約束と別れ
魔法世界 学園長室
「あなたはどちら様だ?」
学園長が部屋に入ってきた身なりのいい男に尋ねた。
「私は、“院”の者である。」
男がペコリと一礼した。
「!」
「院?」
トシキ達は何の事かさっぱりわからないが、学園長は驚いた。
「…何のよう?」
学園長が男に用件を聞いた。
「…君たちは退席願おうか。」
男が神楽達を見た。
神楽達はしぶしぶ頭を下げてから、部屋を出ていった。
「…じゃあ、失礼しました。」
トシキがそう言って、一礼して出てこうとした。
「待ちたまえ。君は残りなさい。」
トシキの肩を掴んだ。
「…え?」
「私は君に用がある。」
男が笑って言った。
「…じゃあ、神楽達に先に行ってて、と言ってきます。」
男が頷いて手を離した。
トシキは部屋の外に待機している神楽達に話しはじめた。
「“院”の者が彼に何のよう?」
学園長が聞いた。
「なに、すぐ済みます。」
男は笑いながら答えた。
「すいません、お待たせしました。」
トシキが部屋に戻ってきた。
「…さて、率直に言おう。謎の軍の次のターゲットは魔法学校だ。」
「な!?」 「はぁ!?」
トシキと学園長が同時に驚いた。
「確かな情報ではないがね。」
「なんで魔法学校が狙われる?」
学園長が思わず呟いた。
「三国はすでに壊滅状態。後は、ここにいる有能な魔法先生と生徒のみ。魔法世界を掌握するのに邪魔な者は徹底的に消すつもりじゃないのかな。」
男が平然と言った。
「さて、どうする?」
「…くっ!?」
「話しは以上?それなら早く出てってくれる?生徒達を避難させないといけない!」
学園長が立ち上がった。
「ふむ、では失礼しよう。」
学園長に一礼してドアの方を向いた。横に立っていたトシキを横目でチラッと見て笑い、部屋を出ていった。
「…」
トシキはそれを見て、拳を握った。
「トシキ君、すまんな。ホントはもっとゆっくりしていってほしかったんだが…」
学園長がトシキの前まで来た。
「いいんです。これが終わればゆっくりできますから。」
笑いながらトシキが言った。
「…すまんな、私は生徒達を避難させてくる。君もここから遠くにいてくれ。」
「はい…」
トシキが頷いたのを見て、学園長は微笑み部屋を出ていった。
「オレが…」
ボソッと呟き、トシキも部屋から出ていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
魔法世界ハイルガクア図書館
神楽達3人は、学園長室を出てすぐにハイルガクア図書館に向かった。
「…トシキ遅いね。」
神楽が本を閉じてため息をついた。
図書館に着いてからざっと3時間は、旧世界に帰る方法を探していた。
「…道がわかんないんじゃない?」
アイギスが椅子を前後に揺らしながら言った。アイギスは図書館に着いてから、初めはちゃんと調べていたが、途中からサボって図書館中を歩き回ったり、机に寝そべったりしていた。
「何かあれば連絡してくるでしょ。」
霊紗が本を読みながら言った。
「…そうだね、待ってようか。」
神楽は頷き、また目線を本に戻した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
????
また、トシキは何もない黒の世界に来ていた。
「…あれ、何でここに。」
トシキは周りを見回した。何もない黒が広がるだけの世界。
―私が呼んだの―
女性の綺麗な声が響いた。
「…また何か厄介なことに?」
ここに来ると決まって嫌な事しか起こらない。
―残念ながらその通り―
声が切なそうに言った。
「今度は何?」
―まず、謝らせて―
「…何で?」
いきなり謝罪すると言われて、トシキは焦った。
―あなた達は魔法世界に閉じ込められてしまっているの―
「…何だ、その事か。それなら問題ないよ。君に教えられなくても、魔法世界に来てた。」
―?―
トシキが言った後、返事がなかったため、続けて自分達の現状を話した。
―…なるほど、じゃあ必然的に魔法世界に呼び寄せられてたってわけね―
「だから、謝る必要はないよ。」
トシキは笑った。
―ありがとう―
「うん。」
そのやりとりで沈黙が訪れた。
「で、本題は?」
トシキが沈黙に耐えれずに聞いた。
―あぁ、そうね―
―実はね、ホントに危険なのは旧世界、魔法世界両方だったの―
「!?どういうこと?」
―彼らは旧世界を支配し、その後に魔法世界を支配しようと企んでいるの―
「…やっぱりか!だから、魔法世界で戦争を起こして、オレ達や魔法使いを魔法世界に閉じ込めたんだ。」
―…気づいていたの?―
声が、驚いたのか間を開けてから聞こえてきた。
「うん、何となくだけどね。それで、今急いで旧世界に帰る方法を探しているんだ。」
―…そう。そうね、あなた達は旧世界の住人だものね―
トシキは声のする方を向いた。
「…まだこっちでやることが残ってるけどね、2つほど。」
―2つ?―
「そ、1つは君を助け出すことだよ。キャロルさんと一緒に捕まってると思ったんだけど、違ったみたいだし…」
トシキが腕を組んで悩み出した。
―…私が捕まってるってなんでわかったの?言ってないのに―
「組織の仲間ならわざわざ旧世界が危ないって連絡して来ないでしょ?それに、こうやって連絡して来るってことは、組織に不満を持ってるか、他に考えられるとしたら、無理矢理協力させられてる、とかそんなとこでしょ。」
―…そうね。あなたの言う通り、私は組織に捕まって、無理矢理協力させられてるわ―
「ってことは、あなたはねじれを操れる魔物、ってか魔族の人?」
―そこまでわかってるのね、その通りよ。私はねじれを操る魔族の者―
「…なら、1つ頼みたいことがあるんだ。できればだけど、できないならできないでいいんだ。無理はしてほしくないから。」
―…いいわ、私を信じてくれたお礼はしなきゃね―
声が明るく言った。
「ありがとう。それで頼みは、神楽達をねじれで旧世界に戻してくれないかな。」
トシキが微笑んで言った。
―何とかやってみるわ。でも、あなたは?―
「…言ったっしょ?オレは君を助けるって。助けてからオレは旧世界に帰るよ。」
―…でも、あなたが今いる場所は―
「…約束は守るよ。必ず助ける。」
トシキが微笑んだ。
―わかった、あなたが決めたことなら何も言わないわ―
「ありがとう、それじゃ神楽達を頼むね。そろそろ来るから。」
トシキが目を閉じた。
―…えぇ、何とかやってみるわ。あなたのためにも―
声が聞こえた後、黒い世界に光が差し込み始めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ミッドガルド平原
トシキは緑で広がっている草原の上で眠っていた。
「…ん」
心地よい優しい風で、トシキの目が覚めた。
「名前、聞いとけば良かったな。」
夢の事を振り返りながら、自分の周りに広がる世界を見回した。
「…それにしても戦争終わってそのまま向かってくるなんて、さすがは精鋭の軍団だけあるな。」
戦争が起こっていて煙が上がっている方向から、多数の人や馬に乗った人がぼんやり見え始めた。
「…さて、何とかやってみるか。」
トシキは後ろの方に見える魔法学校を見た。
そして、魔法学校に向かってくる軍団を睨み付けた。
段々とトシキの方に軍団が近づいてきた。
「ん、なんだあれは?」
馬に乗った騎士の1人がトシキを見て言った。
「さぁ?魔法学校の守護者ですかね。隊長」
隊長と呼ばれた騎士の近くにいた兵士が笑いながら答えた。
「…たった1人でか?ただのバカか、それとも…」
隊長が言葉を切った。
「こっから先は、」
トシキが近くにまできた軍団に対して、刀をだした。
「誰もいかせない!!」
トシキが軍団に叫び、突っ込んだ。
「全員、迎え撃て!敵は魔法学校の守護者と思われる1人だ。数で圧倒しているとしても油断するな!!」
隊長が槍をトシキに向けて、全員に号令をだした。
「はあぁぁぁ!」
トシキの雄叫びと共に、兵士が次々と吹き飛ばされていった。
「な、なんだ!?何が起きている!!」
隊長が前の方で起こっている事がわからずにきいた。
「わかりません!ただ、1人によって前の方が撹乱されているようです!」
兵士が報告した。
「…相手は1人だ!囲って一斉攻撃しろ!」
隊長が前の方の兵士達に言った。
「…作戦聞こえてるし。」
苦笑いしながらトシキは、目の前にかなりの数で攻めてくる兵士達を、1人ずつ刀と魔法を使いながら進んでいった。
「やっぱ、数が多い…。」
倒しても全然数が減らない気がした。倒した、と言っても逆刃で戦っているため殺さずを破らず、兵士達を気絶させる程度だった。酷くて手足の骨折で、命は取らない。
「…っ!」
トシキに向かって、火、水、雷、土の魔法が様々な方向から飛んできた。
それの軌道を読み、次々と回避をした。
「しまった…!囲まれた!!」
トシキが周りを兵士達に囲まれた。
兵士達はまた、一斉に攻撃を繰り出した。
「魔法障壁!」
魔法障壁を全力で展開した。
魔法障壁にあたり、トシキの近くで次々と爆発を起こし、煙が周りを包んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ハイルガクア図書館外
神楽達は全く来る気配のないトシキを、迎えに行こうと外に出ていた。
「…トシキ遅いなぁ」
アイギスがその場でピョンピョン跳ねた。
と、いきなり何かが爆発したかのような轟音が響いた。
「!え、何!?」
神楽が音に驚いてその場にしゃがんだ。
「あそこ…!」
霊紗が煙の上がっている方向を指差した。
大きな煙が下から上に向かって上がっている。
「…ミッドガルド平原ね、あそこは。」
霊紗が方向を見て場所を特定した。
「もしかして、トシキ…?」
神楽が何となくトシキを思い浮かべた。
「わわっ!!」
アイギスが悲鳴をあげた。
「アイギス!?」
神楽達は悲鳴に驚き、アイギスの方を見た。
いつの間にか、神楽達の間にねじれが出現していた。
「ねじれ!?」
霊紗が驚いた。
その瞬間ねじれは大きくなり、神楽達を飲み込んだ。
「きゃあぁぁ!」
「うわわわっ!!」
「…中ってこんなになってるんだ」
霊紗がねじれの中を見て言った。中は何と言うか、ねじれている。名前の通りその空間がねじれており、どちらが上で下かまったくわからない。
―あなた達を旧世界に帰します―
ねじれの中に綺麗な声が響いた。
「だ、誰?」
神楽が声の主に聞いた。
―私はトシキに頼まれてあなた達を旧世界に帰す事を頼まれたの―
「トシキに頼まれたの!?じゃあ、トシキは!?」
神楽が聞いた。
―彼はおそらく1人で魔法学校を守るために戦っているわ―
「…じゃあ、やっぱりさっきの爆発はトシキが?」
―そこまではわからないけど、そうでしょうね―
「…あんたは、知っててトシキを1人で行かせたの?」
霊紗が冷たい声で、でも体を小さく震わせながら言った。
―ならあなたは、彼の決意を聞いて、それでも彼を止める事ができるの?悩んで決めた彼の決意を踏みにじってでも―
「!そ、それは…」
霊紗が言葉をつまらせた。
―わかってあげて、そして彼を信じてあげて―
「でも…」
―彼の帰る場所を守って―
「トシキの帰る場所!」
アイギスが言った。
「そうだよ、トシキが帰る場所を守らなきゃ!」
神楽が言った。
「…ったく、そんなこと言われたらそうするしかないじゃない。」
霊紗がフゥ、とため息をついた。
―私も彼のためにできることをするわ。だから、そっちは任せるわ―
「…ホントに頼むわよ。」
―えぇ、じゃあそろそろ着くわ―
「わかった、ありがとう。」
神楽が声の主に礼を言った。
その瞬間、ねじれに光が差し込み、旧世界の空き地が見え始めた。
神楽達は、一斉に空き地に落ちた。
霊紗はきれいに着地したが、神楽とアイギスはお尻から落ちて、しりもちをついた。
「イタタ…もう、ちゃんと送り届けなさいよ。」
神楽が文句を言った。
「…じゃあ、ここを守るために対策を練ろうか。」
霊紗が言った。
霊紗の言葉に神楽達が頷いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
魔法世界 ミッドガルド平原
「ハァ、…ハァ」
トシキは初めと比べると、息づかいが大分粗くなった。
それもそのはず、精鋭の軍団も初めと比べるとかなり減っている。
「…状況は?」
槍を持った隊長が聞いた。
「見ての通り、たった1人に三割の兵士を倒されました。」
「どうやら、後者のようだな。ただのバカとは違う様だ。」
隊長が苦笑した。
「う、うわあぁぁ!」
兵士達が悲鳴をあげた。
「うおぉぉぉ!」
トシキがいつの間にか大剣を振り回していた。
「…あんなモノ持っていなかったはずだが」
「えぇ、全く謎の守護者ですよ。」
「くっそ!キリがない!!」
トシキは大剣で兵士達を吹き飛ばしながら焦りを感じた。数が多すぎる、というのは初めから思っていたが、いざ戦ってみると数の多さを嫌と言うほど痛感した。
「だけど、諦めない!やれることは、全部やってやる!!」
そういって、トシキは間合いを開けた。
「…風の領域!」
そう言って、トシキの周りから風が吹いた。
「何だ、今の風は?」
隊長が聞いた。が、兵士にはわからなかったため、首を傾げた。
「ここでならやれる。旧世界じゃできない技だな。」
トシキが技の感触を確かめながら呟いた。
「構うな、攻撃の手を止めるんじゃない!!」
隊長が命じた。
兵士が雄叫びをあげて、次々とトシキに向かって突撃したり、魔法を唱えた。
「…よし、バッチリだ。いける!!」
そう言って、左目を黄色、速さ重視のスタイルに変えた。
その間に兵士達と、魔法が接近してきていた。
が、魔法はかわされ、突撃した兵士達は次々と倒れていった。
「な、何が起きている!?」
「わかりません!!一瞬で突撃した兵士達がやられました!!」
「一体何者なのだ…、たった1人で百人の半分の五十人を倒すなど…、ヤツは人間か!?」
隊長が兵士達を次々と倒していくトシキを見て唖然としている。
「何故、攻撃が当たらない!?まるで何処に攻撃がくるかわかっているみたいだ…!」
トシキは兵士達の攻撃を避け、どんどん兵士達をなぎ倒していく。
風の領域。それは、範囲内にいる者全ての動作を、空気の移動、振動、流れ等で感じとり、攻撃や、何処に移動しようとしているのか察知できる。範囲は、魔法を使った時にトシキを中心に吹く風によって指定される。現時点の最大200m先まで指定できる。(遠くまで指定できても精度が落ちるし、広範囲で戦う事がそんなにないため、今が丁度いいと言えば丁度いい)
トシキが独自で編み出した最初の魔法だった。ただ、編み出したのは良いが、トシキの力不足で旧世界では使えず、魔力が旧世界より溢れている魔法世界でしか使えない。
「あぐっ…!」
そんな一見完璧に見える風の領域でも、魔法を受けトシキはダメージを受けた。
「くそっ!!…ハァハァ」
風の領域で攻撃の予知ができても、使用者の体が動かなきゃ意味がない。トシキは疲労がかなり溜まってきていた。無理もない。およそ百人超の兵士達を1人で相手しているのだ。疲れないわけがない。
「相手は疲れてきている!たたむなら今だ!」
隊長が槍を天に高く掲げた。
「…ったく、まだかなり残ってるし。」
トシキは自分を囲もうと兵士達が展開していくのに気づいた。
気づいたが、疲れで体が動かない。
(…ここまでか!?)
肉体的にも精神的にも限界がきていた。
(オレはここで死ぬのかな…)
そう思った瞬間体がフッと楽になった。全身に入っていた力が、死ぬ、生きるのを諦めた事で抜けた。
(もう、力入らないや…)
大剣を握っていた手から、大剣が抜け地面に突き刺さった。
「なんだ?剣を放したぞ…」
兵士達が、トシキの様子を見て動きを止めた。
(…あ、約束のこと忘れてた。助けるって約束したのに、死ぬのか?オレは)
トシキが膝をついた状態で止まった。
(約束、守らなきゃ…でも力が入らない…)
トシキはついに、その場で倒れてしまった。
「た、倒れたぞ!」
兵士達が顔を見合わせながら、突然倒れたトシキを見た。
(オレ、もういいよね…よく頑張ったよね…)
トシキの目が段々閉じていった。
「マスター!諦めないで!!ここで諦めたらホントに死んでしまう!!」
テリルが地面に刺さったままトシキに激を飛ばした。
が、返事は返ってこない。
「あの剣、魔法媒体か!未だにあの形の魔法媒体が残っているとは驚きだ…」
返事が返ってこない主人に激を飛ばし続ける魔法媒体を見て、隊長が切なくなった。
「さぁ、我等を苦戦させた目の前の勇敢なる守護者を、手厚く葬ろうではないか!」
隊長がトシキに槍を向けた。
それに続いて、兵士達が次々と武器をトシキに向けた。
「勇敢なる守護者よ!我等は誇り高き貴公に粛清を与える!!」
兵士達が一斉に呪文を詠唱しはじめた。
(誇り高い?生きるのを諦めたオレが…)
トシキの閉じかけた目が少し開いた。
「マスター!まだ諦めるのは早いです!!」
後ろの方からテリルの声が聞こえる。
「我等が一撃、受けよ!!」
呪文を詠唱し終え、隊長が槍を引いた。その瞬間、魔力が槍に集中した。兵士達も同じように武器を引き、武器に魔力が集中した。
それを一斉に、トシキに向けて放出した。
「ま、マスター!」
目の前から来る魔法の集団。
後ろでトシキを呼び続けるテリルの声。
「神楽、霊紗、アイギス、ゴメン…」
目から涙が一粒流れた。
魔法の集団が目の前まできていた。
トシキは目を閉じた。
次々と魔法が飛んでいき、巨大な爆発を起こした。空気が爆音でビリビリと振動し、兵士たちの体を打った。
「…貴公はよくやった。安らかに眠られよ。」
隊長が槍を顔の近くで持ち、一礼した。
「た、隊長!」
と、黙祷を勝手にしていた隊長に兵士の1人が声をかけた。
「…なんだ、お前たちも黙祷を捧げろ!」
黙祷を邪魔され、怒鳴った。
「黙祷を捧げるのは早いです!」
「な、なんだと!?」
隊長が驚き、トシキの方を見た。まだ爆発で煙が上がっているためよく見えない。
「風を起こして煙を吹き飛ばせ!」
隊長がそういった後に、兵士の1人が風で煙を吹き飛ばした。
「な、何だと!?」
隊長は目の前の光景を見て驚いた。トシキの後ろに突き刺さったテリルがいつのまにか、トシキの前の地面に刺さっていた。
地面が、トシキを避けるように抉れていた。
「ま、まさか主人を守ったのか…!?」
信じられない事が目の前で起こり、隊長がとり乱し始めた。
主人を守って、自分が魔法を受ける魔法媒体など、前例がなかった。
と、兵士達がパニックを起こしているとトシキが目を開け、自分の目の前に立っているテリルを見た。
「テ…、テ、リル?なんで…?」
トシキが途切れ途切れに聞いた。
「ま、マスター…あな、たは、まだし、んじゃだ、めです。神、楽さん達、や、約、束、守らな、きゃだめ、です…」
テリルも途切れ途切れに言った。
そして、テリルに1つのヒビが入った。
「!…テ、リル!」
それを見て、トシキが焦り、テリルに近寄ろうと地面を這いながら移動した。
「大好きなマスター…死なないで。生きて、皆を守るために、悲しませないために…生きて…!」
そう言った瞬間に、テリルの全身にヒビが入り、粉々に砕け散った。
「あ…あ、あ…ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
粉々に砕けたテリルを見て、叫んだ。急いで散った粉を集めようとしたが、風でドンドン散っていく。目から涙が流れ続けた。
「うっ…くぅ」
土をギュッと握りしめた。
ポタポタと、地面に血と涙が滴り落ちる。
「お、オレが…オレのせいで、テリル…!」
「なんと言うことだ!主人を、我が身を犠牲にしてまで守るとは…!」
隊長が目の前で泣き続けるトシキを見ていった。
「?」
一瞬トシキがこっちを見た気がした。
「うわあぁぁ!」
「!?」
左の兵士達が叫ぶ声が聞こえた。
「な、何だと!」
目の前で泣いていたトシキがいつの間にか、左の陣形を崩し、こちらを見ていた。
「オレがだらしないから…オレが諦めなきゃテリルを無くさずにすんだ…」
トシキが何かを呟いているようだったが、よく聞こえなかった。
「ゴメンな…オレがもっとしっかりしてれば…」
「…?」
トシキの魔力が高まってきている気がした。
「…ありがとう、テリル。」
涙をふき、目を閉じた。
ゆっくり深呼吸した。
「二重武装」
目をゆっくり開けた。
左目が赤、右目が黄色、と今までにない両目の変化が起こっていた。
「雰囲気が違う…、それにあんなに減った魔力が戻るどころか、増えている!何が起こったんだ!?」
「さて、仕切り直しといこうか。皆さん」
足元に転がっていた杖を拾い隊長に向けた。
「…ふっふははは!良かろう、また地に伏させてみせよう!!」
隊長も槍をトシキに向けた。
ニッと笑い、トシキが残った軍勢に向けて突進していった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
旧世界 神楽の部屋
神楽達は、旧世界に戻ってから部屋に帰り、これからのことを話し合っていた。
「じゃあ、とりあえずはトシキが戻ってくるまでアイギスは家に泊まってくってことで、いいよね?」
神楽が隣でお茶を飲んでいるアイギスに聞いた。
「うん、神楽がいいならそれで。トシキいないのにあの家に居づらいし…」
そういった。
「じゃあ、霊紗もいいよね。」
「…うん。」
霊紗が小さくうなずいた。
「で、後は組織だけど、私たちだけじゃ対抗なんてできないよね?」
「でしょうね。私たち3人じゃ全く対抗できないわ。」
霊紗が小さくため息をついた。
「じゃあ、どうすんの?何か他に手はあるの?」
アイギスが足をパタパタさせた。
「それが、全く思い浮かばないの…」
霊紗がまたため息をついた。
「…トシキの事が気になってしょうがないんでしょ?」
アイギスがニヤニヤしながら霊紗にいった。
「お互い様でしょ…」
霊紗がアイギスの飲んでいるコップを指差した。
「へ?あれ、いつのまにからっぽに…」
アイギスは気づかずに空になったコップをずっと口元に運んでいた。
「もう、2人とも気にしすぎだよ!」
神楽が明るく言った。が、声だけ明るくて、顔が暗い表情をしていた。
「あんたもね…」
霊紗がそんな神楽を見て言った。あはは、と苦笑いした。
「ピシッ」
「…あ」
神楽のコップが独りでに割れた。その瞬間、何故かトシキの顔が脳裏によぎった。
「トシキ…」
神楽が呟いた。
「今何故かトシキが頭をよぎった…」
霊紗が言った。その言葉にアイギスも頷いた。
「…トシキ」
神楽達は窓から見える空を見上げた。
今回は早めに更新できました。この話で一旦節目です。