女神の帰還
遅くなりました
お披露目パーティから約一ヶ月、セリアの弟子になり多忙な日々を送っていた。何が多忙かと言うと⋯⋯。
「ウィルフィード様、セリア様との鍛錬が終わったらシーガル様との商談があります。そのあとはターニャからの戦闘訓練、オルグ様から剣を、ミリア様からは杖術。夕食のあとは⋯⋯ゆっくりしてください」
鍛錬に次ぐ鍛錬。セリアからは近接格闘と魔装について。ターニャからは近接短剣術。父からは剣の使い方、母からは魔法杖での戦い方。間に挟むシーガルは地魔法で作った魔物彫刻の販売についてだ。
販売に関しては元手が魔力だけしかかからないが故に全てが利益になる──と言うわけではなく、シーガルへ委託販売をしている形になるための委託料が発生する。輸送費やなんかを込みで売上の二割で良いと最初は言っていたが、シーガルは家族がいて金もかかるが小さな商会だからと取り分は四割にしている。破格の金額だ。
「ウィルってさー、なんでシーガルにあんな破格の条件出したの?」
「先行投資──っとぉ! 今のは危なかった」
「気抜かないでね。手は抜いてるけど魔装してるから怪我じゃすまないよ〜。シーガルはちゃんと売れてると思う?」
「売れてるんじゃないかな。それにシーガルは商人だけど、欲がない。多分心のどこかで諦めてるんだろ。勿体ない」
セリアの繰り出す攻撃をその場から動かずにシールドでいなす鍛錬の合間に会話をしている俺たちはちょっと異常だろう。これはセリアによる指導で、日常的に早く正確に魔法を発動する為の方法らしい。ようは瞬間的にマルチタスクをできるようにってところだろう。
「まあ、確かにシーガルはちっちゃい頃から知ってるけど、シーガルの商会は大きくなると思う?」
「する。俺の商品はシーガルの所以外では販売しない。販路を限定することで偽物を減らす目的もあるけど、シーガル商会以外では買えないって言う限定感とブランディングだね」
「でも真似されたらどうするの?」
「無理じゃないかな。似せたのは作れるけど、俺のは無理だよ」
「それそれ、なんで無理なの?」
魔法で彫刻を作る時に俺は細工をしていた。勿論盗作防止が目的だけれども、魔物の目には砂鉄を固めて作った鉄の玉が使われている。そして、その鉄には魔法刻印をしている。魔法刻印は魔法使いが己の魔力を刻んだ印鑑みたいなものだ。真似はできるが本物はできない。魔力を流すと魔力刻印が光るという仕掛けがある。これについては多くの技師がそれを採用していて、魔力刻印がされている商品というのは届け出をしたうえで作るには問題ないが無許可で真似て販売する事は違法になっている。
「考えたね、ウィル。でも、その魔法刻印も完全なものじゃないでしょ?」
「確かに。腕のある技師ならば真似する事が出来るけどさぁ、その技師は俺より早く作れるのかね?」
「無理だね。まず間違いなく。ふぅ、今日はここまでかな?」
都合一時間ほど会話をしながらの鍛錬だったが、どうやら今日も乗り切れたようだった。しかし、このあとはシーガルからの販売報告。そのあとはまた鍛錬だ。
「どれ、あたしは風呂で汗でも流そうかな。ウィルも一緒に入る?」
「俺が一緒に入ってもいいのか?」
「⋯⋯やっぱだめ」
豊満な胸を隠しながら言う仕草は実にエロかったというのは簡単だが、言ったが最後何をされるかわからないので黙っておくのがいいだろう。
シーガルが来る前にセリアが上がればいいのだが、それは難しい。ならばやる事は一つ。
「じゃ、俺が先に入るから。セリアが入ってくる分には拒否しないし、放っておく。流石に商談があるのにこのままってわけにはいかないからな」
「あ、ちょ、ずるい!」
騒ぐセリアを放置してさっさと風呂へと逃げる俺だった。
☆
「久しぶりっスねー、ウィルフィード様」
「あいっかわらず軽いなぁ、お前は。んで?」
ソファに対面しながら目の前に座る狐目の男はシーガル。商人であり、欲のあまりない男。家族がその日生活できればいいというのが信条らしいが、果たしてどうか。
「預けてもらった彫刻百体、全部捌けましたよ。一体、銀貨三枚。計三百枚、無事にここに」
じゃらりと重い音を立ててテーブルに置かれた袋を開けて中身を確かめる。確かに銀貨三百枚がここにある。
セリアに試作品を渡してから三日、半信半疑だったシーガルは最初の一体が販売すると目の色を変えた。日銭を稼げればいいとは言うが、売れる商品があれば売るのがシーガルという男だというセリアの言葉に嘘はなく、預けた完成品百体を一週間で完売させた。
「もう少し時間がかかると思ったんだけど? はい、これはシーガルへの委託販売料」
「はいっス。確かに銀貨百二十枚貰ったっス。正直出来はいいっスけど、魔物の彫刻なんて売れるとは思わなかったっていうのが正直な感想っス。ところが、一人の貴族がこれに目を付けったっス」
「へぇ?」
「その貴族は王都に住むアーキマンという貴族っス。爵位は伯爵で、アーキマン伯爵は魔法技師としての側面が強いっス。ま、見抜かれたっスね、正直。複製はしないとは思いますが、ウィルフィード様はどうするっスか?」
その細い目を少し開くとシーガルは薄く笑う。
コイツは日銭が稼げばなんて口では言っているが、中身は商人だ。益になるかならないか。それを見極めたいのだろうが、コイツは馬鹿かと問い詰めたい。
「別にどうもしないけど? そのアーキマン伯爵とやらが同じ方法で彫刻を作ったとしよう。で? 俺と同じペースで用意できる人間がお前にはいると思うのか?」
逆に問うてやろう。単純に「お前は俺よりも凄い魔法使いを知っているのか?」と。
「――ッ!」
「ほら、答えろよシーガル」
「いやはや、おいらの負けっスね。いないっス。いるとしたら、世界最強くらいっスかね?」
「はっ! 理解してんじゃねぇか。んで、シーガル、お前俺を試したな?」
「すんません。正直言うと貴族の子供の道楽に付き合う暇はないって思ってたっス。それに、継続して販売するにしてもおいらよりも大きい商会ってのはそれこそ腐る程あるっス。一回こっきりであれば、おいらは別に努力する必要はないっスよね?」
確かにシーガルの言う事は尤もだ。だが、一つ盛大な勘違いをしている事がある。俺は、シーガルにしか商品を卸さない。その理由は明確にある。
「シーガル、お前、嫁と子供は大事か?」
「な、なんスか? 脅しっスか?」
「答えろよ」
「そ、そりゃ大事っスよ! 小さいっスけど、照会としては日銭を稼ぐ程度のおいらと一緒になってくれたイアには感謝してるっス。それに、子供達も可愛いっスし」
「それが理由だよ」
「へ?」
「お前は家族の為なら裏切らない。俺は裏切らないヤツが好きだ。腹で何を考えようとも、こちらのオーダーを完璧以上にこなす。その手腕が好きだ。だからな、シーガル。俺は今後この先も彫刻に関してはお前にしか卸さない。けど、数が増えれば増える程、今のお前では売れない。解るか?」
慌てて身振り手振りをするシーガルを落ち着けるように言い聞かせると、途端にシーガルは真剣な顔になった。今の話を咀嚼して理解しようとしているのだろう。この男は態度こそ軽薄ではあるが、商売に対しては真面目だ。だからこそ信用もできる。何より、セリアの知り合いときてる。だったらこちらから信用を提示するのは当然だ。
「⋯⋯確かに、今のおいらはほぼ行商と言っても差し支えないっス。せめて店舗を構えて、そこで売れれば行商費はかからないっス。けど、家賃だなんだと考えると微妙なラインっスね。今回の百体でもおいらの利益は大きいっスけど、そのうちに三割程度はやっぱり経費に消えるっス。いや、それでも利益としては大きい。ウィルフィード様、提案があるっス。貴族用の彫刻を作って欲しいっス」
「具体的には?」
「今回のは確かに売れたっス。けど、平民用であればその価格というのはどうしても下がるっス。じゃないと売れないっスから。でも、貴族用のもう少し高級なものがあれば話は別っス。平民用は行商でも売れるっス。けど、貴族ようとなれば王都でもっと売れると思うっス。そうっスね⋯⋯。鉄製で、できれば瞳には宝石を使って欲しいっス」
ま、考えていた通りの流れではあるだろう。だが、鉄製というのは無理ではないがいただけない。鉄は錆びるし、重い。なら、逆を行こう。そして、試作品は既に準備してある。
「なら、これなら売れるか?」
収納魔法から取り出すのは一体のドラゴンを模した彫刻。だが、その彫刻はいままでにないギミックがある。
「見た目は変わらないっスね⋯⋯」
「見た目はな? 平民だろうとなんだろうと、少なからず魔力は持ってるな? 魔力を流してみろよ」
懐疑的な表情のままシーガルが彫刻を手に取って魔力を流す。そうすると白い彫刻は色彩を得た。
魔物図鑑に載っている魔物の一体。フレイムドラゴン。赤い鱗に赤い瞳。鈍く輝く牙と爪。着色フィギアなんぞないこの世界では、魔力を流すとこんな仕掛けも施す事が出来るのだ。
いや、勿論これが完成するまでにそれなりの努力は必要だった。
「な、なんスかこれ!? 魔力を流しただけで色が! 今までにない商品っス! どうやってんスかこれ!?」
「別に真似できるとは思わないから言うけど、魔石を混ぜてんだよ。それも火系統に相性のいい魔石を砕いてな。だから魔力を流すとこうして色を取り戻すってわけだ。魔石による魔力反応を利用したもんだ。しかも、クズ石でいいから元手は大きくない。これ、金貨一枚ならどうだ?」
「行けるっス! 売れるっスよ! ⋯⋯でも、本当においらでいいっスか?」
「いいんじゃない? さっきも言ったけど、お前は家族を裏切らない。その生活を支える商品を作っている俺を裏切らない。裏切れば生活は厳しくなるからな」
「⋯⋯はぁ、おいらの負けっスよ。不詳このシーガル、ウィルフィード様の作り出す商品を全身全霊をもって販売させていただくっス。それで、こっちの利益はいかほどで?」
深く頭を下げたシーガルは、次の瞬間にはそう切り出した。俺はシーガルのこうゆう所も気に入っている。商売をする以上は利益を追求して欲しい。無論、そこに薄利多売であろうがなんだろうが、ぼったくらなければそれでいい。
「お前が俺を試したからな。お前の取り分は三割だ。どうする?」
「金貨一枚なら銀貨三枚が商会にはいるっす。それだけあれば、おいらはいいっス。ただし、売れ行きを見て値段も変えていくっス。最初は金貨三枚で販売するっス。それで売れるならそれで。勿論行商っスから、場所場所で値段は買えるつもりっスけど」
「それなんだがな、シーガル。王都で店を構えるとなるといくら必要だ?」
「単純に場所次第っスけど、銀貨三百枚が最低ラインっスね。広さや設備、あとは申し訳ないっスがおいら達一家が住めるような一階は店舗、二階は居住区とさせてもらうっス」
「じゃあ、これ全部もってけ。今回の売り上げは丁度銀貨三百枚。金貨三十枚もあればいけるだろ?」
持ってきた売上をそのままシーガルへと渡す。つまりは、王都で売れという事だ。それをすぐに理解したシーガルは立ち上がった。
「ウィルフィード様、おいら早速探してくるっス。時間はかかるかもしれないっスけど、待っててもらえないっスか?」
「いいよ。ただ、一つ約束して欲しい」
「おいらにできる事なら」
「軌道に乗ったら従業員を雇え。信用のおける奴をだ。そんで、平民用の彫刻は引き続き行商して欲しい。金は持ち逃げされないようにしっかりと商業ギルドに届けろ」
「勿論っス。それじゃ、おいらはこの辺で!」
出て行こうとするシーガルに、場所が決まったらこいとだけ伝えてソファへ深く座る。安定供給ができれば少しは将来のスローライフに近づくだろう。まったく、大人になって楽をしたいから今が忙しいというのも考えものだ。
『帰還しました』
突然頭に響いた声にビクッと身体が跳ね上がると同時に鼓動が速くなる。そしてそれはなんなのか理解すると息を吐く。
「びっくりさせんな」
『面白い事をしていますね』
久しぶりに女神の分霊の声を聞いたが、どこかいつもと違い違和感がある。それがなんなのかと思案していると分霊は言う。曰く、分霊としての能力を上げてきたと。
『戻って来て早々ですが、何か変化に気が付きませんか?』
「お前本体だろ?」
『気が付きますよね、流石に』
「まぁな。雰囲気が違う。俺はどっちも嫌いじゃないからいいけどさ」
どこか嬉しそうな言葉に頭を掻きながら、気になった事を聞いてみた。
『この世界の神についてですか? まあ、いることには居ますが、大概が邪神ですよ。ああ、でも邪神と言っても全部が全部悪いもんじゃないです。邪神なんで悪いは悪いですけれど』
歯切れの悪そうな口調の女神に首を傾げながらも、そういえば分霊はどうしたのだろうかと気になった。
『分霊は今貴方の世界でいうアップデート中です』
「さよか」
『理由聞かないんですか?』
「言える理由なら分霊が言ってるでしょ。というか女神が俺の魂にいて問題は?」
『ありませんよ。元々分霊と貴方の魂は一つみたいなものですから、そこにちょっと人格が違う私が入ったところでなにも。ところで先程の彫刻販売の件ですが、魔物だけの販売ですか?』
「まぁ今のところは」
『なるほど、収納魔法は使えるんですね。凄いですね、五歳で収納魔法は。正真正銘の人外です!』
「ま、そうだよね⋯⋯」
なんとなくは理解しているが、改めて言われるとちょっと悲しいものがある。けれどそのおかげで色々できるのも確かだ。
「そういえばさ、収納魔法って魔物も入るの?」
『生きてなければ』
「じゃあ魔物の運搬も問題ないか。あとは転移魔法か。こっちはからっきしだな。できる気がしない」
『魔力が足りないですねぇ。転移魔法というのは神代の勇者一行で、魔法使いが膨大な魔力を持って初めて使えるものですから。転移魔法は魔力の最大値が鍵です』
「気長にやるさ。さて、ターニャの鍛錬が始まるな」
『そうですか。そうそう、難しいですが、神代には魔法剣士や魔法拳闘士なるものもいましたよ。今も世界最強と言われる彼女が魔法拳闘士ですが、魔法刀剣士も良いですよ』
そんな進めをされるが正直今のところは手一杯だ。セリアにターニャ、両親だ。ついでに兄も最近強くなっているので、練習相手として駆り出されては吹き飛ばされている。あんな脳筋どうしろっていうのか。
「ま、なんにせよおかえり。あと、寝てる間に魔法使って俺の魔力増やしてくれ」
『ただいま帰りましたっ。それくらいならいいでしょう。いずれ会う日も来るでしょうし』
こうして分霊ではなく女神が帰還したのだった。
この時俺は女神の言葉を盛大にスルーしていた。後々これで一騒動起こるなんて思いもせずに。
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