ある日
今日も今日とて裏庭に向かおうとしていたある日
「ちょっとお時間よろしい?」
となんだか知らん美女に呼び止められた。
「えっと…?私はルミナです。お名前お伺いしてもよろしいでしょうか?」
私がそう言うと彼女は冷たいシルバーの瞳の温度をもっと下げ
「私はイザレア、王太子殿下の婚約者ですわ」
そう答えた。
王太子殿下の婚約者様…!?思わずえ!と声を上げそうになったが何とか抑えた
「そのような高貴なお方がどうして私なんかに…」
私がそういうとイザレア様は不機嫌そうに片眉をあげ
「あなた、本気で言ってますの?」
と言った。
「え、私何かしましたでしょうか?」
緊張で敬語が変なことになる。するとイザレア様は、はぁ、とため息をついて
「あなたが殿下と懇意にしてるのは把握しておりますの。今までは昼休み一緒に過ごしたり、談笑する程度。結婚前のお遊びとして許容できる範囲でしたわ。
しかし、先日のあれは見過ごせません。2人で授業をさぼるなど行き過ぎた行為です。それが殿下及び私にどう影響するか分かっていますの?殿下の愛人になりたいならなりたいで行動を慎みなさい。」
と一気にまくし立てた。
…?
頭に?しか浮かばない。
「ちょっと待ってください、私が仲良くさせていただいてるアルバート様は、しがない男爵家の長男だと仰ってました。人違いでは?」
私がそう言うとイザレア様の表情が歪み、パッと扇が現れた。
「そのような言い訳が本気で通じると思って?いいですか、私、忠告はしましたから。これ以上行き過ぎた行為をなさいますと殿下の首も、愛人にでもなろうとしてるあなたの首も締めることになりますわよ」
そう言って
「はぁめんどくさい。」
イザレア様はそう呟くとどっか行ってしまった。
嘘をつかれた、なんて思いたくなかった。でも妙に聞き覚えのある名前。綺麗な金髪。透き通った水色の瞳。
気づきたくなくて、この関係を壊したくなくて、あえて気付かないふりをしていたのかもしれない。
私の唯一の心の支えだったから。
でも、最後に本人の口からちゃんと聞きたい。そう思って私は裏庭に向かった。
「殿下」
そう声をかける。すると、アルバート様が驚いたように振り向くと、悲しそうな顔をした
「知って、しまったんだな」
「なんで、嘘ついたんですか?」
大事な友達だと思ってたのに、裏切られたようで悲しくて辛くて泣きそうだった。
でもそれ以上にアルバート様が辛そうでそれ以上何もいえなかった。
「嘘を、つくつもりはなかったんだ。俺の顔を見た時点で気付かれてると思ってたし。でも、俺を王太子だと知らない君が屈託なく話しかけてくれるから、もう少しだけこの気楽な関係を続けたいって欲張ってしまったんだ」
本当にごめん…消え入りそうな声でそう呟く。
「っだったら!仲良くなった後にでも伝えてくれればいいじゃないですか!」
わかる、別にアルバート様は悪くない。無知な私が悪い。気付こうと思えば気づけることだった。でも、でも、分かってても。この関係が終わってしまうのが悲しくて辛くて、思わずアルバート様に当たってしまった。
「でも、俺が王太子だって知ったら君は離れていってしまうだろう?」
「っそれは、」
「分かってる。婚約者がいる身でこんなことをして許されないことだって。でもそれ以上に、君を手放したくなかった…俺は、最低だ」
苦しそうなアルバート様を見てるとこれ以上責めることは出来なかった。
「私、婚約者がいる方とこれ以上仲良くできません」
私はずるい。こんなこと言っておいて、嫌だって言って欲しいって思ってる。止め欲しいって思ってる。
アルバート様に止められたら、私はきっと…
「わがままなのは、わかってる。でも俺は君ともっと一緒に過ごしたいっ…!!
全部を捨てでも君と一緒にいたいんだ。その覚悟もしてある。だから、どうか俺の話を聞いてくれないか?」
泣きそうな顔でそんなこと言われたら
「…ッはい」
こういうしかないじゃないか。アルバート様はずるい。
✲✲✲✲✲アルバート視点
あの日、もう消えてしまいたいと全てを嘆いて子供のように泣いていた俺の前に現れた君はまるで天使のようだった。
俺は小さい頃から出来損ないだった。王族ならよちよち歩きの頃から当たり前のように使える魔法がいつまで経っても上手く使えなかった。
体の奥底で燃える魔力は感じるのに出てこない。もどかしくって、みんなの落胆するような瞳が見たくなくて、俺はよく暴れていた。
「王太子なんですから、これくらい使えなくてどうするんですか?」
「これくらいできて当たり前ですよ?」
「はぁ、これじゃどうしようもない」
「本当に陛下と王妃様の血を引いてるのかしら」
幼い頃から心無い言葉を浴びせられてきた。人が嫌いだった。みんな口を開けば俺を馬鹿にする。褒められた記憶なんてなかった。
歳をとると体のそこに溜まってた魔力のほんの少しだけ、使えるようになった。それでも
「この年で、やっとこの魔法ですか」
「陛下は赤子の頃からこのくらいの魔法使えてました」
「教えてもないのにいきなり使いだしたとか」
「それに比べて…」
頑張って頑張って頑張って、やっと使えるようになったのに。比べられては馬鹿にされた。
悔しくて何度も泣いて何度も練習した。それでも俺の魔法の腕は中の下から一向に成長しなかった。
確かに体の中に燃えたぎるような魔力を感じるのに!それを使うことが出来なかった。
相談もしてみた、でも
「はぁ、そういう言い訳はいいですから。」
「みっともないですよ、鍛錬が足りないのです」
と相手にもしてくれなかった。
陛下も王妃も
「お前は本当に余の子なのか」
「っ…!」
「陛下、神殿で血縁関係は確認してるではありませんか」
「そうだったな、はぁ、もうよい。下がれ」
「父上っ、僕、頑張ってるんです」
だから、少しは褒めて。という言葉は出せなかった。俺を見る父上の目があまりにも冷たかったから
「申し訳ありません、」
「本当に、情けない。」
肩を落として、下がる俺の背中に王妃の言葉が突き刺さる。
誰も俺を認めてくれなかった。
そして最悪なことに、年後で生まれた俺の弟カインは歴代の中でも飛び抜けて優秀だった。
瞬きもしないうちに俺は追い抜かされ
「弟のカイン様はあんなに優秀なのに」
という比較対象が追加された。しかしこの国は年功序列制度が強い国だった。つまり、この国の伝統で第1王子が王太子になるのが当たり前なのだ。問題でも起こしてたら別なのだろうが、俺はただただ不出来なだけで立太子しない理由にはならなかった。
でも辛かった。俺より遥かに優秀な弟。先に生まれたというだけで王太子になる俺。
周りもなんでこいつが、って思ってたに違いない。
そしてそんな俺にも婚約者ができた。俺よりも遥かに優秀で弟と肩を並べることが出来る美しい婚約者。
明らかに、不釣り合いだった。
「婚約者様はとても優秀なのに」
「殿下は王族でもない方より劣っています」
「殿下そんな様子ではでは私、この国の未来が心配でございます。いくらイザレア様が優秀だとはいえ」
比べる対象がさらに追加された。俺の自尊心はボロボロだった。
それに、一個下の我が婚約者は明らかに弟のカインに心惹かれていた。
当たり前だろう。無能で、物にあたって、人にあたって、いじけてみんなから嫌われてる俺と、才能豊かで、人格者で、人気者の弟。
俺が女でも弟を選ぶ。
「殿下、今日の訓練はどうされました?」
イザレアはまるで家庭教師みたいだった。何をやっても成長しない自分が嫌で、ずっと比較され続けるのが嫌で訓練から逃げると必ずイザレアがやってきてそう言う。
「殿下、嫌なことから逃げていたら成長するものもしません。あなたは未来の国王陛下なんですよ。そういう自覚をお持ちになってくださいませ」
「っうるさい!うるさいうるさいうるさい!お前はいちいちうるさいんだ!生意気な女だな!何をしようが俺の勝手だろ!!」
気がついたらそう叫んでいた。俺がどれだけ頑張ってるか知らないくせに。俺がどれだけ苦しんでるか知らないくせに。自分に才能があるからってみんながみんなお前みたいに出来ると思うなよ!!
悔しくて泣きたかった。でも一個下の婚約者に諌められて泣くなんて恥ずかしくて、俺は酷いことを言ってしまった。
するとイザレアははぁ、とため息をつくと失望したような眼差しを俺に向けどっかへ行ってしまった。
「待っ」
そう言いかけた言葉はどっかへ消えた。待ってと言ってどうするのだろう。この言葉が届いてイザレアが振り返ったって冷たい目線で俺を射抜くだけ。
俺はどうしようもなく孤独だった。
あの日もそうだった。
あの日は魔法の実技訓練だった。俺はこれが大嫌いだった。なかなか表に出てこようとしない俺の魔力を効率よく使うために俺は魔力操作には長けていた。でも、どう足掻いても魔力量が足りなくて派手な攻撃はできなかった。
それに、今日は攻撃特化の魔法の授業。3年が2年にお手本を見せるという名目での合同授業だった。
これで俺が恥をかくのは目に見えてる。休んでやろうか、とも思ったがイザレアが張り付いてきてそれもできなかった。
「ではまず、アルバート殿下お手本をよろしくお願いします」
教師がそう言う。あいつはわかってるはずだ。俺よりも公爵家のレオン方がよっぽど魔法に長けてると。でもあいつはあえて俺を選んだ。
(くそっ恥をかかせる気だな)
だが逃げ出すことも出来ず、渋々魔法を放つ。
そこそこ派手な音がして的が壊れる。でも分かっている。あいつはそんなものじゃない。
パチパチパチ
わざとらしく教師が拍手する。
「よく魔力が制御された素晴らしい魔法でした。」
そこでいやらしく教師の目が歪んだ
「では、次に2年代表カイン殿下お手本よろしいでしょうか」
「は、はい」
自信なさげにカインが出てきた。ちらりと俺の方をみて気にかけた視線を送ってくる。
見るな、そんな目で俺を見るな。余計惨めになる
惨めな気持ちをイライラで塗り替える。俺は大袈裟に貧乏ゆすりをはじめた。
「殿下、みっともないですわ」
イザレアがそう言う。
「うるせぇな、俺の勝手だろ」
頼むから俺に関わらないでくれ
「では、いきます」
弟の声がした。
パァン、俺より少しだけ劣った魔法を放つ。
明らかに、手を抜いている。
「ぷっ、弟に気を使われて恥ずかしい」
「カイン様、優しいわ」
「えぇ、兄弟ですごい違い」
手が震えた。泣きたかった。でもプライドがそれを許さなかった。あいつは、あれを親切だと思っているのか。
俺が余計惨めになるだけだ。
教師が少し残念そうな顔をして
「まぁ、素晴らしい魔法でしたわ。カイン殿下のお心の深さが伺えます
では、2年生代表としてもう1人、イザレア様にもやって頂きましょう」
もう、いいじゃないか。そう言いたかったし逃げ出したかった。でも今言葉を発したら泣いてしまいそうで、イライラしてる振りをして貧乏揺すりをしているしかなかった
「では、」
そう言ってイザレアが魔法を放つ。打つ前にチラッとカインをみた。
あぁ、やっぱりだ。
イザレアもカインと同じように手を抜いた。
「ぷっー、」
「くすくす」
「ふふっ、」
周りから笑いが漏れる。その全ては俺に向けられている。
弟だけでなく、年下の婚約者にまで気を使われてなんて情けない王太子だろうか。
言葉には出さなかったが雰囲気がそれを物語っていた。
「失敗しちゃったわ」
そう言ってカインに駆け寄るイザレア
それを愛おしそうに見つめるカイン。
「お似合いだわ」
「素敵」
それを褒め称える周囲。もう、限界だった。
「お前ら、ふざけんなよ」
本当はイザレアにも掴みかかりたかったが理性でカインだけの胸ぐらを掴む。
「あれで、俺が喜ぶとでも思ってんのか?」
そう言って睨みつけるとカインは辛そうな顔で
「っ、ごめん兄さん」
と謝る
「っち」
胸糞悪い、そう思ってカインの胸倉から手を離そうとするとイザレアが俺とカインの間に入ってきた。
「殿下、やめてください!!」
美しい銀糸の紙を振り乱して宝石のような瞳に涙を貯め、カインを庇うようなポーズをする。
あぁ、もう全てがくだらない。
周りから見たら俺は2人の恋を邪魔する3流以下の悪役で、この光景もさぞ感動的に写ってるんだろうよ
そう思うとやるせなくて、情けなかった。
カインから乱暴に手を離し、その場から急いで立ち去った。これ以上は本当に泣いてしまいそうだったから。
後ろから
「カイン様っ大丈夫ですか?」
「イザレア様、大丈夫です。僕が悪いんですよ。兄さんの気持ちを考えられてなかったから」
「そんなっ、カイン様は悪くありません。カイン様の気持ちを無下にした殿下が…それに、カイン様が悪いなら同じことをした私も悪いんです」
胸糞悪い二人の会話が聞こえてきて、これ以上聞きたくなくて俺は無我夢中で走り出した。
誰の声も聞こえなくなるまで無我夢中で走ると自然が生い茂ってる来たことも無い場所に到着した。もう、限界だった。
「うっ、ひぐ、うぐ、」
念の為聴覚と視覚を遮断する魔法をかけ誰にも見つからないよう木の裏に隠れた。
悔しかった。何も出来ない自分が。情けなかった。弟と婚約者に気を使われる自分が。
苦しかった。それでも王太子という立場にすがりついてしまう自分が。
「うっ、ひぐ、くっ」
誰にも期待なんてされてないそんなのはわかってる。でも王太子っていう立場を捨てたら本当にみんなから見放される気がして怖くて怖くてしがみついて、でも苦しくて何も満たされなかった。
そんな時だった、君が現れたのは
「どうした…の、?」
そう言って現れた君を見た時は、終わったと思った。明らかに俺を知覚して声をかけてきた君を見てただただ固まるしかなかった。
「エト、ワタシハナニモミテマセンカラ」
そして君は俺を見てそんな風に言って帰ろうとするでは無いか
「お前、俺が見えてるのか?」
このまま行かせるのはまずい、そう思い声をかける。
「え、見えますけど、もしかして幽霊的ななにかなんですか?」
すると、彼女はなんとも頓珍漢な返答をしてきた。
「え、いや違う。俺は今聴覚と視覚を他者から遮断する魔法をかけてるはずなんだ、なのになぜ、、」
これには俺も冷静に突っ込むしかなかった。そこで、はっとする
「もしかして、お前聖女か?」
そうだったらまずい。頼む、違うと言ってくれ。そんな願いも虚しく
「え、そうですけど。」
彼女はそう答える。
「だからか、だから魔法が効かなかったのか。まさかここに聖女がくるなんて思わなかった。クソっ誤算だ。」
つまりは俺が泣いてたところから全部聞いてたわけだ。アーオワッタ。ただでさえ終わってるのに俺の学園生活終わった。未来も閉ざされた。
そんなことを考えてると
「すみません、このことは誰にも言いませんから。どうぞお気になさらず。それに、悲しいことがあったんでしょう?泣くのは悪いことじゃありません。」
彼女はそう優しく慈悲深い笑みを浮かべ、魔法でふわっと白い花を誕生させると、そっと俺に手渡した。
「聖女の作る花にはお守りみたいな効果があるんですよ。どうかあなたに幸せがありますように。今回はお邪魔してしまってすみません。」
そう言ってぺこりと頭を下げ踵を返してしまった。このままだと行ってしまう!そう思った俺は思わず声をかけた
「ま、待て!」
「はい?」
不思議そうに彼女が振り向く。
「この花、ありがとう。それと、また、来てくれるか?」
これが俺の精一杯だった。なんとも不格好な誘いで恥ずかしかった。でも彼女は
「もちろん!私昼休みは暇ですからまた会いましょう」
そう言って花のように笑ってくれた。彼女の笑顔を見るだけでまるで心に花が咲いたような気分になった。
「あ、ありがとう!俺の名前はアルバートだ。君は?」
「私はルミナです。ではまた」
ルミナ。この時、俺は既に彼女に惚れてしまったんだと思う。