王の悩み
余の第1子。第1王子であるアルバートは無能だった。
歴代の王族と比べるどころか、そこらの平凡な貴族にも敵わない。
なんと恥ずかしいことか。
しかし、この国は年功序列の制度が古く根づいている。順当にいけばアルバートが王太子だ。
第2王子のケインは優秀だと言うのに。本当に、惜しい。
国のためなら、と。事故と見せかけてアルバートを処理してしまおうかという考えも過った。しかし余は実の息子に対してそこまで非情になれなかった。
アルバートはいつまでたっても無能だった。彼奴の魔法を見て余が何度落胆したかわからん。
優秀な婚約者をつけ、優秀な教師をつけたがやつは変わらなかった。それどころがどんどん横柄になり、時々訓練をサボるようになった。
余は決めた。時が来たら──学園を卒業したら、アルバートを病気ということにし、離宮に住まわせようと。そしてケインを王太子にしようと。
周りの貴族は察するだろう。アルバートは病気ではないと。無能が故に病気ということにされるのだと。
アルバートが王太子という立場に執着しているのは分かっていた。だが、国のためを思うとそうするしか無かった。
年々横柄に、性格がねじ曲がっていくアルバートをみても何も感じることが無くなった。むしろ、決断を後押ししていた。
イザレアには悪い事をした、どうやらケインに惚れているようだし、アルバートが病気になったあとはケインの婚約者にしてやろう。そう考えていた。
そしてある日、アルバートの噂が耳に入る。
どうやら王太子殿下は聖女に骨抜きのようだ、と。
イザレア様には冷たく当たり、公衆の面前で聖女と接触しているようだ、と。
そこまで落ちたか、アルバートよ。そう思った。それにその聖女のことを調べてみると、出るわ出るわ悪い噂。
神官長にも直接話を聞いてみたが
「そうなんです!あのルミナとかいう聖女は卑しい平民の分際で!ほかの聖女に仕事を押し付けて!」
噂通りの答えが返ってきた。
アルバートは人を見る目もなかったか。哀れな奴よ。
余がアルバートを病気とするか、奴が勝手に自滅するのが先かそう思っていた頃、久しぶりにアルバートから謁見を申し込まれた。
「陛下、どうなさいますか?」
長らく付き合ってきた宰相がそう問いかける。
「ふむ、奴から余に関わろうとするなど久しぶりだ。会ってみようではないか」
余がそう答えると、宰相は小さくお辞儀をした。
「左様ですか」
しばらくすると宰相が戻ってきた。
「アルバート様が来ました。」
そう耳打ちする。そして
「陛下、アルバートでございます。」
久しぶりに息子の声を聞いた。
「入れ」
そういうと重たいドアが開かれどこか、大人びたような、前とは纏う雰囲気の違うアルバートが現れた。
「お久しぶりでございます。」
アルバートが頭を下げる。
「面をあげよ」
臣下のような関係だ。いつからこんなにも離れてしまったのだろうか。
ケインとはこうではない。謁見の申し込みなどせずとも気安く余に会いに来る。時折、夕飯も共にする。
面を上げよなどと、言ったことは無い。
それに比べて、アルバートと会うのは何ヶ月ぶりだろうか。
見ない間に随分と雰囲気が変わった、もう余の手から離れた様子のアルバートを見てそう思った。
「陛下、私の噂はお耳に入っているでしょうか。」
神妙な面持ちだった。
「あぁ、悪い噂だがな。お前がある女生徒に骨抜きだという。」
そこでちらりとアルバートを見た。
「真実でございます。」
アルバートははっきりとそう言った。
「ほぉ」
その目はいつになく真っ直ぐで決意に溢れていた。
「陛下、お願いがあります。どうか私を国外追放としてください」
余から、目をそらさずアルバートは真剣な眼差しでそう言った。
「な!」
思わず声が出る。
「私は、件の聖女と真剣に添い遂げたいと、そう思っております。陛下とて私がいてはケインを立太子できず、もどかしい思いをしてこられたことでしょう。悪い話ではないはずです。」
誰が見ても王太子の座に執着していたアルバートは消え失せていた。
全てを諦めたような、でもなにかに縋り付くような、湿度の高い瞳。それがアルバートだった。
だが今、余の目の前にいる男は力強い瞳で目の前を真っ直ぐ見ている。
人はこんなにも変われるものだったのか。
それを成しえたのが悪名だかいあの聖女というのも驚きだ。
「して、どうする。なんの瑕疵もない王太子を国外追放したとなれば外聞が悪い」
「大規模なパーティーにて大々的に婚約破棄をしようと考えております。イザレアに冤罪をふっかけて」
その言葉を聞いて頭に血が昇った。変わったというのは余の勘違いだったのか!!
「お前、自分が何を言っているのか分かっているのか!」
思わずそう叫ぶ。
アルバートは慌てた様子もなく静かに瞬きをすると話を続けた
「分かっております。陛下。
巷で流行っている話をご存知でしょうか。馬鹿な王子が優秀な婚約者に婚約破棄を突きつける。そしてそれを助けるもう1人の優秀な王子。
そのままではありませんか。これが成功すればケインもイザレアも市民からの大きな人気を獲得するでしょう。何も考え無しに言っている訳ではありません」
「ふむ」
考えてみれば悪い話ではなかった。なんの罪もない婚約者に対し婚約破棄などどうしてくれようかと思ったが…
「どうでしょうか?邪魔な私を国外追放する理由もでき、スムーズに、それも周りからの人気も得ながらケインの立太子並びに、イザレアとの再婚約ができる。悪い話ではないはずです。」
悲観げな様子も見せずアルバートがそう言った。
やつは認識してるのだ。主観的ではなく、客観的な事実として。自分が邪魔者だと。そしてそれを受け入れてるのだ。
何か抜けない小さな針が胸に突き刺さった。
「そうか、お前の言う通りにしてやろう」
余がそういうとアルバートは途端に顔を輝かせ
「陛下、感謝致します!!」
と頭を下げ、臣下の礼をとった。そのまま頭をあげない。
「下がれ」
そう言うしか無かった。アルバートは静かに出ていった。どこまでも臣下と対応してる気分だった。
「宰相、このことは決して口外せぬよう」
「は、心得ております」
天井のステンドグラスから零れる僅かな光を見てふと足元に視線を落とす。
「アルバートはいつから、」
こんなにも遠かったのだろうか。
そう口に出そうとしたが出せなかった。
そんな余を宰相は憐れみを込めた視線で見ていた。
そしてしばらくだった頃、余の元をケインが尋ねてきた。
「失礼します!」
それで言って部屋に入ってくる。昔からそうだった。注意したこともなかった。
「入れ」
余がそう言うと、普通に部屋に入ってくる。そして
「父上!最近の兄上の行動は度が過ぎています。このままではイザレア様が不憫でなりません。どうか兄上に一言!」
余が何を言うでもなく、話しかけてくる。それがケインとは当たり前のような関係だった。だか、
(これほどまで、ちがうのか…)
陛下、自分をそう呼ぶ息子の顔が過ぎった。
「いいか、ケイン。余はもうやつに見切りをつけておる。イザレアを守りたいなら自分で守れ。いずれお前の婚約者となる」
そういうと、ケインは悲しそうな顔をして
「兄上を、見捨てるんですね」
そう言った。
「ですが、それも致し方ないことなのかもしれません。父上、急な訪問失礼致しました。」
そういうとケインはぺこりと頭を下げて部屋から出ていった。
それからアルバートの態度に激昂する公爵と話をし
「アルバートはいずれ王太子でなくなる。その時のそなたの娘はケインと再婚約させる。場が整うのを待ってくれ。」
「そうですか、陛下。ついに決断されたんですね。」
他言無用とのことで暗にアルバートの廃嫡を匂わせた。
ケインはと言うとアルバートがイザレアを断罪しようとしてるとの噂を聞きつけイザレアを庇うための手段を講じているようだ。
そして、アルバートから告げられたパーティーの日になった。
余はアルバートが失態を演じてから出る必要があるため、その時が来るまで別室で待機していた。
魔法でアルバートの様子を伺う。
アルバートと聖女はどこまでも道化に徹していた。そして散々2人が失態を演じ、ケインがイザレアを助け、アルバートが再び婚約破棄を告げて場がピークに達した時、余は会場へ入った。
そして2人へ国外追放を告げる。
そしてケインがイザレアへ求婚をし、感動のフィナーレ。
(これで、よかったのか…)
もう後戻り出来ない段階になってそう思った。余はアルバートの幸せを願う資格もないというのに。
御者の役割を頼んだ信頼出来るものに
「ちゃんと隣国まで送り届け、荷物を渡したか?」
そう聞くと
「馬車の中でも喧嘩していたので反省して欲しいという意味も込めて隣国に着く少し前で下ろしてここは深い森の中だって脅したんですが、素直にお礼言われて少しびっくりしました。隣国までは歩いて10分くらいで着く位置ですからきっと大丈夫でしょう。」
「そうか」
最後まであの聖女の本性は分からなかった。どうかアルバートが騙されていないといいんだが…そう思ったが余計なお世話だろう。
最後に、余はアルバートの幸せを願った。