武道会Ⅴ
会場内の救護室に神楽達が集まっていた。
アイギスが救護室に運ばれたため、そこに集まって来ていた。
その場にトシキと悠里の姿はなかった。
「いやー、桜があんな強いと思わなかったよー!」
笑いながら明るく言うアイギス。
「いじけてるかと思ったけど、思ったより元気ね」
不完全燃焼で落ち込んでいるかとおもった霊紗が言う。
「まぁ、落ち込んでないと言えば嘘だけど、鬼族化無しでどこまでやれるか知れたから良かったよ。」
と、笑いながらアイギスが胸の内を話す。
「そう。」
霊紗が微笑む。
「あ、そう言えば桜。試合中に言ってた、トシキの為ってどういう事?」
と、試合中に聞いた事をアイギスが聞く。
「あ、あれは…、決勝戦を見てれば解りますよ!」
焦りながら手をばたつかせて桜が答える。
「何か怪しい…」
神楽が桜の焦り様を怪しむ。
「あ、怪しくなんてないですよ!」
手を更に激しくばたつかせて焦る桜。
「まぁいいわ。試合を見てれば解るんでしょ?」
と、霊紗が微笑む。
「は、はい!」
桜が強く頷く。
「舞台が修復されたので、決勝戦をそろそろ始めたいと思います。選手は控え室に待機していてください。」
と、アナウンスが流れる。
「あ、では私はいきますね。」
一礼して桜が控え室の方に向かって行った。
「じゃあね―!」
アイギスが手を振って送り出す。神楽達も手を振る。
「じゃあ、私達もそろそろ行くわ。」
霊紗が手を振って出ていった。
神楽達もじゃあね、と言って出ていった。
救護室にはアイギスとクロエが残った。
「私ももっと強くならないと!」
アイギスが拳を強く握る。それを見て、クロエが優しく微笑む。
「そうだな」
と、言ってアイギスの頭に手を乗せて撫でる。
・・・・・・・・・・・
決勝戦
選手逹(主にトシキと桜)により、所々破壊されてきた舞台の緊急修理が終わった。
緊急なため、簡単な修理しかされておらず、直した所が丸わかりだった。
そんな舞台に実況者が上がってきた。
観客が盛り上がる。
「えぇー、お待たせいたしました!ただ今より決勝戦を始めようと思います!」
その宣言により、歓声が更に上がる。
「それでは、選手の入場です!」
大きな歓声が飛び交う中、トシキと桜が舞台に上がってくる。
トシキの名前を呼ぶ黄色い声が前よりも増えている様な気がして、トシキは苦笑いする。
「あれ?服変えたんですか?」
ふと視界に入ったトシキに聞く。
「ん?あぁ、流石に破れ過ぎて恥ずかしいからね。」
観客に手を振っていたトシキが、服をつまむ。
「旋風の雷として動いてた時の服を悠里さんが改良したんだって。」
と、トシキ。
色は上下共に黒がベースになっている。上は半袖のパーカーでポケットのふちが黄色。下は黄色のふちのポケットが普通のズボンよりも多目でゆったりしたズボン。
「中々似合ってますよ」
と、微笑む桜。
「ありがとう。」
照れつつお礼を言う。
そんなやり取りをしていて、実況者の馬鹿にした自己紹介が済んでいた。
それに気づき苦笑いする二人。
「それでは、試合ー開始!」
二人が同時に真剣になり構える。
「ちゃんと全力で来てくださいよ」
桜が微笑む。
「それは…」
と、トシキが苦い顔をする。全力とは闇の魔力を使う事を意味していた。その事がトシキを迷わせる。
「ダメですよ?よそ見してたら。」
トシキが俯いた隙を突き、一瞬で後ろをとる。
「!」
隙を突かれたトシキは反応が遅れた。
トシキの肩に足をかけ、舞台へと頭から叩きつけた。
舞台を壊す音と共に煙が上がる。
「トシキ選手、いきなり頭から舞台に叩きつけられた!」
「これはだいじょうぶなのかー!?」
と、煙が上がる穴を覗こうと身を乗り出す実況者。
その穴から、手が舞台に掛けられた。
「くっ…!」
フラフラする頭を抱えながらトシキが舞台に這い上がってきた。
「いきなり痛いの喰らわせてくれるな…」
「私を倒すんでしたら本気でこないと難しいですよ?」
と、まだフラフラなトシキを気にせずに構える。
「行きます!」
桜は容赦なくトシキに向かって行った。
「っく…!」
意識を何とか桜に向ける。
風を切る様に向かってくる桜は、速度を落とすことなくトシキへと距離を詰める。
ふらつく体で避けるのは無理だと判断し、障壁を三重に張るトシキ。
「!」
その障壁に桜の手刀は防がれた。障壁を2つも破られたが。
マジか…、相当手を抜いてたな。今まで
と、やっと安定してきた意識で思考が働き始める。
「…やるか」
舞台上を風が吹き抜ける。そして、トシキの周りに風と雷が舞う。
(風の領域と、旋風の雷…か)
才人の時とは違い、両方とも使っている。
(闇の魔力はやはり使ってこないか…)
と、何か考えながら桜は様子を見る。
「なっ!?」
様子を伺っていた桜が、いきなりその場から消えたトシキに驚く。
背中の方がチリチリと刺す様に感じ、その場で伏せる。
「!」
桜が伏せた瞬間に、桜の背中の合った位置に、空を裂いて蹴りが通りすぎた。
「ふっ」
トシキが息を吐きながら、伏せた桜めがけて拳を降りおろす。
「くっ!この体勢…」
桜が焦りつつ2重の障壁を張る。
その障壁に、鎌鼬と雷を纏った拳がぶつかる。
が、障壁は破られ塵と化し消え、桜の背中にトシキの拳が届く。
桜が舞台に打ち付けられ、陥没する。
「今度はトシキ選手がダウンを奪った―!」
実況者がカウントを取り始める。
5カウント程で桜は立ち上がった。
やっぱ、障壁で威力落ちたか…。どうする?
闇の魔力を使わずに済ませたいトシキは、対策を立てる。
「考える時間は与えません」
桜が反撃に出る。
トシキに考えさせる時間を与えないように距離を詰める。
オレのことをよくわかってる
風の領域で察知しつつ、作戦を練る。
風の領域があるために作戦を練る余裕がトシキには有った。
「はぁっ!」
桜が連続攻撃に出た。
「うっ…、くっ…」
その連続攻撃を紙一重で交わす。一発頬にかすり、血が流れる。
流石に作戦を練るのを諦め、かわしながら反撃の隙を探る。
「っ!」
トシキが反撃に出ようとした瞬間に、桜が距離をとった。
(今のは闇の魔力!?)
トシキは無意識に闇の魔力を練り出していた。
が、すぐに闇の魔力は消えた。
「…」
桜が疑問を感じた。
「あなたは何を恐れているんですか?」
距離を詰めつつ、トシキにだけ聞こえる声で桜が聞く。
「…」
トシキは質問に答えない。
「闇の魔力に取り込まれるのが怖いですか?」
桜は確信を持ってトシキの恐れている部分を突く。ただ、桜には恐れている意味が理解できなかった。
「くっ…!」
トシキに問いかけつつも、攻撃の手を緩めない。
「あなたが得た力ならどんな形でも、貴方の力なのですよ。」
と、一瞬優しく微笑む桜。
「…どういう事?」
桜の言葉の意味が今一ピンとこない。
得た力は何であれオレの力?
「あなたの力を恐れていては、力はあなたを助けてはくれない。」
トシキの鼻すれすれを桜の蹴りが通りすぎる。
…オレの力
桜の言いたい事が何となくわかり出してきた。
「闇の魔力を恐れるな、って言いたいのか?」
そのトシキの問いに微笑む桜。
やっぱりか
前に頭に語りかけてきた声も似たような事を言ってたな
トシキが前に聞いた声を思い出す。
ー自分を信じなさいー
再びトシキの頭に声がきこえる。前と同じ澄んだ綺麗な声だった。
「恐れないで。あなたの力はあなたを、大切なものを守る力です。あなたが信じずに誰があなた自信を信じるんですか?」
「大丈夫。あなたの心は闇に呑まれたりしない。だから、力を、自分を信じてください。」
「…」
トシキが動きを止めた。
「あ…」
いきなり動作を止めたトシキの頬に桜の拳が思い切り当たり、場外へと吹っ飛ぶ。
「トシキ選手思い切り桜選手の攻撃を受け、場外へと吹っ飛んだ!」
実況者がカウントを取り始めた。
「!」
トシキの方から、魔力の増加を感じた。
(この感じは闇の魔力…)
トシキが立ち上がり、舞台に戻ってきた。
雰囲気が先程と違うのを感じる。
実況者が何かを言っているが耳に入らない。
トシキも聞いていないようだ。
トシキの左目が金色に変わっていた。
「マハーカーラ(大いなる暗黒)」
トシキがボソッと呟く。
「ありがとう、桜」
トシキが微笑む。
それにドキッとする桜。
「…」
時計を見たあと、トシキがなにも言わず、桜に背を向け場外へと降りた。残り時間は三分をきっていた。
「な!?トシキさん!!」
トシキの予想外の行動に驚く桜。
実況者がカウントを取り始める。
カウントを取り始めてもトシキは戻る気配がなかった。
そのまま5カウントが過ぎた。
「トシキ選手自ら舞台を降り、そのまま試合終了!」
観客が何故自分から舞台に降りたのか理解できず、歓声はまだらだった。
「どういう事ですか?」
桜もトシキの行動に理解出来なかった一人だった。
「言ったろ?腕試しで出たって。闇の魔力を使わずに今のオレがどこまでやれるかがわかった。」
「…闇の魔力無しでは私に勝てない、と?」
桜が珍しく不満を露にする。
「そう。残り時間も余りなかったし、闇の魔力無しだったら、オレの敗けだ。」
トシキが俯く。声が震えていた。
…悔しいな
拳を強く握りしめた。
「ごめんな。でも、この借りは絶対返す!」
と、今度は強い意思を目に宿しトシキが桜を見た。
「…あなたという人は」
と、呆れながらも笑いかける桜。決めたらテコでも動かない、それがトシキだと、この数日で理解した。
頼もしくもあり、だけど何を考えているか解りづらい。ただ、優しさと意思の強さを持つトシキに惹かれる事を薄々感じていた。
「それでは、閉会式と授賞式を始めたいと思います。」
そして、授賞式が始まった。
・・・・・・・・・・・
舞台で行われている授賞式を高みから見下ろす四人の人影。
「どうですか?今回は。」
右端に立つ大柄な男が尋ねる。
「うむ、いいのが3人、特に今の試合の男の方。アレは良い」
と、低いしわがれた声が返事をする。
「中々御目が高い。‘本’大会なら確実に優勝を狙える逸材ですよ」
「…アレを知ってるのか?」
「えぇ、よく知ってますよ。」
影になっていた所から大柄な男が出て見下ろす。
「…クックック」
薄ら笑いを浮かべる大柄な男。
ハイライト王国騎手隊ガイ・シャロウ将軍。
「ほっほ。では、彼とその仲間を君に任せよう。奴等に取られる前にのぉ」
そう言って、三人の人影が消えた。どうやらホログラムの様な映像の魔法バージョンだった。
「さて、早速動かなくてはな」
ガイもその場から消えた。
怪しげな会話が行われているのも知らず、トシキ逹は閉会式を行っていた。