適正魔法と今の全力
戦闘描写って難しいですよね。あんまり擬音を入れたくない派です。
お披露目パーティに出席するからとデルフィ辺境伯のところで令嬢と顔合わせをして、つつがなく一泊。両親の言ったとおりデルフィ辺境伯は魔法に対して真摯な人で、話は盛り上がった。娘のメイ・デルフィも魔法の素養があってか懐かれてしまった。そして道中の馬車は一緒にとの事で逃れられずに今に至る。
「ウィル、他にはどんな事をすれば魔法が上達するんですか?」
「えっと、例えば『ライト』を使いたいと思った時にただ魔力を流すのではなく、どれくらいの明るさが欲しいのかを想像するんです」
ちょっと緊張するなぁとは思いながら『ライト』を発動。イメージは豆電球のような明るすぎず、暖かい色の光。そうすることによって手のひらから少し浮いて豆電球くらいの色と光量の球が出来上がる。
「ウィルフィードはその歳で無詠唱なのか。才能に溢れているな。素晴らしい」
メイの隣に座るのは魔法使いらしくない筋肉にまみれたとても素敵なガタイをお持ちの髭面のダンディ。彼こそがメイの父であり、デルフィ辺境伯。
「凄いです!」
「ああ。本当に凄い。ところでウィルフィードはどうやって無詠唱を?」
「あー⋯⋯怒りませんか?」
「そんな怒られるような事なのか?」
一瞬険しい表情をしたデルフィ辺境伯だったが素直に理由を言うと大笑いするのだった。
「いやはやまさか『詠唱が面倒くさい』とはな。うん、しかし考えようによっては戦いの時に有用ではあるな。ウィルフィード、いっそ宮廷魔法師団に入団しないか?」
突然の勧誘に思わず秒速で丁重にお断り申し上げてしまうがデルフィ辺境伯は嫌な顔せずに純粋に疑問を投げかけてきた。流石に雑に返答は出来ないので丁寧に答えておこう。
「何故だ? それほどの才能腐らせるには惜しいんだが?」
「んー⋯⋯。魔法は生活を豊かにするものであって戦うために使うのは違うかなと。勿論、自衛のためで有れば躊躇はしません。使い方一つで毒にも薬にもなる。であれば薬として使ったほうがいいです」
「成る程な。そうゆう考えは嫌いではない。むしろ好感が持てる」
「包丁だって料理をするものですが、使い方を変えれば簡単に人を殺める事ができます。魔法も一緒と考えてます」
魔法は生活を豊かにして、便利にするものでしかない。しかし現実は戦争に使うためにより才能ある魔法使いを欲している。そんなものは遠慮願いたい。
「その歳でその考え方、ウィルフィードもう一ついいか?」
「はい」
「もし、仮に、その力で誰かを助けられるとしたらどうする?」
「状況次第かと。例えば助かるという状態が戦争だったらお断りです。魔法は殺戮兵器じゃありません。災害などであれば使います。一緒にいる人間、親しい人間が危険とあれば躊躇いません。まぁつまりは⋯⋯その時その時で判断するのが最適ですね。仮定の話は勿論大事ですが、いざ事が起こってから判断する部分が多いはずです。その時動けないのは嫌なので、剣や魔法も鍛錬してますが⋯⋯剣はちょっと得意ではないのが格好つかないですね」
少しおどけて見せるとデルフィ辺境伯は笑ってくれた。けれど次の瞬間には少し厳しい顔つきになったと思うと彼は言う。剣もしっかりと学ぶ事が、今の言葉を実現するための近道だと⋯⋯。言わんとする事は理解するが、その時は魔法でどうにかなるだろうと考えて俺は動きを止めた。
「気が付いたか?」
「⋯⋯はい。もし仮に魔法が使えないような状況になったら頼れるのは自身の能力だけになります。そうか、それは確かに危ういですね。でも、剣って苦手なんです」
「どうして剣が苦手なのだ?」
「いや、まだ五歳ですよ? 子供用の木剣ですら振るのは大変です」
本当に苦労している。カインという脳筋が兄にいるお陰で同じ五歳よりかは剣は振れると思う。勿論それも団栗の背比べではあるが。
「はっはっは! それもそうだな。もう少し大きくなってから剣も使ってみるといい! いいか、ウィルフィード、今、お前もメイも魔法の成長は目覚ましい時期にある。期待しているぞ」
馬車の速度が少し緩くなったところでデルフィ辺境伯は外を見る。どうやら王都の検問をしているようだった。順番待ちの時間でずっと座っていて疲れた身体をほぐすために身体を伸ばす。
「ウィル、一つ聞きたい事があるのだけれど」
「うん」
「ウィルはどの魔法適正があるのかしら?」
「全部」
「え?」
「だから、全部」
メイの質問に馬鹿正直に答えたら二人とも口をあんぐりと開けたままになってしまった。それでもメイはどこか可愛らしさを保ったままなのが凄い。これが異世界クォリティか。
「待て、本当か!?」
「ええ」
「今夜泊まる場所はどこだ?」
「父に聞いてみない事には」
「わかった。今日は王都にあるうちに泊まりなさい。全員で構わない」
確か泊まるところは決まっていたはずだが、今更変更なんか良いのかわからない。というかキャンセル料取られるはずだが。
「細かい事は気にするな。ウィルフィード、もしそれが本当であれば確認しなければならないこともある」
「はあ」
いまいち要領を得ないが致し方ない。子供の俺が騒いだところでどうにもならないだろう。しかし何をするのだろうか。
『ウィル』
珍しい。分霊が俺の名前を呼んだ。普段は名前なんて呼ばないのに。そんなちょっとした変化を疑問に思いながらも言葉の続きを待った。
『しばらくの間表に出られなくなります』
そう言ってから分霊の気配が消えた。いつも一緒にいるなぁくらいの感覚になっていたからこの違和感が酷く気持ち悪い。
「無事に通過出来たな。既にオルグ達の御者には伝えてある」
それ以降目を瞑ったまま難しい顔をしだすデルフィ辺境伯に疑問を覚えながらも馬車に揺られるのだった。
⭐︎
結局デルフィ辺境伯の屋敷へと連れられて来たが、空気は重苦しい。
「まさか魔法が得意だとは思ったけど、本当かい?」
「ウィルは確かに魔法が得意だけれどちゃんと全部使えるの?」
「オレもな、まさかとは思うがこれがちょっと裏庭で試してもらおう」
「ええ、そうですね。それが一番早いでしょう」
訳がわからない。確かに全属性というのはいささか異常だとは思うがこれも女神の恩恵だ。今更どうしようもない。取り敢えずは信じてもらうしか無さそうだが、どうなることか。
裏庭に連れられるとそこはしっかりと敷地を囲う壁になっていて、外からは登らない限りは見えないだろう。
「ウィル、火魔法を」
「ほい」
人差し指を立ててファイアーボールを発動。見事に大人の拳大くらいのができた。こんなものは簡単だ。
「水魔法」
今度は水魔法か。ファイアーボールをキャンセルして今度はウォーターボールを発動。すると母の顔が曇った。何か間違った事をしただろうか?
「ウィル⋯⋯いえ、今はいいわ。次は風魔法」
「はーい」
風魔法は実際に風を起こした方が早いと思い人差し指をちょっとだけ振る。そうすると庭の木が揺れる程度には強い風が舞う。
「地魔法」
「あい」
つま先で地面をトンと軽く叩く。あまり大きくても面倒だから自分の腰程度の高さでメイの像を造る。我ながら素晴らしい出来栄えだ。
「はぁ⋯⋯。その分だと氷魔法も使えるわね?」
「うん」
サクッと氷を作り出すが、これもメイの氷像にする。今度は氷像ならではの美しさがある。溶けるの勿体ないな。
「無属性」
「ん」
氷像と岩の像を二つ持ち上げて、ついでになんとなく台座を地魔法で造る。そこに二つを設置するとなんとなく豪華さがました。良い出来栄えである。
「⋯⋯雷魔法は?」
「んー? あー、はいはい」
指を鳴らして氷像を砕く。なんだか罪悪感が凄いが気にしないようにしよう。
「⋯⋯ウィル、まさかとは思うけど回復魔法も?」
「ローヒール」
「あら、ありがとう。疲れが癒えたわ。本当に全部使えるようね」
大人達の表情は何か考えている風だが、そんなもの知った事ではない。俺は働きたくないんだ。
「全部が一定水準を超えているな。無詠唱ができる時点でその才は素晴らしい」
「ええ。でも本人にやる気がないので困っているんです」
「ウィルフィード、早いところ功績を上げろ。異例ではあるが授爵もあり得る」
「いやー、遠慮します。だって貴族とか面倒ですし。それより、そこで隠れてる人は?」
裏庭の端に一本の大きな木がある。そこにずっとこちらを伺うように誰かが隠れているのが気になっていたので軽く氷魔法を飛ばすと、出てきたのはいかにもな魔法使いの格好をした美女だった。
「いやはや気が付かれるとはね。これでも完璧に隠れたつもりだったんだが⋯⋯。ミリア、キミの息子はとんでもないね。どこで気が付いた?」
金髪の長い髪は少しクセがありウェーブがかっていて、赤い瞳が映えている。美人ではあるがどこか可愛らしい顔付きで抜群のプロポーション。しかしてその顔には獰猛な笑みが張り付いている。
動いたら狩られる。本能的に理解した。指一本、視線一つ動かしたらダメだ。気を抜くな。一挙手一投足を視界に収めろ。
──動く。
そう思った瞬間に身体が動いていた。
膝を曲げて身体を沈めた瞬間に地魔法で地面を隆起させると相手は少しだけ飛んだ。その着地地点には既にストーンニードルを設置。四方からアイスランスで囲む。だがそんなものは無意味と空中で蹴りを放ち、その風圧でストーンニードルとアイスランスを粉砕。それら全てをブラフに上からサンダーブレイクで雷を落とす。勿論それを直撃するような人じゃない。懐から何かを上空に投げるとそれへ向かってサンダーブレイクが進路を変える。恐らく避雷針代わりの金属だろう。次は風魔法で上昇気流を起こすと一瞬体勢を崩しかけたが風魔法で相殺され、その手には見るからに高圧縮のファイアーボール。射出される寸前で無属性魔法のシールドで相手の手首から先を拘束。射線上にさらにシールドを斜めに置いてファイアーボールを上空にへとそらす。一瞬動きが止まった隙に両足首もシールドで拘束。振り解かれる前にもう片方の手首と首を拘束。全力の身体強化で以って肉薄し眼球ギリギリに氷魔法で作った刃を突きつける。
「はぁはぁ⋯⋯」
「⋯⋯まさか」
もう全身汗だくで意識も飛びそうだ。それでも刃を動かさずにしっかりと突きつける。体術も魔法も桁違いだ。正真正銘の化け物レベルの相手を満身創痍ながらも睨みつけた。
驚愕の表情を貼り付けた顔は次第に嬉しそうな表情になったかと思うと拘束を一瞬で破壊し、氷の刃さえ砕いた。そしてそのまま俺の前に立つ。
「全力出せたかい?」
「はっ! まだまだ⋯⋯足りないね」
「威勢のいい子供は嫌いじゃないよ。さて、何かやり残した事は? 今なら一撃だけ受けてあげるよ」
「⋯⋯クソが」
苦し紛れの一発。つま先を上げて地面を叩く。一瞬で土を砂に変えて目潰しのつもりで舞い上がらせる。風魔法で砂がどこかへいかないようフワッと包み込んだ。
「えっほえっほ! 猫騙しだけど効──」
「──ばーか」
シールドの発動と同時に砂埃の中に火魔法でほんの少しだけ火を点ける。
「ちょぉ!」
砂埃に引火した火は瞬く間に広がり、一つの現象を起こす。
──粉塵爆発。
「──ざまぁ」
魔力が少なくてシールドで防げない爆発だったが、後ろの両親と辺境伯親子は完璧に護れただろう。吹っ飛びながら悪態を吐くとそこで意識は途絶えた。
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