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貴族の馬鹿息子と許嫁

ちゃんと更新しますよー

 よし、帰ろう。

 そう意気込んでこそっと会場を出ようとしたのが、パーティでの挨拶が終わった直後。

 何故かって? そんなもの貴族のクソガキどもが親の権力をさも自分の権力のように振る舞い、何かと面倒臭いからだ。まぁ勿論父に肩を掴まれて捕獲されたのは言うまでもない。

 開始から一時間少々。各貴族の息子や娘は早速グループを作って歓談していたりする。グループと言っても上級貴族の子供が下級貴族の友達(手下)に気持ちよく持ち上げられているだけという不毛なやりとりだ。それを俺は会場の隅の方で眺めている。

 そうしているうちに金髪メイドが慌てて会場のドアの前へと向かい、そのままドアを開く。


「遅れてしまったな」


 入ってきたのは茶髪で背に高いイケメン。いや、イケおじか。ビシッと決めた服にオールバックの髪。そして膝を着く貴族達。その中で俺だけがぬぼーっと立っている。


「皆、そうかしこまらんでくれ。今日は娘のお披露目パーティへと参加に来ただけだ。さぁ、リィリア、挨拶を」


 隣に立つまさに美少女。五歳でも整った顔立ちに品のある所作。父親譲りなのか茶髪の髪は前下がりのボブで、より一層美少女度が上がっている。


「皆さま、本日は遅れてしまい申し訳ございません。父の公務が中々終わらずにご迷惑をおかけいたしました。このような場に参加させていただき誠にありがとうございます」


 丁寧に腰を折って顔を上げると拍手喝采だった。


「今日は王として来たわけではない。娘の成長を喜んで来ただけだ。気にするな。おれは隅の方にいる。何度も言うが気にしないでくれ」


 そうしてイケおじ──ヴァルド・ヴァイス陛下はそっと気配を消した。それはもう見事に消した気配で場の空気も段々と元に戻ったが、誰一人としてリィリア殿下はに話しかける者はいない。それどころか遠巻きにチラチラ見るだけで、話をかけないよりも失礼ではないだろうか。メイドですら殿下に飲み物を渡す事を戸惑っていて、どうしたらいいのかわからないような表情をしている。


「父さん」

「ん? ちょっと行ってきていい?」

「うん、ウィルは優しいね」

「はいはい」


 父に頭を撫でられて悪い気はしない。だが中身はおっさんなのでできればやめて欲しいとも思う。ひとしきり撫でられて終えて近くにいたメイドにジュースを二つ貰い、一つをぽつんと立っている殿下へと差し出す。


「冷たい飲み物はいかがですか?」

「え、あ⋯⋯」


 まさか声をかけられるとは思わなかったのだろう。少し驚きはしたものの、可愛らしい笑顔で受け取ってもらえた。


「ウィルフィード・レオニスです。オルグ・レオニス子爵の息子です」

「オルグ様の! 父からオルグ様とミリア様のお話は伺っています。ブラックランクの冒険者で父と一緒にパーティをと」

「そのようですね。私はたまに話を聞く程度ですが、陛下もブラックランクの冒険者だと伺っております。殿下は──」

「リィリアと呼んでください」

「しかし⋯⋯」

「お友達がいないのです。家族以外から名前で呼ばれる事もありませんので⋯⋯」


 困ったような寂しそうな表情をされたら断る事はできない。不敬にならない程度にちゃんとしよう。


「では、リィリア殿下、私の事はウィルと。親しい者は皆そう呼びます」

「はい! ウィルはやはりオルグ様やミリア様に剣や魔法の稽古を?」


 花が咲いたような笑顔に思わずこちらも頬が緩む。可愛い女の子の笑顔というのは良いものだ。


「ええ。兄のカインと共に毎日鍛錬しています。ですが、私はどちらかというと魔法の方が得意でして」

「奇遇です。わたくしも魔法の方が得意なんです。今は水魔法の鍛錬をしているのですが、これが中々上手くはいかなくて」

「水魔法ですか」

「はい。球体を維持するのが難しく、どうすれば良いのかと試行錯誤をしています。ウィルは水魔法は?」

「得意ではないですが、それなりには。球体の維持というのは水を魔力で押さえつけるのではなく、包み込むようにすると上手くいきます。おっと!」


 話している最中にわざとなのかなんなのか、一人のぽっちゃりが後ろからぶつかって来た。恐らくは殿下と話をしているのが気に食わないのだろう。小さな舌打ちが聞こえた。


「こんな風に咄嗟にぶつかられた時にも溢さなくてすみますね」

「凄い⋯⋯!」

「慣れるとこんな事もできます」


 驚いた顔だけれども、その表情は楽しそうだったのでついついサービスしてしまった。溢れたジュースをグラスに戻さずに魔力で形を変えて鳥を作る。羽ばたくのはまだ難しいが、飛ばすことなど造作もない。色々と話をしながら殿下の上を旋回させたりと結構な時間楽しんだ。殿下も笑顔になっていたし声をかけて良かった。


「ウィル、黙って見ていましたけれど、流石にそれはお行儀が悪くないかしら?」


 メイだった。腰に手を当てて怒ってますのポーズが可愛い。そうだ、ついでだからメイも巻き込んでしまえばいいんだ。

 我ながら酷いやつだと思わなくもないけれど、仕方がないんだ。だってこの年頃の女の子にどう接していいのかわからないのだから!


「リィリア殿下、こちらはデルフィ辺境伯のご令嬢のメイお嬢様です」

「リィリアです。はじめまして」

「は、初めましてリィリア殿下。メイ・デルフィですわ」


 メイは驚きながら戻さずにカーテシーを綺麗に決めて一瞬だけこちらを見て、その目が言わんとすることを理解した。


『巻き込むなら先に言え』


 とでも言いたいのだろう。あとでテキトーに誤魔化せばいい。殿下はどうやら友達がいないようだから、ちょうど良い機会だと思う。それにメイなら殿下に変な虫は寄せ付けないだろう。


「それでどうかしましたか、メイお嬢様」

「はぁ⋯⋯。ウィル、飲み物を粗末にするのは良くないわ。戻しなさい」

「そうですね」


 鳥の形をしたジュースが俺の持つグラスの中に降り立つようにして魔力で包むのをやめた。それを見た殿下は残念そうな顔をしたけれども見ないふりをしよう。

 メイのほっとしたような顔を見て、改めて飲み物を口に入れようとした時だった。


「「ウィル!?」」

「どうしました?」


 二人の呼ぶ声が重なった理由は、どこぞの馬鹿息子が目の前にいるのがどんな人で、この場がどんな場なのかを忘れ、俺の頭に飲み物をかけたから。

 しかしここで反応しても面白くないし、正直どうでもいい。一張羅が汚れてしまったのはいただけないが、きっと洗えば落ちるだろう。魔法で洗えば一撃のはず。


「どうしたのじゃないわ!」

「えっと、あの、ウィル⋯⋯?」


 突然の凶行にその場の大人達も皆一様に動きを止めて驚いている。ただ、その中でデルフィ辺境伯は顔を怒りで真っ赤にし、陛下は冷めた目をしている。父に至ってはやれやれと言った感じだろうか。


「貴様ッ! ふざけているのか!」


 無視をしていたらついぞ我慢できなくなったのか、俺にジュースをぶっかけた馬鹿息子が声を荒げた。だが俺はそれすらも無視をする。この手の手合いは反応したら付け上がるのが普通だ。いやまぁ貴族の馬鹿息子だからどうなるかは予想できないからちょっとした実験も兼ねているのは内緒だ。


「リィリア殿下は水魔法のほかに何を練習してい──」

「いい加減にしろ! 下級貴族の分際で! コルジオ侯爵家のぼくを無視するんじゃないっ!」


 手に持ったままだったのだろうグラスを思い切り頭に投げられた。至近距離からの一撃はたとえ子供の力でもグラスを割るには十分だった。

 一応破片が二人に飛ばないようにシールドの魔法で守ったが、もうそろそろ怒っていいだろうか?


「──コルジオ侯爵家、ね」

「そうだ! 貴様のような下級貴族が殿下と親しげにするなど不遜の極みっ!」


 この世界の子供はどうやら現代と違って口が回るようだ。それならそれでいいか。ちょっと馬鹿しおじさんイラついちゃったし。


「さて、まずはこの服ですが、汚損しましたね。弁償していただきます。次に、頭部へと投げつけられたグラス。残念ながら流血してます。傷害罪です」

「何を馬鹿な! たかが下級貴族の分際で!」

「馬鹿の一つ覚えか。いいか、他人の服を汚損させる行為は器物損壊。他人の頭に意図してグラスを投げたら傷害罪、最悪殺人未遂だ。お前はこの始末どうつけるんだ?」

「だからそんなもの──」


 尚も訳の分からない理論で言い逃れをしようとするのに我慢の限界が来た。別に一人ならいい。怪我なんて魔法で治せるし、服も汚れた所でどうにでもなる。ただ、こいつはメイとリィリア殿下に怪我をさせる所だった。それに気がつかない短慮さと、この後に及んで出てこないクソ親にも理解させないといけない。

 というかそもそもここには陛下もいるのを忘れている。思い出させてやろう。


「いい加減にしろ! お前は俺に対してグラスを投げたが、破片がメイお嬢様やリィリア殿下に当たって怪我でもしたらどうすつもりだ!?」


 実際問題二人の前には防御魔法が張られていて怪我一つない。破片もそれが防いだようで足元に落ちている。


「コルジオ侯爵家? で? その侯爵様の息子のお前は何ができる?」

「そ、そんなもの、お父様に言えばお前の家くらい潰せる!」


 頭に血が上っているのだろう。リィリア殿下の名前にすら気がつかない馬鹿は、よりにもよって陛下の目の前で、他の貴族がいる前で、権力で家を潰すと言ってしまった。


「──ほう。コルジオ侯爵家は面白い教育をしているようだな? 上級貴族が下級貴族の家を取り潰す? どうゆう理由と手段でレオニス子爵家を潰すのか答えてもらおうか?」


 急に濃密な気配を纏って陛下が一歩前へと出た。それに示し合わせたかのように俺とメイは膝を着くが、他の貴族やその子供達は呆然としている。あまりの出来事に既に呆然としていたのに加えての陛下の圧で、正気に戻った貴族から次々と膝をついていく。その場に立っているのはコルジオ侯爵家の息子とその親のみ。本当に色んな意味で悪目立ちしている。


「勘違いしているようだから言っておこう。レオニス家が子爵家なのは、その武力がありすぎるからだ。海沿いで魔物も多く、水害が多い土地をレオニス家は護っている。海路での他国の侵入を牽制する役目もある。爵位が上がれば都で貴族としての勤めを果たさねばならぬが、それをすると海辺の守護という役目を果たすのが難しくなる。それ故に子爵に甘んじてもらっているだけだ。それになぁコルジオよ⋯⋯ブラックランク冒険者が上級貴族になるとバランスが崩れるのだよ。考えてもみろ、貴族の汚い暗躍に対して対抗できぬわけがない。むしろ返り討ちだ。そうゆう馬鹿な事態から貴様等を守る意味もあって、子爵としてデルフィの所で守りの要を果たして貰っていたんだが」

「も、申し訳ございません陛下ッ!」


 白髪混じりのぽっちゃりが冷や汗で顔面ビチャビチャにしながら陛下へと頭を下げる。隣の息子の頭を手で押さえて一緒に頭を下げているが、陛下の圧は変わらない。ブラックランク冒険者の気とでもいうのだろうか、若干の息苦しさを感じるが、それだけだ。


「──沙汰は追って知らせる。貴様の貢献を忘れたわけではないが、それを帳消しにしても足りぬ愚行。子供は可愛いが甘やかしすぎるな」


 フッと圧がなくなったと思ったら陛下は今度は俺に声をかけてくる。だが、先程とは違い、どうにも戸惑っているような印象だ。膝をついて首を垂れているので顔は見えない。本当に声と雰囲気だけの判断だ。


「ウィルフィード、お前はどうしたい?」


 なんだ、俺が口挟んでもいいのか?


「──よい。お前の意見を聞きたい」

「では、恐れながら。服の弁償と治療費、及びにこのお披露目パーティに参列の方全ての費用を持っていただけるのであれば、何もいうことはありません」

「む⋯⋯? そんな事で良いのか?」

「ただし、コルジオ侯爵様の子息に関しては、今一度教育方針の見直しと正式な謝罪を要求します」


 正式な謝罪。それは事の顛末と理由を書面にした上で、非を認めろということに他ならない。上級貴族が下級貴族に対して頭下げろと言っているようなものだ。普通はあり得ないだろうが、今回はあり得てしまう理由がある。


「割れた破片、防がなければメイ様とリィリア殿下にも当たっていました。もしそうであれば、子息の首で足りますか?」

「⋯⋯はぁ。厄介だよ、オルグの息子と聞いて平和主義かと思えば。良かろう。コルジオ、追って沙汰を下すとは言ったが、ウィルフィードの言い分を全て飲め。それで今回のことは終わりにする。あと、くれぐれもウィルフィードに対して変な気は起こすなよ? ハッキリいうが、この年で魔法を無詠唱で発動しているのを考えれば相当な実力があるはずだ。命があるだけありがたいと思え」


 一際深く頭を下げたコルジオ侯爵とその息子はそのまま会場を後にしたのを見送って陛下は口を開く。


「興が削がれてしまったな。しかし、貴様等も気をつけるがいい。くだらぬことで権力を傘に立場が弱い者をぞんざいにし、あまつさえ悪事を揉み消すようなことはしない方が身のためだ。あとで国からしっかりと祝いの品を届ける。解散せよ」


 陛下の言葉に続々と会場を後にする貴族とその子供達。俺もどさくさに紛れて会場を出ようとしたところで首根っこを掴まれた。


「ウィル、どこへ行くのかしら?」

「解散との事でしたので帰ろうかと」


 首根っこを掴まれたままメイに告げると彼女は溜息を一つ。急に手を離したかと思えば、グラスが当たった箇所を触る。


「傷の手当てがまだよ」

「ああ、別にそれならとっくに魔法で治した。流石に血塗れだと、ね」

「貴方本当に規格外ね。殿下の許嫁という噂にも納得よ」


 ──は?


「何を驚いているのかしら? それに、わたしも貴方の許嫁よ?」


 ──はぁぁ?!


「いやいや、そんな馬鹿な!」

「ウィル、その事だけど本当だよ?」

「なんでそんな大事な事教えてくれないのさ!」


 父は仕方なしにという感じでいうがこっちはたまったもんじゃない。殿下と辺境伯の娘が許嫁などあり得ない。子爵の、それも次男に嫁がせるなんてどうかしている。スローライフどころの騒ぎじゃない。


「いや、ミリアがせめて顔合わせを終えてから伝えた方が良いと言っててね。ウィルのことだから逃げたよね?」

「あったりまえでしょ! 俺は働きたくないし、将来は不労所得で暮らすって決めてんだから!」


 その言葉に残った大人三人と少女二人は凍りつくのだった。

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