった。
神楽の部屋から出て、アカツキと連絡を取ったが、アカツキですら場所を知らないときた。
そんな時に、ヴァニタス。
「…お前ならそこに行ける、と?」
「あぁ、確実にな。」
「…」
裏があるだろう、と勘ぐる。
何が目的だ、仮に目的が本当だとしても、オレと協力する意味はなんだ?
「おいおい、そんな深く考えるなよ。俺は邪魔な奴等を消したい。お前は好きなヤツを助けたい。それでいいじゃねーか!」
「…そうだな。いちいち考えるのめんどくさいわ。お前を信じる」
トシキが手を差し出した。
「へっ…」
ヴァニタスがその手を握る。
天敵同士が手を組む、という奇妙な状況がここに出来上がった。
「さて、」
「!」
ヴァニタスが自分達の前に、闇の回廊を顕した。
「くっくっ、お前なら通れるさ。闇の素質があるからな。」
笑うヴァニタス。
「この先は、お前の望む敵の拠点。準備は良いか?」
「…大丈夫だ、行こう。」
元より、神楽たちを連れてく気はなかった。そのため、夜中に勝手に出ていこうとしていた。
例え場所がわからなくても。
自分がいなくても大丈夫な様に手も回してある。此処は安全だ。
「じゃあ、行こうぜ」
ヴァニタスが先に入っていった。
ごめんな、皆。でも、オレはお前達を巻き込みたくない、しなせたくないんだ。
「ごめん」
そう言って、トシキが回廊へと姿を消していく。
トシキの姿が消えた瞬間、闇の回廊は閉じる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
旧世界の東の大陸のビル街。そこに、闇の回廊が開かれ、トシキとヴァニタスが現れた。
目の前にそびえ立つ巨大なビル。三十階はあると思われる程の大きさで、他のビルを優に越えている。
「ここ、なのか?」
そのビルに刻まれた建物の名前を見る。見覚えがある、とかそんなレベルじゃない。大手の会社だった。メディアで広告もしている有名な会社。
「あぁ、そうだ。裏の組織だからって、目立たないとは限らない。逆に、こういう所のが悟られ難い。」
「…確かに」
頷くトシキ。
「で、まだ引き返せるが?」
そう、まだ引き返せる。この大手の会社を攻撃する、と言うことは表裏関係なしに指名手配されるだろう。
だから、アイツはあんな余裕が有ったのか…
今になって、今一番腹がたつ相手ロイドを思い出す。やたらと自信を持っていた。
「引き返さない。オレは取り戻す!大切な、大事なものを!!」
目の前のビルを睨み付ける。
「熱いねぇ!だが、今は味方だ!!しっかり援護してやる!」
ヴァニタスが茶化すがしっかり援護すると言う。
「オレに喧嘩を売った事を後悔させてやる!!」
トシキが目の前にそびえ立つビルに、ヴァニタスを引き連れ駆け抜ける。
こんにちわ。
後一つ上げたらストックがなくなってしまうので更新が遅くなります。自分の都合ですいませんが、ご了承ください。