出会い
始まりは、泣き声だった。
毎日毎日聖女の責務に追われる日々。学園に通ってる時だけが心休まる時間だった。なんてったってのろいくず役立たずって罵ってくる神官長がいないから。
その中でも格別に好きな時間が昼休みだった。最近、取っておきの場所を見つけたのだ。
手をつけられてない自然が生き生きと生い茂って、思わず深呼吸したくなるような学園の裏庭。
生徒にもあまり知られてないらしくここで人に会ったことがない。
「っはァ〜」
今日も疲れた。
朝4時から起きて、1時間祈りを捧げ、1時間ポーション作り。
そっからバタバタと準備をして学園に着いたら授業授業授業。聖女が居眠りなんて許されないから白目を剥きそうになりながらも耐えた。よく頑張った、私。
そして心休まる昼休み。最近はこの裏庭で1人自然に囲まれながらお弁当を食べるのがマイブームだ。
短く祈りを捧げてからサンドイッチを食べようと口を開くと
「うっぐ、ひくっう」
どこからか子供のような幼い泣き声が聞こえた。
(子供でも迷い込んじゃったの…?)
そう思い、一旦食べるのはやめ声の主を探すことにした。
声を頼りに歩いていると、ある大木の近くでいっそう泣き声が大きくなった。
きっとここにいる。そう思い、完全に迷子の子供だと思って声をかけた。が、私は次の瞬間言葉を失った。
「どうした…の、?」
子供じゃなかった。どうみたって同学年。相手も目を見開いて固まっている。
「エト、ワタシハナニモミテマセンカラ」
そんな言葉を絞り出して見なかったことにして帰ろうとしたその時
「お前、俺が見えてるのか?」
目の周りを赤くした金髪の男子がそう声をかけてきた。
「え、見えますけど、もしかして幽霊的ななにかなんですか?」
そう言うと、彼は慌てたように言い繕った。
「え、いや違う。俺は今聴覚と視覚を他者から遮断する魔法をかけてるはずなんだ、なのになぜ、、」
そこで男子は、はっとした顔になり
「もしかして、お前聖女か?」
すごーく嫌そうな顔をしてそう聞いてきた。
「え、そうですけど。」
私がそう答えると
「だからか、だから魔法が効かなかったのか。まさかここに聖女がくるなんて思わなかった。クソっ誤算だ。」
男子の独り言を聞いてあー、と思った。
聖女は精神に干渉するタイプの魔法が全くと言っていいほど効かないのだ。だから彼の泣き声が私には聞こえてしまったし彼の姿も見えてしまったのだろう。
それにまさかこんな場所に聖女が来るとは思いもしないはず。
…申し訳ないことをしてしまった。
「すみません、このことは誰にも言いませんから。どうぞお気になさらず。それに、悲しいことがあったんでしょう?泣くのは悪いことじゃありません。」
そこで私は魔法でふわっと白い花を誕生させ、そっと男子に手渡した。
「聖女の作る花にはお守りみたいな効果があるんですよ。どうかあなたに幸せがありますように。今回はお邪魔してしまってすみません。」
そう言ってぺこりと頭を下げ踵を返した。すると
「ま、待て!」
と声をかけられた。
「はい?」
なんでしょう、と彼の方を向く。
「この花、ありがとう。それと、また、来てくれるか?」
その男子は少しだけ、恥ずかしそうにそう言った。だから
「もちろん!私昼休みは暇ですからまた会いましょう」
そう言って笑いかけた。すると男子はぱっと顔を輝かせる。
「あ、ありがとう!俺の名前はアルバートだ。君は?」
「私はルミナです。ではまた」
今はひとりになりたいだろう、そう思いその日はその場からすぐに立ち去った。
それにしても、アルバート。なんか聞いたことある名前だな。
少しだけ気になったが特に調べたりはしなかった。気のせいだろう、と思って。
これが運命の分かれ目になるとも知らずに。
放課後、私は神殿にて奉仕活動をしていた。
神殿にやってきた高貴な方々を治すのだ。
大抵、腰が痛いとかなんか頭が痛いとか…性病にかかったとか。大した病気じゃない。
私はそんな人たちを直すより満足に治療を受けられない貧しい人たちを治したい。だから、私は思い切ってそう伝えてみた。すると神官長は
「っこれだから平民は。聖女の力の尊さを分かっていない、なぜこんな奴に力が与えられたのか…嘆かわしい。いいか、聖女の施しというのは多額の奉納金を収めて初めて受けれる恩恵なのだ。それを、貧民に分け与えるなど恐ろしい発想だ。」
そう言ってゴミでも見るような目つきで睨んできた。
「聖女の力が本当に尊いと言うならば、聖女の力がなくては治せない、本当に聖女の力が必要な人にこそ使うべきではないでしょうか、!」
私がそう言い募っても
「ちっめんどくさいな。祈りの間に閉じ込めろ。」
そう言われ四畳ほどしかない窓もない祈りの間、通称お仕置部屋に閉じ込められて終わりだった。
そう入ってもさすがに神殿。祈りの間も白を基調とし、女神様の象が中央に立てられた神聖な空間だった。
私はそこで必死に祈った。
いつか、救われる命に貴賎が問われるような時代が終わりますように。
どれだけ頑張っても命は私の手からこぼれ落ちていくのは分かっている。でも、それでもできるだけ多くの命を救いたかった。
私みたいな思いをする人が1人でも減るように。
祈りの間から出されると過酷な労働が始まった。きっと反抗した私への嫌がらせだろう。
「おい平民!注文だ。ここにある瓶の数だけポーションを作れ。」
「この武具に加護をかけろ。ここにあるやつ全部だ」
絶対、私一人じゃこなせない量の仕事を押し付けてくる。
かと言って他の聖女に助力をお願いしても
「嫌だわ、なんで私たちが平民の仕事を手伝わなくてはならないの?私たちは私たちの仕事をちゃんとやってますの。仕事が終わらないのはあなたが無能だからではなくて?」
「そうよ、平民ごときが私たちに手伝えだなんておこがましい」
「ほんと、聖女なのに服もボロボロ。髪もボサボサ。無能って本当にいやね。平民だからかしら。汚らわしいから話しかけないでちょうだい?」
そうあしらわれてしまう。でも、私が加護をかけ終わらなかったら、ポーションを作り終わらなかったら、戦線で魔物と戦ってる救えたかもしれない命が失われてしまうかもしれない。
そう思うと仕事を投げ出すだなんてできなった。寝る間も惜しんで作りに作った。
「ま、間に合った〜ぁ」
そんなこんなで学園にもいけず自分に回復魔法をかけながら1週間まともに寝ないまま神殿に閉じこもることになってしまった。
「やば、さすがに寝なきゃ、」
そう思ったが
『また、来てくれるか?』
恥ずかしそうにそう言ってくれた男の子の顔が過った。もうあれから1週間経ってる。もし、今日も待ってくれていたら、申し訳ない。そう思って這うように学園に向かった。
キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコン
「はっ!!」
チャイムの音で目が覚める。え、学園にたどり着いてからの記憶がない。時計を見るともう昼休みだった。
(やってしまったぁああ)
これは、やってしまった。きっと、朝来て今の今まで爆睡してたに違いない。これは、絶対お叱りを受ける。おわた。
は、というか裏庭に行かなくては。
気持ちを切り替えて裏庭に向かった。そして、恐る恐るあの大木に近づいてみるとそこには
「「あ、」」
アルバート様がいた。
「えと、こんにちは。あの日から1週間も経ってしまって、、すみません。」
そう頭を下げるとアルバート様は
「いや、いいんだ。来てくれてありがとう。実はもう来てくれないのかも、と思ったよ。また、会えてよかった」
と言ってとびっきりの笑顔を向けてくれた。あぁ、1週間の疲れが浄化される。なんだか急に清くなった気分だ。
「私も、会えて良かったです」
照れくさかったけど私もそう言って笑い、アルバート様の隣に腰掛けた。
「そうだ、見てよ」
するとアルバート様はそう言ってゴソゴソとポケットを漁り出して
「君がくれた花、押し花にしてお守りとして持ち歩いてるんだ」
嬉しそうに押し花を見せてくれた。
「わぁ、すごい。綺麗にできてますね」
私がそう言うと彼は
「そうだろう、俺は器用なんだ」
と得意げに笑った。その様子がなんだか可愛らしくて思わず
「ふふっ」
と笑ってしまう。するとそれに気づいたのか彼は耳を真っ赤にしていた。
「アルバート様は、何学年なんですか?授業一緒になったことないですよね?」
私がふと気になってそう聞くと、彼は面食らったような顔をして
「君、俺を知らないの…?」
そう聞いてきた。
「え、有名な方ですか?すみません。私平民で、学園に通ってる時以外は聖女の仕事をしてるし、友達もいないのでそういうのに本当に疎くて…」
私がそう答えると彼は一瞬悩んだような顔をしたあと
「いや、大したことじゃないんだ。俺はしがない男爵家の長男だよ。ほら、俺ってかっこいいから有名だと思ってて…」
そう言って笑った。
「う、すみません。知らなくて。でもそれ、自分で言っちゃうんですね」
確かにアルバート様はかっこいいけど自分で言い切っちゃうのは少し面白かった。それ同時にアルバートって名前ちょっと聞き覚えがあったけどそういうことだったのかと納得する。
「あと、俺は3年だ」
それに続く彼の言葉にピシッと固まる。
「え、年上、?」
思わず本音が漏れる。私は2年生だが、泣いてた時の幼い印象が強すぎて勝手に年下だって思い込んでいた。
すると彼はまた耳を赤くして
「子供っぽくて悪かったな」
と言った。
「え、いや、、そういうことではなくて、ほら、あの!お若いので、少し間違えてしまったんです!はい!」
慌ててちょっと苦しい言い訳をすると彼はふっと笑った。
「そんな言い訳はいい、それにお若いって俺らの歳じゃ褒め言葉にならないぞ」
「うぅ、すみません」
なんだか申し訳ない。その後私たちはたわいもない話をして幸せな時間を過ごした。
「もうそろそろ授業が始まるな」
「そうですね」
彼と離れるのはなんだか名残惜しかった。
「昼休み、俺はいつでもここで待ってる。だから、時間がある時は来てくれ」
「もちろんです!楽しみにしてます!」
彼がそう言ってくれて本当に嬉しかった。それに私がそう答えると嬉しそうに微笑む彼の顔に胸が締め付けられそうになった。
…イケメンて恐ろしい
「お前は聖女としての自覚をもて!!!」
幸せな時間から一転、神殿に戻ると神官長の怒号が響き渡った。やっぱり寝てたのバレたか、
「すみません」
「居眠りどころか!学園に行ってから昼休みまでずっと寝てたらしいじゃないか!お前は恥ずかしいと思わないのか!」
「すみません」
そんなに怒ることだろうか、1週間ほぼ寝ずに仕事をして見事に納期を守って、その日学園に行っただけ褒めて欲しいものだ。そう思っていると予想外の怒号が飛んでくる。
「それに!お前は平民の分際で!自分の仕事を他の聖女に押し付けたらしいじゃないか!どこまで調子に乗ってるんだ!ふざけるなよっ」
神官長の唾がかかりそうなくらい至近距離で怒鳴られる。
「そんなっ!私はちゃんと自分でやりました!」
「じゃあ、なぜ今日の朝ポーションと武具を持ってきたのがミーシャだっんだ!ミーシャはお前に仕事を押し付けられたって泣いてたぞ!!」
「神に誓ってそんなことしておりません!!神官長!」
私がそう言っても神官長は聞く耳を持たない。さらに悪いことにミーシャが現れ、私の顔を見るなり怯えたような表情を見せる。
「ご、ごめんなさい、ルミナ、、私隠そうとしたのだけれど奉納したのが私だったからさすがにバレちゃって、」
そしてポロポロと涙を流した。その姿は可憐だが騙されてはいけない
「違いますよね!?私が作ったポーションと武具。ミーシャ様が急に朝私の元を訪れて、ルミナは疲れてるだろうから私が奉納しといてあげるって言ってくれたんじゃないですか!」
あぁ、もう失態だ。頭が働いてないからってその言葉をまんまと信じて預けてしまうなんて、そう悔しがってると、どごっと頭に衝撃が来て体がぶっ飛んだ。
地面から離れていく自分の足がまるでスローモーションのように見える。
受け身も取れず床に激突。薄れゆく意識の中で
「お前は!人に仕事を押し付けるだけじゃなく、虚言までして陥れて!聖女の風上にもおけない!」
神官長の罵倒する声だけが聞こえていた。