霊紗の婚約者
霊紗達に報告し、その後約束通り翠達の晩御飯をご馳走になった。
「すー、すー」
主に料理を作ったのは美琴と藍、桃、翠で他の皆は準備を手伝った。
「すー…、ん…」
トシキが寝返りをうつ。
トシキは満足すぎる食事をして、いい気分になりその場で眠ってしまっていた。
その原因は、光や紫がイタズラでトシキの飲み物をお酒に変えたからである。
トシキが気づいたときには遅く、美琴と凛はベロンベロンに酔っていた。美琴は泣き上戸、凛は絡み酒、トシキは爆睡。
「んー…、重い」
トシキが仰向けになった時に、美琴が上にのしかかる。
「ん…、あれ、何でこんなところに」
「ってか、美琴?」
寝ぼけ眼で自分の腹の上で眠る美琴を見る。腹の上で、美琴の柔らかい胸が押しつぶされている。
「…美琴、起き、ちょっ桃!?」
寝ぼけた桃がトシキの胸の上で眠り出す。
桃の胸まで覆い被さる。
「これは、流石にキツい…」
朝と言うこともあり、中々にキツい。朝こんな様な状況によくあう。
「凛は…、ダメだ。」
ソファで眠っている凛。起きそうにない。胸元がはだけ、悩ましい格好。
「どうしよう…、おーい、桃」
優しく頬をペチペチ叩いてみる。が、
「んにゅー」
とトシキの指をくわえる。手に温かく、ヌルッとした感触がする。
「ちょっ!?桃!!」
焦るトシキ。ちゅぱちゅぱと音をたてて指を吸う。
「落ち着けー、考えろー、この状況を抜け出すための方法を…」
体に触れる感触を無視しようとする。
おし、何とかいける。短いけど…
と、集中する。
強引に桃をどけるか?ダメだ、オレの隣は壁と紫がいてどかせない。
なら、起き上がるか?
ダメだ、桃は受け止めれても美琴が受け止めれない。床に頭を打つ。
寝転がった体勢で二人抱えていけるか?
できなくはないな…
いや、ダメだ!桃が指をくわえてた!
「あ、しまった!」
今ので完全に集中が途切れた。
指の感触、胸の感触が伝わってくる。
「んー?お兄ちゃん?」
翠が起き上がる。
目をこすってトシキの方を見る。
「翠!助けてくれ!!」
空いてる手で翠に助けを求める。
「あー!二人ともズルい!!」
「…」「…」
「良いから、桃を…、いや、美琴をどけてくれ!」
下手に桃を動かして噛まれるより、上に乗ってるだけの美琴をどかす。
トシキは軽くパニックになってるため、感覚が指と胸に集中して、よくわかってない。美琴の手はトシキの下腹部に置かれている。
「むぅ…、わかったー」
頬を膨らませながら、美琴の体を引きずり離す。
「…ここまでかぁ」
ボソッと呟く美琴。
「ふぅ…、ありがとう。翠」
桃を抱えて起き上がるトシキ。
桃の顔を見て、ゆっくり指を引き抜いてみる。
桃の涎でベタベタになった指が口から離れる。
「はぁ…、疲れた」
優しく桃を床に寝かせる。
「ありがとう、翠」
涎でベタベタな手を見て苦笑いし、翠に礼をする。
「うん!」
嬉しそうに笑う翠。
「ふあぁぁ」
と、芝居っぽく起きる美琴。顔が心なしかニヤケ、赤面している。
「あ、起きた?」
「ふぇ?おはよー、トシキ」
「おはよう。顔赤いけど大丈夫?」
美琴の赤い顔に気づく。
「むっ!まさか…」
「だ、大丈夫!何にもないよ!!朝ごはん準備するねー」
慌てて立ち上がり、キッチンに向かう。
翠がむー、と頬を膨らませ唸っている。
「さて、洗面所へー…、……は?」
立ち上がろうとした時に膝の上に重さを感じる。
見下ろすと、紫が膝の上に座っている。
「いつ起きて、いつ乗った!?」
驚き戸惑うトシキ。
「さっき起きて、そのまますぐ乗っだ!」
「あがっ!?」
スッと立ち上がり、トシキの顎に紫が頭をぶつける。
痛みに二人がのたうち回る。
「あ、あははは…」
そのやり取りを苦笑いして見る翠。
そんな事をしている間に、朝ごはんは準備されていき、皆起き上がる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝食を終え、一息つきに屋上に来たトシキ。
まだ日が上りきってないため、涼しい。
「…、あの子達のために何かできないかな」
街を見下ろしながら考える。
「まずは、全員が一緒に居られる家かな…」
あの子達は、トシキが助ける前からずっと一緒だったらしい。一人で生きるより、何人かでいた方が精神的に楽だと思うから、と言っていた。
そう思って今までやって来たんだから、ここでバラバラにするのも余り良くないんじゃないか、とトシキは思っていた。特に、翠達。まだ幼いと言うこともあり、美琴達と離して暮らすのは無理だろう。
「八人一緒に暮らせる家…、土地がない。今作るのは無理か…、土地を買って、家を買わないと…。一千万は確実にいるぞ…」
はぁ、とため息をつく。
「いや、家の建ってる土地を買えばいいか…」
そう思いながら、向きを変え、柵に背中を預ける。
「ん?」
いつのまにか霊紗が前にいた。
「よう、いつの間に来たんだ?」
考え事してたとはいえ、まったく気づかなかった。
「…さっきよ。あんた独り言の癖直さないと気味悪がられるわよ。」
ジト目の霊紗。
「うっ…」
いきなり小言をもらって項垂れる。
「…独り言言うヤツ嫌いか?」
と、落ち込みながら聞くトシキ。
「普通は好きじゃないでしょ。」
「だよねー…」
更に項垂れる。
「わ、私は別に嫌いじゃないけど…」
と、顔を背ける霊紗。
「へ?何かいった?」
霊紗の声が聞こえてなかったトシキが聞く。
「…何もないわ」
不機嫌になった霊紗。
「え?あれ?」
いきなり不機嫌になった霊紗に、戸惑うトシキ。
「…所で、さっきの独り言あの子達の事?」
こういう性格だとよく分かってるため、話を変える。
「ん、あぁ、そうだよ。何とか大きな家を用意できないかな、と思って」
腕を組むトシキ。
コネが有れば少しは楽なのだが、コネも無いし資金すらない。
「家ね…」
霊紗が何かを考え始める。
「私も探してみるわ」
しょうがないわねー、と言う顔をしている。
「…悪いな。」
苦笑いするトシキ。
できれば迷惑をかけたくない様な感じだ。
「……手伝うに決まってるじゃない」
その声はトシキにはよく聞こえていない。
「何か言った?」
何か聞こえた様な気がして聞く。
「何も言ってない。気のせいよ」
ふん、とそっぽを向きトシキの横に来た。
「あんたさ…」
「ん?」
霊紗が柵に腕をのせ街並みを見る。
その表情は切ない。
「連絡ぐらいしたらどうなの?前も良くないけど良いとして、今回は連絡ぐらいできたでしょ?」
顔は街の方を向いてるが、目でトシキを見る。
「…下手に連絡して疑われる訳にはいかなかったから。盗聴されてない保証は無かったし」
すまなそうなトシキ。
「あっそ…」
小さくため息をつき、街の方に視線を戻す。
「…ごめん」
柵に背中を預けるトシキ。
「行く前に、連絡してほしかったな…」
寂しそうな表情に変わった。
「…そうだね、ごめん」
上を向くトシキ。
青い空にさまざまな大きさの白い雲が浮いている。
「!……霊紗?」
体に衝撃が伝わり、見下ろすと霊紗が抱きついていた。
「あんたは自分勝手」
顔をトシキの胸に埋めて言う。
「…うん」
トシキは霊紗を抱き締める。
今まで気付かなかったけど、霊紗小さいな。
霊紗の細い体を抱き締めて思う。力を込めたら折れてしまいそうだと思わせる程に。
普段ツンツンしてるけど、霊紗も女の子…
「自分を傷つけてドンドン前に行く…、私達もいるのに」
霊紗が抱き締める力を強める。
「…」
「わかってる。私たちを守るために強くなろうとしてるって。」
「…でも、あなたは一人じゃない。私達、…私がいる」
更に強く抱き締める。
「あぁ」
霊紗の頭に手を乗せる。
「だから、もっと私達を、私を見てよ」
「…うん」
上手く言葉が出てこず、短く頷くしかないトシキ。
「頼ってよ。あなたと契約した意味がないよ、これじゃあ…」
泣きそうな声になってきた。
「うん…」
「…ホントにわかってる?」
返事しかしないトシキを睨み付ける霊紗。
その顔は睨んでいるが、赤くなっている。
「わかってるよ。」
微笑む事しかできないトシキ。
「…ならもっと強く抱き締めてよ」
トシキの胸に頬をつける霊紗。
「うん」
霊紗を強く抱き締める。折れないように、でも強く。
「もっと!」
と、霊紗。
「うん」
更に強く抱き締める。
手離さない様に強く。
「…」
その様子を神楽が影から見ていて、静かに屋上から降りていった。
・・・・・・・・・・・
部屋でボーッとする神楽。先程、屋上でトシキと霊紗か抱き合ってるのを見てしまった。
それを見てしまい、胸が張り裂けそうに苦しい。
「やっぱり、トシキは霊紗が…」
前から思っていた。だけど、そう思うと苦しくなるから考えないようにしていた。だが、それももう無理かもしれない。
「誰が好きなのか、わからない…と思ってたけど、霊紗だってわかったのかな」
神楽の言う通り、トシキは誰が好きなのかよくわかっていない。が、気になってはいる。
それを神楽はわかっていた。
でも、さっき抱き合ってるのを見てしまった。強く抱き締めるのを。
「…っ!」
それを思いだし、また胸が苦しくなる。悲しい、悔しい、辛い、感情が込み上げてくる。
「…どうかしたのか?」
後ろから声がした。
「え?」
驚き振り返るとクロエが立っていた。
「…泣いてるのか?」
「!」
慌てて涙を拭う。気づかない内に涙が溢れていた。
「何かあったのか?」
クロエがハンカチを取りだし神楽に渡す。
無言で受け取り、涙を拭く。
「トシキ、か」
「っ!」
ピンポイントで原因に触れてきた。
「ふむ、あいつは女難の相が出てるからな。好きになった者は苦労する」
ため息をつき、神楽の頭に優しく手を乗せる。
「…クロエも?」
その切なそうな表情から、聞いてみる神楽。
「!…、好きじゃないといったら嘘になるが、気にはなってる、かな」
隠してもしょうがない、と腹をくくり話すクロエ。
「そっか…」
神楽がうつむく。
「…自分の気持ちをぶつけたのか?」
「ぶつけてない」
洗って返す、と言ったら同じ部屋に済んでるのにか?と笑われた。
「なら、まだ落ち込むのは早いんじゃないのか?何を見たのかは知らんが、気持ちを伝えてから落ち込む方が精神的に楽じゃないか」
と、微笑むクロエ。
普段から笑えばいいのに、余り笑わないため綺麗な顔が勿体ない。
「そうかもしれないけど…、クロエは苦しくないの?」
「む…、少しは苦しいさ。でも、アイツはちゃんと答えを出す。そういうヤツだと私は思ってる」
「そう…、だね。」
まだ仲間になって短いクロエも、トシキの事をよくわかっていた。
「じゃあ、私達は待とう。あいつの答えを。」
微笑むクロエ。
「…うん」
頷く神楽。
「ま、黙って待つ気はないがな」
と、笑うクロエ。
「む!」
それにカチンとくる神楽。
「ん?」
それじゃあ、クロエはトシキが好きなんじゃ…
まぁいいか
と、笑う神楽。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
屋上にまだトシキと霊紗が残っていた。
微妙な感覚を開けて座っている二人。
抱き合ってた事が落ち着いてから恥ずかしくなり、微妙な空気になっていた。
「あのさ、」
「…何よ」
相変わらずツンツンしている霊紗。さっきの霊紗はどこへいったのやら。
「さっき気づいたんだけど、霊紗って旧世界の生まれだよね?」
「え?そうよ。それがなに?」
何でそんなことを、と首をかしげる。
「なら、家族もこの世界にいるんだよな?」
「…そうだけど、それが何?」
うつむく霊紗。
あれ?聞いちゃまずかったか…
「いや、家に帰るって一回も聞かないから。他のみんなもだけど」
「…変える必要がないからよ」
一瞬だけ辛そうな顔をした霊紗。それを見逃さなかった。
「そっか…」
余り触れて欲しくなさそうで、会話を切った。
「…」「…」
沈黙。
ますます気まずくなってしまった。
「…!」
空気をさく音と共に、ナイフが三本トシキの足元へ飛んできた。
「誰だ!」
トシキが飛んできた方を見上げる。
が、誰もいない。
「トシキ!」
霊紗も立ち上がる。
トシキの頭上に影。
「…くっ!?」
それに気づき振り向いたトシキの顔を蹴り飛ばす。
間に腕が間に合い、直撃を防げたが、後ずさる。
「この人から離れてもらおうか」
霊紗とトシキの間に赤髪の青年が降りてきた。
「…誰だ」
魔力を全く感じない青年を睨む。魔力を感じさせずにここまで来た。
というか、魔力を使ってるのかこいつは…
あのマントが魔力を?だけど、蹴られたときに魔力を感じなかった…
頭の中をフル回転させるトシキ。
「…ふ」
それをみて笑う青年。
「俺はロイド。」
「ロイド!?」
霊紗の姿が見えないが、声は驚いているようだ。
「久しぶりだね、霊紗」
ロイドが微笑む。
知り合い、なのか…
「なんで、ここに?」
珍しく動揺する霊紗。
「ふふ、酷いなぁ。婚約者を迎えに来ちゃいけないのかい?」
「な!?」
「っ!」
トシキの体がドッと重くなる。嫌な汗が流れてくる。
何だ?この感じ…
「それは親が勝手に決めた…!」
霊紗が取り乱している。
「あれ?俺は本気だけど?」
「…そんな」
うつむく霊紗。
こどもの時に、親同士が勝手に決めた約束。こどもの時の約束のため本気にしてなかったが、両親は本気だったらしい。
「…どうやら君の心には邪魔な存在がいるようだね」
ロイドがトシキの方に向く。
「!」
そのロイドの顔は冷たい。
「君の鎖を引きちぎってやろう」
そう言って、マントから一本の筒を取り出す。
「あれは…!」
見覚えのある道具。
機械兵が使っていたビーム状の武器。
「ふふ」
うすら笑みを浮かべ、筒からビーム状のサーベルが顕れる。
「あんたドミニオンの人間か?」
「!へぇ、流石に気づいたか」
ニヤリと笑うロイド。
「じゃあ、これの威力も知ってるよね?」
ダン、と地面をへこませてトシキに飛びかかる。
「速い!?」
魔力を使ってないのに、速さが普通じゃない。
「ふん!」
ロイドのビームサーベルがトシキへと振り下ろされる。
「くっ…」
ギリギリでかわす。
服に掠り、焼けて穴が開く。
「…やっかいだな」
刀の柄を触る。
あのビームサーベルがあるなら、銃も持ってる可能性が高い。
魔力の代わりに、何かのエネルギーを使っているはずだから、無尽蔵ではない。でも、長期戦は良くないだろうな。魔法が使えないとは言ってない。
「おっと!」
考えてるトシキの頭上を、ビームサーベルが通りすぎる。
「君の事も知ってるよ。」
「…っ!」
袈裟斬り。剣の道を学んだのだろう。正確に狙ってくる。
「百人斬り、旋風の雷、旧世界の希望、とか」
ふっと笑う。
「…」
「得意な系統は、風、雷、闇。各属性のエレメンタルブレードを使えるただ一人の練装士。力、速さ、魔法に特化したスタイルチェンジ。」
トシキの腹を蹴りつける。
「…!」
手で足を受け止める。
「基本的に速さを活かした戦闘スタイルで、無詠唱もいくつか使い、相手を翻弄する。」
腰から銃を取りだし、トシキに向ける。
その瞬間、銃口から直径8センチ程のビームが放たれる。
「しまっ!」
紙一重で体勢を低くしてかわす。
「へぇ、あれをかわせるのか」
不意をついたはずなのに、かわされたため顔をしかめる。
今のは焦ったー…
冷や汗が頬を伝う。
「っ!?」
いきなり、後ろを取られサーベルがトシキを襲う。
「くそっ!」
前に転がり、サーベルが空を切る。
「どうした?さっきから避けてばっかだね。」
ニヤリと笑う。
魔力を感じないため、見失うと見つけるのに手間がかかる。
「…さて、そろそろ消してあげよう」
ビームサーベルをトシキに向け、連撃を繰り出す。
「くっ…!」
一本一本をしっかり見切り、確実にかわす。
だが、トシキは追い詰められていた。屋上の柵へと。それにトシキは気づいていない。
「っ!」
柵にぶつかり、追い込まれた事に気づく。
「ははっ!もらったぁ!!」
トシキの胸に向かってビームサーベルを突き出す。
「っく!」
足に魔力を込め、自分から柵を壊して、屋上から落ちていく。
「あははは!逃がさないよ!!」
銃を構え、ビームを連射する。
落下しながらビームをかわす。
「やばっ!」
最後の一発がかわした直後にくる。
脇腹にかすり、服を赤く染める。
「ね?逃がさないよ??」
「!?」
真上にいつのまにかロイドがいる。その顔は不気味な笑みを浮かべる。
背筋が凍る、寒気が全身を襲う。体が動かない。終った…
「トシキー!!」
霊紗の声が響く。
「あはは!死ねぇー!!」
その声を遮るようにロイドが笑い、ビームサーベルわ振り下ろす。
トシキの腕に当たり、ロイドの力を加えた落下速度で地面に叩きつけられる。
地面はクレーター状に陥没する。
「…さて」
倒れて起き上がらないトシキを確認し、屋上から不安げに見下ろす霊紗を見上げる。
「大事な話をしようか」
「!?」
いきなり後ろに現れたロイドに驚く霊紗。
気配を全く感じない。
「トシキは!?」
立ち上がりロイドを睨み付ける。その目には涙が貯まってきている。
「…殺してはいない。」
その言葉に一先ずホッとし、トシキの方を見下ろす。何とか立ち上がろうとしている。
二人でなら負けないだろう
トシキが戻ってくるまで時間を稼がなきゃ
「無駄だよ、ここは僕の部下が包囲してる。時間は稼がせない。」
笑みを浮かべるロイド。
「…」
苦い顔をする。全く気づけなかった。
何人?何処に?
焦りが霊紗の思考を鈍らせる。
「ここで一つ提案がある」
一歩霊紗に近づく。
「…」
「君が俺の妻となれば、彼らは見逃してやろう。」
沈黙を了承ととり、話す。
「拒否したら?」
うつむく霊紗。
「君が俺の元に来なければ、ドミニオンの全武力が君らを消しに動き出す。君らの周りは焼け野はらと化すだろうね。」
笑いながら話すロイド。
「…提案と言うより、命令ね」
はぁ、とため息をつく。
「いいや、提案だよ。君が飲めば彼らは無事。でも、飲まなければ君も死ぬ。いや、君は生かそう。そして、提案を飲まなかった事を後悔して生きる事になるだろうね。」
笑うのを止めないロイド。
「くっ…!」
「霊紗!!」
苦い顔をする霊紗の前にトシキが上がってきた。
「!」「トシキ!」
それに驚くロイドと、顔を上げる霊紗。
ロイドがパチンと指を鳴らす。
「くっ!」
トシキを四体の機械兵が抑え込み、六体の機械兵が銃を向ける。
「提案をどうするかは君の自由。少し時間をあげよう。」
「…」
トシキを見る霊紗。その目は切なく、トシキをジッと見つめる。
機械兵がトシキを離すが、トシキは立ち上がれない。体に何ヵ所か怪我を負い、脇からの血が広がっている。
立ち上がれず、腕で体を支えるトシキの前に座り、顔の汚れを拭く。
「トシキ、好きだったよ。」
「!」
トシキの唇に霊紗の唇
が重なる。
柔らかい感触と共に、鉄の味がする。
「でも、私はロイドと結婚する。」
霊紗が顔を離す。
「霊紗!!」
トシキが霊紗の手を何とか掴み引き止める。
「…私は、ロイドが好きなの。今はもうトシキが好きじゃない」
トシキの手を払う。
その表情は笑っている。顔は。
「お、おい!」
目から涙が流れている。一瞬、辛そうな顔をした霊紗がロイドの方を向く。
その表情を見逃さなかった。
そんな顔するのか?好きなヤツと結婚するヤツが、そんな顔するのか!?
立ち上がろうと、刀を杖のようにして立つ。
血が思ったより流れていて、フラフラする。
「霊紗、待て!!」
声だけはしっかりと飛ばす。ビクッと体を揺らすが、振り向かない。
「追って来ないで!」
怒鳴る霊紗。拳が、体が震えている。
「はっきり言わないとわからないのね。」
そう言って、振り向く霊紗。その表情はいつも通りに戻っている。と、いうか顔は怒っているが、目は潤んでいる。
「っ!」
トシキの顔を叩く。
「嫌いなの!あんたの事が!!綺麗事ばっか、理想ばっか!甘ったるい事ばっかり!!」
霊紗の怒鳴り声が響く。その後ろで、笑うロイド。
やめろ
「もう嫌なの…、あんたと一緒に居たくないの。」
霊紗の目から涙がこぼれ出す。
だが、トシキは叩かれた事に放心していた。嫌い、と言う言葉が胸に突き刺さる。
言うな
それ以上やめろ
「一緒にいると辛い。だから、追って来ないで」
霊紗がロイドの方を向き、離れていく。
トシキの目から涙がこぼれる。
いやだ
離れたくない
いやだいやだ
失いたくない
いやだいやだいやだいやだ
トシキはその場に倒れた。涙を流して
「くっくっく、無様だね」
笑うロイド。心底楽しそうだ。
「…ごめんね」
その声はトシキには届かない。ロイドにすら聞こえていない。
ホントは好き。
今も好き、大好き
こんなやつ好きでもなんでもない
トシキを傷つけた。神楽達を人質にされた。
こんな卑怯なヤツと一緒に居たくない。
でも、一緒に居ないと大好きな人が、仲間が襲われる。
私一人が犠牲になって大好きな人達が無事なら、喜んで身を捧げよう。自分の気持ちを殺して。
いやだ
つらい
苦しい
離れたくない
霊紗の心がぐしゃぐしゃに乱れる。もう何が何だかわからなくなる。
好きな人を捨て、好きでもないむしろ、嫌いなヤツと一緒になる。
いやだ
「さぁ、行こうか。」
ロイドが霊紗へと手を差し出す。
無言でその手を払いのける。
「あらら、つれないなぁ。」
ヘラヘラとはねられた手をぶらぶらさせる。
「じゃあ、行こうか」
機械兵を引き連れて、屋上から飛び降りるロイド。
トシキの方をチラッと見てから、ロイドの後を追う。
トシキは倒れたまま動かない。
不安を感じながらも、その場を後にする。
こんばんわ。
更新が少し遅くなります。理由はしばらく新作の方に力を入れたいので自分の勝手ですいませんが、ご了承ください。
途中で止めることはしませんのでこれからもよろしくお願いします。